ストーリー:7 谷底の再会・3


 勇気を込めて、声を張る。


「初めまして! 俺は、先日五樹村に帰って来た、人間の水木夏彦って言います! 貴女に頼みたいことがあって、油すましのオキナの紹介でここまで来ましたっ!」


 それは恥ずかしいくらいに上ずっていたけれど。


「今、一緒にVtuberをしてくれる妖怪の仲間を探してて、貴女にもそれに加わって欲しいと思ってます! どうでしょうか!?」


 一生懸命言葉を続けて、ナツは、最後まで言い切った。


 しかし。



「………」


 返ってきたのは、沈黙。

 それどころか。


「……へぇ。人間の、ミズキナツヒコ、ねぇ?」

「!?」


 いざ口を開けば、その声はあからさまに低く。

 岩の上からナツを見下ろす少女の視線は、明らかに冷たい。


 さっきまで物思いに耽っていた神秘的な姿はどこへやら。

 不機嫌そうにナツを睨みつけ、明確に怒りの感情を滲ませメンチを切っていた。



      ※      ※      ※



 ナツに向かって突如として怒りを露わにした妖怪の少女。

 対して、ナツはとても困惑していた。


(え? なんでこの子はこんなに怒ってるんだ?)


 自分が取った行動は、下手くそでもちゃんと筋を通した挨拶だったはず。

 どこに相手を不機嫌にする要素があったのか、これがさっぱりわからない。


(ま、マジでどうしたらいい!? 全っ然わからんっ!)


 夏の暑さ由来じゃなく、汗が出る。


 相手がどんな妖怪かもわからない今、次の瞬間川の底、なんてこともある。

 それくらいの危険は覚悟して、全身をこわばらせる。



「……ミズキナツヒコ。ナツ。野猿のナツ」


 ナツが持つ様々な呼び名を呟きながら、少女が岩から飛び降りた。

 彼の目の前に降り立った少女はやはり小柄で、ナツの胸くらいの背丈しかなかった。


 怒気を含んだ顔を上げ、目が合う。


「………」 


 沈黙の中、吸い込まれそうなくらい深い青が、ナツを映している。

 どうしてか、ナツはその瞳に懐かしさを感じた。


 でも、昭和のヤンキーみたいに睨まれる原因には、やっぱり心当たりはない。



「あぁん? おぅ? ナツ、ナツ、ナツナツナツっ」


 浮かんだ感覚に疑問を浮かべる間もなく。

 変わらずメンチを切っていた少女が、ナツの名前を連呼しながら、胸に軽く頭突きする。


「!?」


 覚悟していた痛みは、なかった。

 トンッと石頭めいた硬い感触のあと、それはなぜか、動きを止めてナツから離れない。



「……え?」


 気づけば少女はナツの上着を握り、ぐりぐりと自分の顔を擦り付けていた。


“すがりつく”


 そうとしか表現できない格好で、彼女はナツにくっついていた。



「あ、の、えっと……?」


 何が何だか、わからない。

 混乱するナツの目に映る少女の姿は、さっきまでとは打って変わって、ビックリするほど小さくて。


 ただ、理不尽に怒っているわけじゃない。

 それだけは、なんとなく察することができた。



「……裏切者」


 不意に、少女の口から声が漏れる。

 ぶっきらぼうでいて、少しだけ、震えた声で。


「裏切者の、ナツ」

「!?」


 繰り返された言葉は、ナツの理解を越えていた。



「なん」

「アタシからしたらっ! お前は裏切者のナツだっつったんだ!!」


 激しい怒りの声と共に、再び見上げられた少女の顔を、ナツは見た。

 水底のように深い二つの青が、涙に濡れていた。


(どういうこと、だ?)


 今日、初めて会ったばかりなはずの彼女は。


 間違いなくナツを見て、泣いていた。 



      ※      ※      ※



 裏切者のナツ。

 涙目の少女から告げられた言葉に、ナツはただ呆然と立ち尽くす。


(裏切者……)


 突きつけられるには強すぎる言葉。

 けれど。


(その言葉、最近どこかで聞いたような……?)


 ナツの頭の片隅に、何かが引っ掛かる感覚があった。

 聞き覚えがあった。


 日常的に聞く言葉ではまずないはずなのに、どうして、と。



「……あ」


 思い出す。

 それは帰省初日のこと。


 ナツを取り囲む、たくさんの妖怪たちとのやり取りの中でのこと。


(あの時聞いた、たくさんの“おかえり”の中に、確かに、あった……!)


 あの日。


『この裏切者!』


 そう口にする妖怪が、いた。



 あの時は、聞き流してしまっていた。

 言った本人が嬉しそうにしてたから、大したことじゃない冗談だと思っていた。


 あの時、あの妖怪は、本当は。


 どんな気持ちで、その言葉を口にしていたのか。

 どんな意味を、込めていたのか。



(あの妖怪と、この子。二人もそう口にする奴がいるのなら……)


 わからないなりに、考える。


(少なくとも俺は、そう言われるだけの何かを、やったんだ)


 だったら、と。


(この子の話を、ちゃんと、聞かないと!)


 呆然としていたナツの目に、光が宿る。



「……わかった」

「ぁ」


 涙の少女の両肩に手を置いて。

 ナツの方から真っ直ぐに見つめ返して、頷く。


「聞かせてくれ」


 向き合わないと、始まらない。

 そう思ったから。


「俺は、キミの……キミたちの、何を裏切ったんだ?」


 ナツは目をそらさずに、少女に問いかけた。

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