ストーリー:25 ナツの隠し事


 ナツがハルと再会した日から3日後。

 体調不良を理由に予定していた配信をお休みしていたミオは。


「うーん……」


 安静明けからすぐにナツの家に来て、日がな一日ゲームもしないで畳の上を転がっていた。



「おう、どうしたどうした? ガラにもなく一丁前に悩む真似しやがってよ」


 いつもの畳部屋に、今はミオとジロウの二人だけ。


「黙ってりゃ美人っつっても、唸ってちゃ台無しだな?」

「うるせぇバーカ、ジロウ。アタシなりに、あのハルってのをどうにかできねぇか考えてんだよ」

「おうおう、そりゃ御大層なこって」

「ふんっ」


 暇を持て余したジロウにちょっかいを出されても暴れずに、ミオはすぐまた寝転がってうんうんと頭を捻りだす。

 そんなミオなりの真剣さを感じ取って、ジロウは諭すように口を開いた。


「あれは俺らにゃどうにもできねぇ災害みたいなもんだ。手を出さねぇのが一番って、お前も身をもってわかっただろ?」

「それは、そう、だけど……」

「人間頑なになってる奴にゃ何言っても通じねぇんだ。今さら何をやったところで、意味なんてねぇだろ。それこそ弁慶の泣き所……相手の急所ってのを突かねぇかぎりはな」

「………」


 何かを言いたげに口ごもるミオが目を向けるのは、ナツのPC。

 現在買い物にお出かけ中の家主の愛機は、いつでも妖怪たちがインターネットや配信の練習ができるようにと、電源を入れたままだった。



「うー……」

「ケヒャヒャヒャ、陸に上がったガラッパはのろまなこって」


 PCに向かって這いずりだしたミオの横を、ジロウがからかいながら付いていく。


「イタチの手くらい貸してやろうか? ほらほら」

「うー……んっ!」


 軽口に言い返すこともせず、ミオはPCの前までたどり着くと、ゆるりと身を起こしマウスを握った。


「なんだなんだ。評判調べでもやるつもりかぁ?」

「ちげぇよバーカ、バカジロウ。ちょっと気になることがあっから、調べようって思ってたんだ」


 カチカチ、カタカタ。

 慣れた手つきでマウスとキーボードを叩き、インターネットブラウザを起動する。 


「何を調べようってんだ?」

「んー……」


 ひょひょいとミオの頭に乗ったジロウの問いかけに一度、生返事を返してから。


「科学的」


 その一単語を、口にした。



      ※      ※      ※



 表示された検索プラットフォームに“科学的”と入力しつつ、ミオが言う。


「アタシが見てる前でさ、あいつがナツに何度も言ってたんだ。妖怪の実在なんて科学的じゃないって」

「ほーん?」

「アタシ、科学的ってのがなんなのか知らねぇからさ。もしかしたら、それがなんかの手がかりになるかもって思って。ほら、あれだ。格ゲーじゃ、自キャラはトーゼン相手の使うキャラも把握してなきゃ勝てねぇだろ」

「……なるほど?」


 カチッ。


 入力し終え、検索ボタンをクリック。

 表示された検索結果から、とりあえずミオは、一番最初のサイトへのリンクを押した。


 新たに表示されたのは、どこかの大学研究班が、優しく持論を記したページ。 

 科学的とはどういうことなのか、様々な見解を述べた文章が、複数の人物によって解説されていた。



「うっへぇ、面倒くせぇ。言葉がいっぱいじゃねぇか」


 ずらりと並ぶ文字の山を前に、ジロウが悪態をつく。


「おいおい、マジでこんなのちゃんと読む……」


 そして同意を求めて覗き込んだ、その瞬間。


「……へぇへぇ」


 静かに元の場所に戻ってから、退屈そうにしながらも文字を追い始めた。


「………」


 そんなジロウの動きにまったく気がつかないほど、ミオが真っ直ぐ、真剣に。


「……うぐぐ」


 難しくてわからないその言葉の群れを、必死に読み解こうとしていたから。



「なぁジロウ、これどういう意味?」

「あー? これはあれだ。多分……」


 気づけば二人、あーだこーだと言い合いながらページを読み進め。

 

「……っだぁー!」

「終わったー!」


 なんとかかんとか、読み終える。

 そんな二人の顔には共通して……喜びの色が浮かんでいた。



「いいな、これ」

「だな。これは悪くねぇ……なにしろこいつら、。それってことはつまり……」


 二人で見合って、頷き合う。


「科学的って言葉には、俺たちを否定する力はねぇってこった」

「ハルの言い分は、どっかが間違ってる!」


 妖怪らしい、意地の悪い笑みが浮かぶ。


「つまりつまりだ。その隙突いて化かしてやりゃあ、嬢ちゃんは嫌でも俺らの存在を意識するって寸法よ!」

「っしゃあ!!」


 見つけた光明に歓喜して、二人で飛び跳ねる。


「こいつは間違いなく急所だ。ここまで調べられたら上等だろ!」

「あとはナツに任せたら、なんかいい感じに作戦立てて――」


 と、次の瞬間。


 ガタタッ!!


「おわぁぁっ!?」

「やべっ!」


 暴れた拍子の衝撃にPCが揺れ、テーブルから落ちそうになり、慌てて二人で受け止める。


 カチチッ。


 その際、ジロウの足がキーボードのエンターキーを踏み、デスクトップの何かのアプリを起動する。


 PCディスプレイいっぱいに、2Dデフォルメされた妖怪の姿が映し出された。



「っふぅー。あぶねぇあぶねぇ、って……おいおい、なんだこりゃ?」

「あれ、こいつって……」


 起動したのは、いわゆるエディタと呼ばれる類のアプリでも、旧世代のもの。

 二人がVtuberとして活動するときに使っていたものとは別のもの。


「「……マジ?」」


 そこに、編集中として表示されているアバターを見て、二人は目を見開いた。



「なぁ、ジロウ。こいつって……」

「あぁ、こいつはまず間違いねぇな」


 二人が見つめる、古いアプリに残された作りかけのアバター。

 モデルとなったであろう妖怪を、二人はよく知っていた。


 否、ここに入り浸る妖怪なら、知らない者はいないほどの、有名人だった。



「――“座敷童子ざしきわらしのヤマメ”。ここに住んでた頃のナツの……家族だった妖怪だ」



 画面に映し出されていたのは、黒髪おかっぱの、けれどもどこか大人びた表情の幼子だった。

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