ストーリー:19 必要なもの
オキナによる作品ジャンルを問わないレビュー動画。
この新たな試みは、結果としてオキナの新しいファン層を開拓した。
「ひゅいっ!? さ、再生数15000んん……!?」
「す……ごいっ! すごいです、オキナさん!」
「ほっほっほ」
いつものメンバー。いつもの場所。
ナツの持つタブレットからオキナの動画を覗き見て、ミオとワビスケ、オキナが騒いでいた。
AYAKASHI本舗始まって以来の圧倒的再生数。
現実として打ち出された大きな成果に、ミオとワビスケは終始興奮気味な様子で。
「これは、中々に面映ゆいのぅ」
あのオキナをして浮かれ気味に微笑むほどの歓喜が、二間続きの畳部屋に満ちていた。
「おいおいおいおいすごいなすごいな!? すごいよな、アタシたち!」
「ミオさんミオさん。忘れちゃダメだよ。ボクたちはナツのおかげで、こんなにたくさんの人たちと楽しい時間が過ごせてるんだから」
「ああ、そうだナツ! ナツ! すごいぞナツ! お前もすごい!」
「ほんとだよ、ナツ。ナツのおかげだよ!」
目を輝かせてナツに詰め寄るミオとワビスケ。
二人の勢いに押し倒されそうなナツはしかし、静かに笑って首を横に振る。
「いいや。この成果はみんながそれぞれ持っていた華、それを活かす手があった。それだけなんだ」
「え?」
「ミオの勝負っ気の強さ、ワビスケの真摯な気持ち、オキナの深い知識があったからこそ、それが見ている人にも伝わって、結果に繋がったんだよ」
「そうじゃな。じゃが、それを引き出したのがおヌシじゃったのもまた事実じゃ」
謙遜するナツの肩を、オキナのしわしわの手が優しく叩いた。
「胸を張るがよい、ナツ。おヌシはおヌシにしかできぬことをしたのじゃ」
「オキナ……」
「おかげで年甲斐もなく、はしゃいでしまったわい。この手のワクワクは、いつぶりじゃったかとな」
ナツに向けられる穏やかな笑顔。
「ワシじゃからこその楽しみ、こうして見出してくれて、ありがとう」
「……っ!」
告げられた感謝の言葉に、思わずナツはツンと鼻の奥を刺激された。
AYAKASHI本舗。
“自分の衣を借る妖怪作戦”は、間違いなく前進していた。
「………」
ただ一人。
「……ケッ!!」
かまいたちのジロウを除いて。
※ ※ ※
部屋の隅っこ。
どす黒いオーラを纏い、ジロウが寝転がって横に伸びていた。
「あれはもはや呪物じゃな」
「かわいそうに。自分だけバズれてないどころか、また登録者数が減ったらしいぜ」
「配信する数、増やしたのに。どうしてなんでしょう?」
ヒソヒソと、聞こえる声で囁きあう
彼らの向ける視線こそ、気遣わしげであるけれど。
「やはり単純に動画内容がつまらんのが問題じゃな」
「ぐっ」
「なんつーか、いちいち変に玄人ぶってて上から目線なんだよな」
「うぐっ」
「有益なコメントをもらっても全然耳を貸さないんだよね」
「ごふっ」
口々に語る言葉はどれも鋭利で辛辣。
あまりにも遠慮のない口撃は、ドスドスと、もふもふボディに容赦なく突き刺さっていく。
「ぐがぁ~~~~!!!」
堪忍袋の緒が切れて、ジロウが呻きを上げて飛び上がる。
よく見たら風も逆巻いて、背中のカマもくるくると回っていた。
「なぁーー、ナツぅ! どうして俺の配信だけこんななんだぁ?!」
口撃から逃れるように、ジロウが向かったのはナツの頭の上。
飛び跳ねついでに飛び乗って、べったり引っ付き情けない声でわめきだす。
「ウオーイオイオイ、このかまいたちのジロウ様がどうしてこんなことにぃ~~~!?」
「でぇぇいっ、作業できないだろ降りろ!」
「ことわーーーーる!!」
巻き込まれまいと早々に輪から逃れて動画編集作業中だったナツが怒っても、ジロウは頭の上から動かない。
ますます強くしがみつき、絶対に逃がさない構えだ。
「ナツー! お前Vtuberで妖怪を元気にするんだろー!? だったら俺のチャンネルの登録者数も爆上げしてくれよぉー!」
「だぁぁぁぁ、髪引っ張らないで! 爪立ってる! ブチブチいってる! 千切れてる!!」
「オーイオイオイヨヨヨ。見捨てないでくれよぉ~~~~!!」
「……あれが、かまいたちのジロウさんだったもの」
「かつては侍たちと何合も切り結んだ手練れじゃったんじゃがのぅ」
「時の流れってのは残酷だな……」
完全に面倒くさい生き物と化してしまったジロウを、周囲はドン引きして見ていた。
そして各々ちょっとだけ、彼にマウント取りすぎたことを反省した。
※ ※ ※
「うぅ、っていうかよぉ。実際問題なんとかならねぇのかぁこれ」
「ううーん」
頭の上のジロウと一緒に、彼のチャンネルを覗き見しつつ、ナツは腕組み考える。
他の仲間たちを盛り立てていく一方で、ナツはナツなりに彼のチャンネルについても真剣に対策を練っていた。
練ってはいたの、だが。
「……正直、よくわかんない」
「うがぁーー!! ぶげっ!」
あまりにも頼りない返事に、ジロウがビッタンビッタン身をくねり、そのまま畳に落ちた。
力なく伸び切った姿を申し訳なく見下ろしながら、ナツは再び頭を捻って考える。
「ジロウのチャンネルなぁ、ジロウらしいとは思うんだよなぁ」
