ストーリー:24 ミオの敵?情視察


 再会したナツの幼なじみ、相楽春菜。

 彼女は妖怪が見えない……どころか、特異点と呼ばれるほどに、その存在を信じていない人物だった。


「……ハルが、妖怪のこと信じてくれるようになってくれたらいいのになぁ」


 諦めと共に吐き出した、ナツの言葉。


「やろうぜ、ナツ。そいつがナツの友達だってんなら、アタシのダチにだってなるかもしれねぇってこったろ?」


 それを掬い上げたのは、ミオだった。



「んなら、とりあえずやる! やればできる! 今のアタシたちなら、絶対にな!」


 力強い言葉と共に、彼女はナツの手を掴み、引っ張り上げる。


「まずはその、ハルって奴を見に行きたい! 行くぜ、ナツ!」

「うおあっ!! ちょ、まっ!」


 慌てるナツの静止の声もむなしく、ミオはナツを引っ張って、一路ハルの元へ。


 大雨の日のカワベ川のごとく怒涛の勢いに乗ったミオは、もはや誰にも止められなかった。



 そして、1時間後。


「……うぇっ」


 チーンッ。


 二間続きの畳部屋には、真新しい死に体のガラッパが打ち上げられていた。



      ※      ※      ※



「ほぅれ、言わんこっちゃない」

「大丈夫? 麦茶あるけど飲めますか?」

「むりぃ……」


 ワビスケに差し出された麦茶のグラスも受け取れないほどに、ミオは弱りきっていた。

 勢い込んで家を出たミオはその後、首尾よくハルを発見するも、案の定その強烈な否定の心に曝されて、妖怪としての力をゴリゴリと削られてしまった。


「あいつが神社の敷地から出た瞬間から、めっちゃ妖力削られた……」

「へっ、だーから言っただろ。あれが特異点。近づくだけで危ねぇんだよ。よくもまぁ、何十分もその中に飛び込んでそのくれぇで済んだなお前って話だ」


 木っ端妖怪なら一瞬で消し飛ばされるほどの不信ちから

 半人前の身でありながら、それだけの時間ミオが耐えたという事実に、むしろジロウは感心するくらいだった。 


「伊達にクマ川下ってねぇってこっかねぇ」

「うぁぁ……むりぃー」


 倒れ伏すミオの頭に寄りかかりながら、ペチペチとその髪をジロウが叩く。


「やーめーろーばーかー……」

「ゲヒャヒャヒャ」


 呻く彼女を見下ろす視線は、呆れながらも優しい色をしていた。



      ※      ※      ※



「とりあえず、ミオはしばらく使い物にならんのぅ。川の力の強いところで、2、3日は安静じゃな」

「わかった。それじゃ配信もさせられないだろうから、数日……いや、一週間は休みにするって告知しておく。ハルにも……配信しすぎって叱られたし」


 手早くネットに接続して、ナツが視聴者向けにミオのスケジュール変更を告知する。

 数分と待たずにポチポチと、彼女の休みを心配、あるいは残念がる反応があるのを見れば、自然と口元に小さな笑みが浮かんだ。



「それで、ナツよ。もう一度顔を合わせてきたのじゃろう?」

「あぁ。ミオに見られながら話してきたよ。ただ……」


 オキナの問いに答えるナツの顔に、険しさが戻る。


 ハルはミオを見ることができない。

 ゆえに、彼女と相対するのは必然的にナツが担当することになった。



「ミオにせっつかれたのもあって妖怪のことも話したけど、平行線。なしのつぶてだった」

「ふぅむ」

「妖怪が存在しないことは歴史が証明している。そんな科学的でない存在は認められない、だってさ」

「ほっほっほ。そうかそうか」

「笑い事じゃないって……なんか前より明らかに、ハルの妖怪嫌いが進行してる気がする」


 そう言ったナツから零れたため息には、疑問と、悲観が込められていた。



 五樹村を出てからも、ナツは何度かハルと話す機会があった。


(前に隈本で会ったときは、弁当作ってくれたり、図書館で勉強一緒にしたり。色々してくれてさ)


 妖怪に関わらない時の彼女は、本当に人がいい、好ましく頼りがいのある友人で。


(やっぱり、俺のせいなんだろうな。ハルが妖怪のこと嫌いになったのって)


 そんな友人が、自分の好きなものを正面から否定してくる現状は。


(……うーーーん)


 叶うのなら変えたい、と。

 ナツはずっと、思っていた。



      ※      ※      ※



「しかし、実際問題、厄介じゃのぅ。ハルの嬢ちゃんからすれば、AYAKASHI本舗の活動は、ぜーんぶナツが一人でやっておるように見えとるのじゃな」

「話を聞く限り、そうだと思う」


 妖怪が見えない人は、時に妖怪の起こす事象を自分が認識できる別の何かに置き換えて見てしまうことがある。

 それは現世と幽世が連なるこの世界が、儚い均衡を守るために行なっている調整の結果、起きてしまう不可避の事態。


「ハルの場合、こっちの活動実態をいくらか知っているせいもあって、そういう結論が一番違和感がないってことになっちゃったんだろうな」

「ナツならばそれくらいやってのける、という信頼もあるかもの?」

「ヘヘッ。なんたってお前は無尽蔵の体力バカ、野猿のナツだもんな」

「野猿はもう卒業したんだよ、野猿はっ」


 からかってくるオキナとジロウをかわしつつ、改めてナツは考える。


(ハルは俺のことを心配して言ってくれている。だからきっと、干渉してくることを迷わない)


 少なくともこのまま放置していていい問題だとは、思えなかった。

 けれど、考えても考えても、これといった手が浮かんでくることはなかった。



「対策、対策かぁ……」


 とりあえず、ミオの配信が休みになるのは悪くない結果だったかもしれない。

 なんてことを考えながらナツは思考を放棄して、ワビスケが注ぎ直してくれた麦茶をありがたく頂戴した。

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