第29話 町村の聴取 その3

第29話 町村の聴取 その3


(貝原と対立する男、たつみ龍介か。

 委員長の彼が、貝原のクレーム審議をわざと妨害して、竜野の作品を最終選考まで通す為に、合同会議をコントロールして、選考投票まで持ち込んだと云う事も考えられるか……)


 小湊こみなとは、そこまで素早く考えてから口を開いた。

「ああ、そういうことですか。なるほどなるほど。

 そうすると、その『間接的な面識』と云うのは、選考対象者と選考委員と云う関係のことを意味し、貝原氏は竜野氏を良からぬ奴と思っていた……そういう事ですか?」


「いいえ、それだけでは終わりませんでした」

 町村は小湊をじっと見た。


 小湊は表情一つ変えずに、町村にその先を促す。

 夷隅いすみの方は興味津々の様子を隠せない。


「と言いますと?」


 町村は、小湊警部補の反応の少なさに少しがっかりした。

 自然とその視線は、夷隅巡査部長の方へ向く。その夷隅は、町村の期待通り、早く話を聞かせてくれと目で訴えていた。やや満足した町村は話を再開した。


「十一月二五日に行われた、例の中間投票があった第二回最終選考会議の時のことです。

 一通り最終候補作品の品評と討議が済んだ後、巽龍介委員長から、貝原洋先生の最新作『トゥワイライトの悲劇』の一場面を、読み上げてみたいと提案がありました」


「ほお、どういう意図があったのでしょうかね?」

 小湊は先ほどと同じくポーカーフェイスでそう訊いた。小湊警部補の場合、これが興味が有る印なのである。


「黒木アユ先生からもそういう質問が出ました」


「なるほど、黒木さんは貝原氏の味方ですか?」


「貝原先生とデビュー時期が一緒で、二人は周囲から盟友と言われるほど仲が良いですね」


「男女関係は?」にやりとして小湊は訊く。


「と言いますと?」町村はとぼけた。


「二人は恋人ですか?」


「いいえ。親友関係にあるとは思いますが、過去も現在も恋人では無いと思います。

 そういえば、ゴシップ誌で、一度だけ二人の恋仲説が出たことがあるようですが、ただの笑い話で終わったと思いますよ」


「その雑誌の名前はご記憶ですか?」

 無表情で小湊は質問した。


「いいえ」


「すみません、話の腰を折ってしまって。そのついでにもう一つだけ。最終選考会議は何回行われるのですか?」


 つまらない質問に、町村は何だと云う顔をした。

「二次選考の合同会議と同じで三回です」


「ありがとうございます。では巽さんが、貝原さんの最新作の一場面を読み上げたいと提案した所から、その続きをお願いします」


 小湊が丁寧にそう言うと、町村は気を取り直し、続きを話し出した。

「はい。黒木先生が、選考と関係が無ければ、そういうことは貝原先生に対して失礼だと主張しました。

 巽先生はそれを受け入れ、貝原作品のトリックと同じものが、ある候補作品に含まれていると説明しました」


「それは盗作と云う事ですか?」

 感情の一切を含まない顔で小湊は尋ねる。


 どうやら町村にも小湊の顔と興味が一致しないことがわかり始めた。

「そうです。この時にはまだ、貝原先生が盗作されたと云う話だと、他の委員の方は思っていたようです」


「貝原さんのその本もいただけますか?」

 にこにことして、小湊は要求した。


(何か欲しい時はにこにこするのか)

 町村も笑顔でアシスタントを呼び、自分のデスクの上から貝原の本を持って来るように指示する。

 本が来ると、町村は小湊と夷隅に一冊ずつ手渡した。


「その二冊は差し上げますよ。付箋も付けておきました」


「助かります。竜野信也の『欲望の罠』の方も、もう一冊いただけると非常に助かるんですがね」

 小湊は礼を述べたついでに、そう要求した。


 町村は、手許の一冊を無言で差し出した。

 そして、貝原の単行本の付箋した頁を拡げ、マーカーで指し示しながら説明を始める。


「ここからここまでが、巽先生が指摘した箇所です。そこを巽先生に指示されて、私が読み上げました。

 丁度連続殺人犯が刑事に追及されて、第二の殺人について自白を始める所までです」


「ふむ」

 小湊と夷隅は五分ほど掛けてそこを読む。


 町村はその間タバコをゆっくりと吸いながら待った。

「読み上げが終わると、黒木先生から、これは役所信也の候補作品に使われているトリックと同じだという発言があり、他の委員達も同意しました」


(なるほど、それが貝原と竜野の接点か)

 小湊のポーカーフェイスに磨きが掛かる。


 小湊は興味無さ気に訊いた。

「それからどうなりました?」


 町村は、小湊警部補がかなり興味を持ったと悟った。

「役所信也を盗作疑惑でここに呼び出し、聴聞すべきだろうという意見がありました」


「ふむ」


「貝原先生はそこまでしなくても良いだろうと言いました」


「何故でしょう?」

 小湊は貝原に訊くべきことを町村に訊いた。


 町村は思案顔を見せる。

「それは私にはわかりませんが、そこで確か、重鎮の神林英彦先生から、盗作ならどちらが先に書いたかがポイントだと言いました。皆さん同意されて、その場に居る貝原先生に、いつ頃書いたのかと云う質問をしました」


「なるほど」


「先ず、役所信也の作品は、前年末の応募締切前に書かれたことは間違いありません」

 町村は、目の前の小湊を通して、その向こう側を見るような遠い視線でそう言った。


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