第16章 真相
第57話 小湊の確信、落としの亀さん
第一六章 真相
第57話 小湊の確信、落としの亀さん
十二月十三日、火曜日朝。
新宿プラザホテルに泊まった広美が、ロビーで待っていると、慧が迎えに来た。
車寄せには町村のエスティマが停まっており、広美が近づくと、後部座席に乗っている女が深々と頭を下げた。
慧が携帯で写真を見せてくれた、慧の姉、松原藍である。
セミロングの黒髪はそのままだったが、藍は薄化粧の方が似合うらしく、三つか四つ写真よりも若く見える。
広美も軽く頭を下げたが、胸中は複雑だった。
この女が、信也を殺したくて、貝原を代わりに殺したのだ。
女は黙ったまま、もう一度深々と頭を下げた。
広美は助手席に乗り、目的地に着くまで、一度も後ろを振り返らなかった。
後部座席の藍の隣には慧が乗っていた。後部座席の二人は、時々遠慮がちに二言三言話していたが、運転する町村も、広美に気を使っているのか、後ろには殆ど話し掛けなかった。
千葉県警本部の駐車場へエスティマが入って行くと、亀山警部補と、高滝巡査部長が目敏く見つけて、さっと近寄って来る。
四人は護送されるようにして、捜査本部のあるフロアの、事情聴取用としては、一番大きな部屋に通された。
亀山の合図で、広美だけが一人部屋の外へ出され応接室に案内された。
予想していた通り、広美はこっ酷く説教されたが、最後に良くやってくれましたと、亀山から一言お礼を言われた時、広美は背もたれに深く身を沈ませた。
無意識に背負っていた緊張感から解放されたのだろう。間も無く広美は、そのまますやすやと軽い寝息を立て始めた。
亀山は婦警に、暫くこのまま様子を見てやってくれと指示して、三人の待つ部屋に向かった。
覚悟した松原藍は、亀山を困らせることは無かった。
その頃、もう一人の容疑者が別室へと案内されていた。黒木アユ、本名倉木亜由美である。彼女を逮捕したのは小湊警部補だった。
昨日、小湊と夷隅は、シャッター誌のフリー記者横田利夫を徹底的に締め上げた。横田のやった数件の悪質な脅迫行為の中に、千葉県で行われたものがあったことが幸いだった。
それを見逃すことを条件にすると、横田は黒木のことを洗いざらい吐いた。
一九九五年の「シャッター」誌が、貝原洋と黒木アユの密会をスクープした写真と記事は、その後訂正記事が出されていたが、実は横田の始めの記事は、ほぼ事実に沿っていたのだ。横田は黒木の買収に応じて、訂正記事を出した。
この時の交渉が縁となって、九七年の冬、黒木アユからスクープを撮らせてやると、横田に対し情報が入った。
情報は正確だった。
それを記事にしたのが、例の、都内のホテルのバーで、貝原洋と女優相川加奈子が密会している所へ、貝原の愛人、松原藍が乱入し大喧嘩になったというものである。
黒木アユが貝原洋と、隠密に交際を続けていたことは間違い無く、あの大喧嘩は黒木アユが仕組んだことだった。
黒木が、藍をあの場に送り込み、騒ぎを起させたのだ。
その時に黒木は、相川から高価な宝石を取り戻し、貝原が相川と別れさせられたらしいことも、横田は知っていた。
横田は黒木から、作家のスキャンダル関係の情報提供をたびたび受けていたらしい。
最近では半年前、業界の重鎮神林英彦が、銀座のホステスを貝原と取り合っていると云う情報を得て、その後も追跡調査していたと白状した。
そのことは、警察でも既に掴んでいたことだったが、そのホステスのヒデミが、既に芸能界から消えていた相川加奈子であると聴いた時、鬼の顔で横田へ迫っていた小湊の顔色が変わり、一気に無表情になったことが、相棒の夷隅には印象的だった。
この時小湊は、黒木アユの貝原殺しの動機に確信を持った。
だが、黒木が突き落としたのは、竜野信也らしい……
(これは、交換殺人だ!)
そう確信した時、小湊の感じていた全ての謎が解けた。
貝原殺しが見つかれば、その犯人には竜野信也を殺す動機がある筈なのだ。
小湊は、横田利夫の取調べの後、念の為、巽龍介のアリバイも探った。巽には確固としたアリバイがあった。
次いで、小湊は本部に黒木アユの逮捕状の請求をした後、その添付資料として証拠を集める為に黒木アユ宅へ向かったのである。
黒木はしぶとい女だった。物証や証言が無いものは、殆ど認めることが無かった。
それでも、横田利夫の名前を出すと、貝原との恋人関係については渋々認めた。
貝原と相川が別れたことは、自分が関与したことでは無いと白を切った。
貝原を愛していても、憎んだことは一度も無く、スクープ記事を仕組んだことも、貝原の為を思ってこそであると強弁した。
電話が掛かって来て、黒木が一時席を外した時、この訪問の目的である髪の毛を、黒木の掛けていた席から数本採取することができた。その電話は勿論、小湊が仕組んだもので、目的を果たした小湊は、早々に黒木宅を引き上げ、髪の毛を科捜研に回した。
黒木の髪の毛のDNAが、竜野殺しの犯人の残したものと一致して、その翌朝早々に逮捕状が出たのである。
昼頃、調書を纏めた亀山と、黒木を攻めあぐねていた小湊が、打ち合わせをした。
午後の取調べは、「落しの亀さん」の異名を持つ亀山が黒木を担当し、松原藍は小湊が担当することになった。そして、遂にその夜中、黒木アユ=倉木亜由美は落ちた。
二人の犯人の自供などから、あの晩あの場所で何が起こったのか、どのような動機があったのか、大体のことが判明した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます