第28話 町村の聴取 その2
第28話 町村の聴取 その2
これは単純な質問だった。小湊は、プロ作家が作家志望をコーチするということなら理解できるが、編集者に果してそんなことができるのだろうかと、疑問を感じたのだ。
「彼はその時まだ二作品を完成したばかりで、全く自信が無いようでした。
そこで大きな賞を狙うに当り、作品の問題点をチェックして、アドバイスして欲しいということです」
問題点の指摘程度であれば、編集者はプロなのだろうと、小湊も合点が行った。
「それで町村さんはどうしたんですか?」
「去年の八月末から応募締切の十二月末まで、彼の作品を途中途中でチェックしてやりました」
「それは友情からですか?」
「そうですね、彼とはS大学の文学同好会でも一緒に活動していましたから、彼の文学的才能は以前から知っておりました。
友人に才能があって、その彼からアドバイスを頼まれれば、イヤとは言えません」
町村はしゃあしゃあと嘘を吐いた。
「まあごもっともですな。友情は大切だ」
「それでどうにか作品も完成し、竜野はクリスマス賞に応募し、候補作品に残ったと云う事です」
「なるほど…… 竜野さんは自力で作品を書き上げたということでよろしいですね?」
特にそうした疑問があった訳ではないが、念の為小湊はそう尋ねた。
町村はいくらか動揺を見せた。小湊は見逃さなかった。
「どういう意味ですか?」
「あなたが共同執筆者とか、アイデアを提供したことはありませんか?」
「問題点をチェックしただけで、それ以上のことはしてません」
小湊は町村の顔色を探り、そこで引き下がることにした。
貝原の担当編集者である町村には、まだ訊くべき事が多く、この時点では警戒させたく無かったのである。
「そうですか。不躾なことを訊いて申し訳ない」
「いいえ」
「では続きをお願いします」
「はい。前年末で応募を締め切った作品は、第一次選考で十作品、第二次選考で五作品に絞られ、最終選考で本賞を決定します」
「ふむ」
「スケジュールは、第一次選考が今年の四月末、二次選考は八月末、三次選考即ち最終選考は十二月二五日です。
実際にはクリスマス当日は発表と授賞式がありますので、先ほども言いましたように二十日に決まります」
「なるほど。そして竜野さんの作品は、最終選考対象の五点に残っていた。しかも中間投票では第一位だったと、そういう訳ですね」
小湊は纏めるようにそう言うと、夷隅を振り返った。
夷隅はメモを取りながら軽く頷いた。スケジュールの話を書き取る余裕を与えたのである。
「その通りです」町村は答えた。
「第一次選考は、交差点編集部の編集者五人で、選考会議を開き候補作を選定しました」
「それは十点ですね」
「そうです」
「二次選考は、三回の会議を開きました。五人の編集者と、五人のプロ作家で構成する選考委員会との合同会議です」
「なるほど」
「その八月末に行われた第三回会議で、貝原先生から、竜野信也、ペンネームは役所信也ですが。彼の作品に対しクレームが付けられました」
町村はその場面を思い出すように語った。
小湊の目がきらりと光ったが、それは一瞬のことだった。事も無げに彼は訊いた。
「それはどのようなものですか?」
「小説中に出てくる人物表現に、問題が有るとのことでした」
「意味が良くわかりませんが」
「具体的には小説の始めの方ですが……第三章『雄三』と云う章がありまして、そこで雄三のエピソードがたくさん出てくるのですが、その幾つかのエピソードで、明らかに自分を中傷攻撃しているとのご指摘でした」
「もう少し具体的にお聞かせ願えませんか。それに参考材料として、竜野さんの応募作品をご提供いただきたいですな」
町村は一旦応接室を出て行った。
帰って来た時、彼は粗末な本を抱えていた。
町村は簡易製本した『欲望の罠』を目の前に二冊出し、一冊を小湊に手渡した。そして貝原が指摘した箇所を、ここですと言ってマーカーで印した。
業界人なら誰でも知っている、貝原の女性交友に関する失態事件や、その冷血漢ぶりを示すものである。
「なるほどこうした事実は、文芸関係の者なら誰でも知っていると、こういう訳ですな。それでも貝原氏はそれが許せなかった?」
小湊は、未だ作家志望に過ぎない竜野信也が、果たしてそんな内幕ものを知っていただろうかと疑問を感じたが、それは後に取って置く事にした。
「はい。身から出た錆だから、それを週刊誌などで叩かれることは我慢もするが、それを小説化されて、登場人物のあの犯罪者は、貝原がモデルだと言われるようなことは、到底承服し得ないと、まあそういう主張をしていました」
「なるほど…… しかしながら、そのクレームは通らなかったと云うことでしょうか?(竜野の作品は、その第二次選考を通過している筈だ)」
「ああ、そうですね。あの時、貝原先生がもう少し落ち着いて主張されていたら、あの第二次選考時点で、竜野は落ちていた筈だと思います。
そのクレームを審議する所まで行く前に、会議が別の件で紛糾しまして……」
その点では運が良かったと町村は思った。
「と言いますと?」小湊は冷静だ。
「貝原先生が、あれは誰かの陰謀だと言いました」
「ほお、それで?」
「選考委員の中に、貝原先生とは犬猿の仲と言われる、巽龍介委員長がおりまして」
「ふむふむ」
「貝原先生は、『誰かの陰謀だ』と云う部分を、巽先生に向けておっしゃいました」
「ほお、その時どうなりました?」
小湊の代わりに、夷隅が身を乗り出した。
「巽先生が激怒されまして、重鎮の神林英彦先生が、どうにかその場を治めてくれましたが、その後の会議は、そのことには特に触れずに展開して、選考投票に移りました」
町村は一つ一つ思い出すように、そう話した。
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