ストーリー:5 谷底の再会・1


 それは、ワビスケの2Dデータが完成した翌日のこと。


「のう、ナツよ」

「ん? なんだ? オキナ」


 今日は締め切っている、いつもの広間。

 喜び勇んで2Dワビスケを操作するワビスケを見守るナツに、オキナは神妙な面持ちで声をかけた。


「ワシらには、足りないモノがある」

「足りないモノ?」


 聞き返すナツに頷いて、ワビスケからマウスを受け取ったオキナは、器用にパソコンを操り自分たちの2Dイラストを表示させていく。


「ワシと、ジロウと、ワビスケ。今決まっておるVtuberは、3人じゃな?」

「そうだね」

「……足りんと、思わんか?」

「???」


 首を傾げるナツと、ワビスケ。

 後ろで新品エアコンの風を浴びていたジロウが、くるりと丸まった。



「せめてあと一人。それも、出来れば女子おなごの妖怪の手があれば十全と言えよう」

「あと一人……それも女の子……」

「華じゃよ。華が欲しいのじゃ」



 華。

 ある種のカリスマのようなもの。


 群雄割拠の配信者業界において、その存在は強力なアドバンテージを持つ。

 華のある人物は、いつだって人々を魅了するのだから。



「ワシも、ジロウも、ワビスケも。皆それぞれ違った華を持った逸材じゃがの。なればこそ、そこに新たな色彩を持った華が加われば、衆目を惹く力は何倍にもなるじゃろうて」

「色んな華が増えれば、それだけ狙える相手も増える、か。より多くの注目を集めようってことなら、そういうのは外せないわけだ」

「うむ」

「なるほどなぁ。百理ある」


 オキナの解説に、その必要性を理解して。


「……じゃあやっぱり、ヒサメさんを」

「ワシに心当たりがあるっ!」

「どわっ!?」


 ナツが第一候補を口にしたところで、珍しくオキナが声を荒げ、言葉を被せた。


「ナツよ。カワベ川へ行くのじゃ」

「カワベ川? ……って、谷底の?」

「そうじゃ」

「そこに、Vtuber向けの、華のある女性がいるって?」


 首をひねって記憶を探っても、ナツにはさっぱり心当たりがない。

 だが、それ以外には思い当たる人物がいたらしく。


「あー」

「あー、な」


 いつの間にやら傍に来ていたワビスケとジロウが、互いに見合って頷き合っていた。



「ナツは行くべきだと思う。カワベ川」

「おう、行ってこい行ってこい。確かにあそこにゃ、すげぇ奴がいるからよ」

「え、え? どういうこと? 誰?」


 自分以外のみんなが知っているという状況に、戸惑うナツ。

 けれど、そんなナツを見るジロウたちの目は、どこか優しかった。


「迷わず行けよ、行けばわかるさ。じゃよ」

「ホントに?」

「うむ。それにおヌシ、帰って早々パソコンとにらめっこでずーっと根詰めとったじゃろ。息抜きに涼しい川辺を散歩してくるがよい」

「うんうん。ナツはいっぱい頑張ってるから、ちょっと休憩しよう?」

「ついでに谷底で新しい仲間、引っ掛けて来い!」

「ちょ、ま、圧が強い!?」


 畳みかけるように連携する3人に、ナツはただただ押されるばかり。


「行っておいでよナツ!」

「そうだそうだ。行ってこいナツ!」

「思い立ったが吉日じゃぞナツ!」

「わ、わかった。わかったって! 行くよ、行くって!」


 言い寄られ、詰め寄られ。

 最後には頷くしかなくなって。



「えっと、それじゃ、行ってきます?」

「「いってらっしゃい!」」


 追い立てられるままに家を出て、いまいち事態を呑み込めないまま、ナツはカワベ川へと向かう。


「「………」」


 その背中を最後まで見送った3人は。


「「……へっ」」


 一様に、意味深な笑みを浮かべるのだった。

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