「俺らしいって?」
「性格が出てるっていうか。配信数がそんなでもなかったのだって、ジロウならそんな感じだろうって思うくらいだったし」
ジロウの配信に、どう手を加えたらいいのかさっぱりわからない。
(ジロウは配信数も増やしたし、俺も宣伝をより積極的にしたりした。これ以上いったいどこに手を入れて改善したら、もっとたくさんの人々の目に留まるようになるんだ? あぁ、でも今は、とにかくジロウにやる気を出してもらわないと……)
悩みながら、ナツは周囲に目を配る。
目を向けられた妖怪たちはそれぞれに頷いて、一息おいてから口を開いた。
「ま、昔から余裕ぶっこいて痛い目見るのがジロウじゃからな」
「決め時は逃がさねぇけど決め時以外じゃあんまやる気出さねぇのがジロウだって、川のみんなが言ってた」
「ジロウさんって、コツコツ何かやるのに向いてないよね。気が向いてるときはいくらでも続けてるのに」
「ちょっと待って今ジロウを励ます流れじゃなかった!?」
「「「励まして(と)るよ(ぜ)?」」」
「嘘でしょ!?」
予想外の言葉に慌てるナツを。
「ああ、待て待てナツ」
再び彼の頭に乗って、ジロウがたしなめる。
「大丈夫だ。俺はわかってる」
そう囁く彼の声音は、少しだけ重みが増していた。
「つまりだ、俺は何も間違っちゃいねぇってこったな?」
「え?」
続くジロウの言葉。
「じゃな」
「だと思うぜ」
「うん」
応える3つの声。
そこに何か、確信めいたものを感じて。
「え、待って。何? どういう……!?」
ナツの中で、何かが閃く。
「……いや、え? ん? あれ? そう、なのか?」
ズレていた数式がキッチリ整ったような、そんな感覚。
連鎖するように何かを掴みそうになって、思考が高速回転し始める。
(まず前提として、ジロウの配信は間違ってなかった。つまり、それ自体を変える必要はない、変えられない。じゃあ、どうしたらジロウの配信がもっとたくさんの人に見てもらえるようになるんだ? たとえば宣伝の仕方を変えるとか? いやでも……)
ぐるぐると頭の中を駆け巡るいくつもの言葉。
ナツの中にある数年間の勉強で得た知識を総動員して、掴みかけている何かを追いかける。
その瞬間から、ナツは周りが見えないほどの深い集中に入っていく。
「「「………」」」
それを見つめる4つの視線は。
「……へっ」
ノートやペンを取り出してガリガリし始めたその背中を、いかにも楽しげに見守っていた。
※ ※ ※
「……よし」
都合1時間にも及ぶ長考と、書き殴られたノートをもって。
ナツは答えを導き出した。
だが。
「正直、これで上手くいくかどうかは賭けだと思う」
その解答に、成功を確信できるほどの自信はなかった。
「おうおう、じゃあ十分だな」
「いや、でも……」
「賭けにもならねぇ勝負よりは、賭けになるだけマシってもんよ。それに……」
もっとも、彼の仲間に、ジロウにとっては。
「しくじったからって死ぬわけじゃねぇ。だったら、いくらでもしくじりゃいいんだよ」
それだけで迷いなく乗るに足る、十分な答えだった。
「ナツ。旗振り役はお前だが、俺たちはそれに自分の意志で乗ったんだ。その分テメェのケツくれぇはテメェで拭けっから、お前はそのまま旗振りながら前に進みやがれ」
「………」
「俺様を誰だと思ってやがる?」
「……わかった」
「上等だ」
二人、頷き合って。
「決まったようじゃな」
「よし、んじゃアタシもなんか手伝ってやるよ」
「ボクも!」
待ってましたと仲間たちが続く。
「ナツ」
「なに?」
「俺たちは……いや、なんでもねぇ」
「え、なに? なに?」
「うっせぇ! 喰らえっ!」
「へぶっ!?」
思わず言いかけた言葉を呑み込んで、代わりに肉球キックをお見舞いする。
「おら、ナツ。決まったならさっさとお前の策を言え!」
「ぷー……わかったよ」
それが露骨なごまかしだと理解しながら、蹴られた頬を撫でるナツはそれ以上追求せずに前を向く。
たとえ言わんとしていることがわからなくても、ジロウのことを信じているから。
そして。
「……うん」
言わないでいることがあるのは、お互い様だったから。
「……それじゃ、ジロウのチャンネル登録者数増し増し計画について説明するぞ!!」
気合を入れなおすナツの一声から、作戦会議が始まる。
「おう!!」
「待ってましたっ」
「楽しみじゃのう」
「アタシたちは何したらいいんだ?」
いつもの部屋のいつもの場所で。
ホワイトボードを前にして、やいのやいのと騒がしく。
・
・
・
「――って感じなんだけど、どう?」
ナツの説明が終わる。
「……なるほどのぅ」
「マジでそれやるのか?」
「ジロウさん、できます?」
それを聞いた一行は、みんな不安げにジロウを見た。
ナツが賭けだと言った理由を、今はみんな、等しく理解していたから。
「………」
腕を組み、仁王立ちするかまいたちは、しかし。
「……いいぜぇ、やってやろうじゃねぇか」
瞳に勝負師の狂気を宿しながら、獰猛に笑ってみせるのだった。
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