ストーリー:22 幼なじみ
9月に入り、数日。
まだまだ夏の太陽が猛威を振るい、人間も妖怪も区別なく、グッツグツに茹で煮込まれている季節。
周囲の山々やカワベ川の力で幾分かマシな
五樹阿蘇神社。
白砂利の上をご老体が汗を拭き拭き帰っていくのと裏腹に。
「それじゃ、失礼します!」
ご機嫌顔の若者が一人、元気に社務所から飛び出す。
「ふんふふ~ん♪」
AYAKASHI本舗の旗振り役、
「今日は孝太郎さんにいい報告もできたし、配信業は順調順調!」
うだるような暑さの中にあっても、さっき頂いたキンキンに冷えた麦茶パワーで元気100倍。
スキップする余裕すら見せて、家で待つ仲間たちの元へと戻ろうと――。
「待ちなさい、ナツ!」
「おっ?」
していたところを呼び止められて、振り返る。
呼ばれた方へと向けたナツの、空色の瞳が映したのは。
「ちょっと、話があるの! 大事な話が!」
紅白のコントラストがまぶしい、巫女装束の乙女の姿だった。
※ ※ ※
ナツの後援者である相楽孝太郎の娘で、ナツと同じ19歳。
五樹村では居酒屋小雪のヒサメさんと並ぶほどの美人として有名な、母親譲りの艶やかな黒髪と美貌、快活さ、そして抜群の行動力を持つ五樹小町。
“野猿”と評され悪童扱いされていたナツとは、違った意味で衆目を集めていた人物である。
現在は高校を卒業し、本格的な神社業の跡取りになるべく巫女仕事に精を出している。
ナツとは幼い頃から今に至るまで、長い長い付き合いの……。
「あなた。AYAKASHI本舗、今すぐやめなさい」
「へおぇあ?」
いわゆる、幼なじみである。
「聞こえなかった? ナツ、あなたAYAKASHI本舗をすぐにやめなさい」
「え、なんで?」
境内に置かれた赤いベンチに腰掛けて、開口一番叩き込まれた幼なじみの言葉に、ナツは困惑した。
「なんでって……あなた、こんなこといつまでも続けてられないでしょ!?」
「いや、むしろ最近思った以上にちゃんと軌道に乗ってきてて順調だけど?」
「どこがよ!?」
困惑しているところに、さらに彼女から突き付けられるスマホの液晶画面。
「これを見てもまだそんなことが言えるの?」
「これ……」
映し出されていたのは、AYAKASHI本舗の配信スケジュール。
大体毎日配信しているミオや、最近配信数を増やしたジロウ。定期的に配信しているワビスケに、気まぐれ配信予定を挙げているオキナ。それぞれがナツに申請したモノをまとめて、視聴者向けに公開しているページだった。
「ハル……」
「気づいた? この配信スケジュールじゃ」
「AYAKASHI本舗の配信見てくれてるのかっ! ありがとう!」
こんな身近に、それも、意外過ぎる人物が見てくれていた。
それがあまりにも嬉しくて、ついナツは思いっきり春菜の――ハルの手を掴み、感謝する。
「え、は?」
「もしかして孝太郎さんから聞いて? それとも普段からV系の動画見るのか!?」
「あ、えっと、その……確かにそれなりには見てる、けど」
「うおおおお!! 目が肥えてる奴に認められたってことか! ありがとう! ありがとう!」
「は、ぁ、ぁ!?!?」
ぶんぶんと握った手を上下に振って、感動に打ち震えるナツ。
対してハルは、予想外の出来事に呆気にとられながら――。
「~~~~っっ!!」
――耳まで顔を、赤くしていた。
「いやぁ、あのハルが俺たちの活動見てくれてたなんてなぁ」
真っ赤なハルには気づかずに、ナツはポヤポヤ幸せオーラを発しながら言う。
「ほんと、ここまで頑張ってきてよかったよかった」
「!?」
ふにゃりと、何気なく言い放ったその言葉を聞いた瞬間。
ハルの纏っていた雰囲気が変わった。
「だからよ!!」
「おわっ!?」
握られていた手を握り返し、今度はハルが、ナツに距離を詰める。
驚き目を丸くするナツに向かって、打って変わって真剣な目で、彼女が口を開いた。
「ナツ。あなた頑張りすぎ! こんなこと続けてたら、あなたの身がもたないわ!」
「は? 俺は別に……」
「何が別に、よ! 今見せたスケジュールが何よりの証拠じゃない!」
語気も荒く訴えるハル。
怒りの表情はだんだんと崩れ、憂いと、心からの心配に歪んで。
「こんな毎日、一人で頑張って、どうにかならないと本当に思ってるの!?」
「………」
そこまで言われて。
ナツは、浮かれていた頭が一気に覚めていくのを感じた。
(ああ……そっか)
刹那、忘れかけていた事実を思い出す。
「ハル。大丈夫だよ」
「どこが!?」
「だって、AYAKASHI本舗は俺一人で運営しているわけじゃないからな」
「そりゃ、私のお父さんが手伝ってるのは知って」
「そうじゃない」
「……っ!」
少しだけ、突き放すようなニュアンスを含んだナツの否定に、ハルの体がこわばる。
これからナツが何を言うのか、彼女にはわかっていた。
「俺がやってるのは裏方で、実際の配信は五樹村の妖怪たちが」
「まだ、そんなこと言ってるの?」
「……っ!」
今度は、ナツの体がこわばる番になった。
これからハルが何を言うのか、彼にはわかっていた。
「……妖怪なんて、いるわけがないでしょ?」
「ハル……」
そう告げるハルの黒い瞳には、一点の曇りもなくて。
(……やっぱり、変わってなかったか)
ナツは、心の中で落胆する。
相楽春菜。
ナツの後援者である相楽孝太郎の娘にして、五樹阿蘇神社の巫女。
幼少から縁深い、ナツの幼なじみである彼女は。
「馬鹿なこと言ってないで、無茶するのを今すぐにやめて!」
妖怪が、見えない人だった。
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