ストーリー:12 鬨の声
「よーし、そんじゃ今日はこの辺で勘弁してやるよっ! とりまお前らが言ってたゲームはナツに用意させっから! 買ったらお前ら勝負しろよな!? 絶対だぞ! じゃーなーっ!」
最後の挨拶をして、ミオが配信を終わらせる。
動画がアーカイブ化されたのを確かめたところで、ナツがPCの電源をオフにして。
合計2時間にも渡って人と妖怪とが繋がった、AYAKASHI本舗の初配信リレーは無事終了した。
「んっ、んんー! っしゃあ! 終わりっ!!」
やり遂げた顔で、ミオが大きく伸びをする。
天に向かって突き上げられた両手は、そのまま体と一緒に畳へと落ちた。
「っだぁー! 楽しかったけどきっついなー、これ!」
「ほっほっほ。お疲れ様じゃよ」
「だらしねぇぞミオー?」
「はい、ミオさん。麦茶どうぞ」
「うるせぇバーカ! お前らより練習期間短かったんだぞ! ……っと、ありがとな! ワビスケ!」
起き上がり、ワビスケから注ぎ足された麦茶を受け取り、グビグビと飲み干し喉を潤す。
30分ほぼほぼ叫んで喚いてし続けたミオの喉はもうカラカラで。
「んぐっんぐっんぐっ……ぷはぁー! 美味い!」
全身に色濃い疲労を感じながらも、しかし、彼女の顔には確かな達成感が浮かんでいた。
それはこの場の妖怪たちみんながそうだった。
妖怪たち、みんなが。
「みんなお疲れ様。それと……」
そんな妖怪たちから少しだけ離れたところで、ナツが、みんなと向き合う形で正座する。
楽しげな彼らとは対照的に、思いつめた顔をして。
「ナツ?」
「……ほんっとうに、申し訳ございませんでしたぁっ!!」
声をかけられた、その瞬間。
ビターンッ!!
畳に額を擦り付けるほどの、見事なまでの全力土下座。
「ほんっと! ごめん!!」
重ねて漏れた、謝罪の言葉は。
(一番大事な最初の最初に、ミュートなんて初歩的なミス……! こんなの、許されない!)
どうしようもないやらかしをしてしまった自分を、どこまでも責めながら発した言葉だった。
※ ※ ※
突如として実行されたナツの土下座。
慌てふためくミオをよそに、ジロウ、オキナ、ワビスケの浮かべた表情は、能面のように読めなくて。
「あー、音消してた奴な」
「うぐっ」
「あれでジロウ渾身の挨拶がふいになったんじゃよな」
「ふぐっ」
「その後もバタバタして大変だったよね」
「おぐぅっ!!」
次々と指摘される、ナツのミスに端を発し、連鎖した不手際。
「ケケケッ、グダグダもいいところだったよなぁ?」
「がふぅっ!!」
言葉の槍が刺さるたび、土下座中のナツの心にダメージが積み重なっていく。
情けなさに涙目になったナツを見下ろす、三人は――。
「……まっ、だから何だって話だよな?」
「そうじゃな」
「だね」
――優しく、穏やかな顔をしていた。
「え?」
「許してやるっつってんだよ。っつーか、あんなのはミスの内にも入らねーっての」
突然のお許しにキョトンとした顔を上げるナツに、ジロウが鼻先を近づけニヤリと笑う。
「だってよ。……盛り上がってただろ、あいつら」
「!?」
「なら、問題は問題じゃなかったってこった」
悪ぶって吊り上がった口元が、その言葉が彼にとっての真実だと雄弁に語っていた。
「配信ってのは、ああやって見てる奴らを楽しませたら勝ちなんだろ? とぅっ」
「それは……おあっ?!」
ナツの頭に飛び乗って、カマを手に取り構えてみせる。
令和の世の中じゃとんと見せない、かまいたちのジロウのファイティングポーズだ。
「勝負どころじゃ何が起こるかわからねぇ。大事なのは、決め時にしっかり決めきれるかどうかだ」
「決め時に……決めきれるかどうか」
「おうよ。その点俺は
風が吹く。
ジロウが、手にしたカマを放り投げた。
「つまり……だ」
飛んで、回って、流れるような動作で着地して。
その背にカマが、ピタリと留まる。
立ち上がり、カマを背負った二足歩行の小さな背中が語る。
「かまいたちのジロウ様の記念すべき初配信は……そりゃあ見事な、大成功だったってこった」
そして振り返り、向けられた顔は。
「そうだろ、ナツ?」
ナツが幼い頃から慕って来た、頼れる兄貴分のカッコいい笑顔だった。
「ジロウ……」
「だから、いつまでもそんな辛気くせぇ面、してんじゃねぇ!」
スターンッ!!
「へぶっ!」
ナツのほっぺに、ジロウの後ろ脚回し蹴りが炸裂する。
肉球がぷにっと頬を押して、ナツの顔が横を向いた。
「くよくよする時間はこれで終いだ。気合入れろ! おたんこナツ!」
子供のナツが日和ったり迷ったりした時に、決まって叩き込まれたツッコミ。
7年ぶりの肉球キック。
驚きと、懐かしさが、その胸に一気に満ちて。
「……ぷっ。ぷははっ、そっか、それでいいんだ。それで、許してくれるんだな」
ナツの顔に、元気が戻る。
「そもそも、許すも何も、じゃしのぅ?」
「だね。配信するの、とーーっても楽しかったし」
「あ? だったらお前らナツをいじめすぎだろ。土下座までしてるのにグサグサやりやがって」
「いやいや、じゃったらミオよ。やらかし的にはお主のがよっぽど土下座級じゃろ」
「え?」
「うん、最初の音切れに関しては仕切り直しでいいと思うけど、他の人が配信してるところにマイクで音入りは……」
「あっ」
「……おう、ミオ。土・下・座」
「すいませんっしたっ!!」
ズシャァァーーー!!
「ゲヒャヒャヒャ! 許ーす!」
流れのままに、ミオにもお沙汰が下されて。
「失敗は次に活かして、より良き成功へと繋げていけばよいじゃろう」
「ボクも、次はもっともーっと上手に配信できるよう、頑張るねっ」
励まされれば、気合も入る。
「うぅ、ナツ。アタシ次はぜってぇもっと上手くやるからな!」
「うん、うん。俺も頑張る。次こそはパーフェクトな配信にしてやろう!」
暗い雰囲気は、もうどこにもない。
「みんな、改めてごめん。それから、ありがとう!」
ナツのはつらつとした感謝の言葉が、二間続きに響き渡った。
※ ※ ※
仕切り直しということで、AYAKASHI本舗の面々は、部屋の中心で円陣を組む。
「今日は、みんなのおかげで最初の大きな一歩が踏み出せたと思う」
その顔は皆一様に神妙に。
その瞬間を今か今かと待ち望んで。
「………」
集まる視線のその中心。
いつもの調子を取り戻したナツが、いつも以上に空色の瞳を輝かせて宣言する。
「AYAKASHI本舗の初配信は、間違いなく……大成功だった!!」
「「うおーーーーーーーっ!!!」」
天へと突き上げられる、5人分のこぶし。
響き渡る叫び声。
「「やりきったぞーーーー!!」」
それは、令和の時代に高らかにあげられた“鬨の声”。
試練を乗り越え、勝利を掴んだ者たちにのみ許された喝采。
幾年月を経て、妖怪たちが久々に味わった……達成感という名の勝利の蜜だった。
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