第14章 町村と広美と慧
第52話 町村との面談
第14章 町村と広美と慧
第52話 町村との面談
午後二時頃、竜野広美と松原慧は、太平洋書店本社最上階の小会議室隣にある、資料室の分室へ案内されていた。
ロッカーに囲まれたようなこの部屋は、未整理の雑多な資料と、大き目の作業テーブルがあるだけの小さな個室で、辛うじて大きな窓が、その閉塞感を緩和していた。
窓からは神田周辺の町が広がって見えた。
ここは普段めったに使われることが無く、密談には最適なのである。
町村博信は、持参したファイルをテーブルに置き、二人に向かいの席を勧めてから、自分もゆっくりと腰掛けた。
幾分疲労気味であるが、さばさばとした様子である。
町村は改めて広美に対し、掠れ気味の声でお悔やみを述べた。
そして、広美の連れについて紹介を求めた。
「この人は、信也が今年の五月から交際していた人で、松原慧さんです。
正確には二年と四ヶ月前に、二人は藤川夏生のホームページで知り合ったらしいわ」
唐突な話を聞いて、町村は何と述べていいやらわからず、広美と慧を交互に見ただけで口を開かなかった。
広美に紹介された慧は、特に悪びれた様子は見せず、広美と目を合わせ微笑している。
「慧さんは、信也が二人目に愛した人で、信也は、私の事も、慧さんのことも大切に思ってくれていたらしい。私は、信也の愛を信じることにしたの」
「信也君が、そんなことになってるなんて、全く知りませんでした。
二人は仲が良さそうですね。とても不思議な関係だ」
町村は掠れ気味の声でそう言った。
「ええ、私達は同志なの。二人で信也の敵討ちをしようと思っている。だから犯人探しに、町村さんにも協力して欲しいのです」
「わかりました。知ってることは全てお話しいたしましょう。
竜野が殺されたのは、全て私のせいですから」
広美と慧の顔色がさっと変わった。
「どういうことですか?」
「今朝、千葉県警から、亀山警部補が見えまして、私は再事情聴取を受けました。
一昨日話せなかった、いや隠してしまった事実も全て警察に話しました」
「どんなことを?」
「私があの小説に仕組んだことが、事件の原因になってしまったのです」
町村の鬼瓦の様な顔が歪んだ。
そこから町村は、昨年八月二十日に竜野信也に再会してから、彼にクリスマス賞応募を勧めることになった事情や、小説に盛り込ませた貝原洋を攻撃するエピソードなどを説明した。
そして貝原を憎むことになった理由の、ゴーストライターを含めた腐れ縁の事情を話した。
そして最後に、自分が行った最大の罠について触れた。
その間も、慧は一度も口を開かなかった。
「あの津田沼の、Yショッピングセンターのエレベータで、竜野が考え付いたトリックを、貝原に対し、私がこんなトリックはどうだと言って教えたのです」
「何故そんなことをしたんですか?」
広美は町村を、穴が空きそうなほど見詰めた。
慧も隣で、貫くような視線を浴びせていた。
町村は耐えられずに目を伏せた。
答える声からは色味が抜けていた。
「貝原を盗作で潰したかったのです。
自分の憎しみの為に、竜野を巻き込んでしまったが、まさか竜野が殺されることになるなんて思いもしなかった」
広美は視線を緩めずに訊く。
「町村さんは、信也を誰が殺したか知っているんですか?」
町村は顔を上げた。
「十二月二十日には、クリスマス賞の最終選考作品が決定し、その作品は本になり翌年発売されます。
もしそうなれば、貝原の盗作問題は公になり、彼は作家生命を絶たれることになるでしょう。
だから私は、貝原がそれを阻止する為に、竜野をあそこへ呼び出して、選考を辞退させようとして、争っている内に落下したと思っています」
広美は首を振った。
「それは違うのよ。信也を殺した人は別にいるの。しかもそれは女なのよ!」
「警察は、私にはそんなことを一言も言ってくれなかった」
緊張が解けて、町村はがっくりと肩を落とした。
「町村さんがやったことは原因ではないけれど、事件の引き金にはなったと思うわ」
ほっとしたような町村に、広美は厳しく言い放った。
町村は、そのままで固まったように沈黙した。
そして、椅子を引くと、その場に頭をこすり付けて土下座した。
広美は余計に腹が立ったが、それでも、町村の手を取って立たせ、元の様に椅子に座らせた。
慧は静かに目を伏せていた。
「今はそんな謝罪よりも、犯人探しに協力して!
信也の殺人犯は、栗色のショートヘアをした年配の女で、血液型はB型らしいの。町村さん、そんな女を知らない?」
町村は落ち着きを取り戻した。
「選考委員会のメンバーの中に一人いますね……黒木アユ女史がそれに該当しそうですが、それだけでは決め付けられないですよ」
「勿論そうよ。でもその人を調べてみる価値はある筈よ」
「黒木さんに、竜野を殺す動機があるとはとても思えない。
貝原殺しだったら、わからないこともないですが」
「どういうこと?」
「二人は恋人関係だったことがあるからですよ。これは私の勘ですが」
「具体的には、二人の間に何かあったの?」
「一度、シャッターと云う写真週刊誌に、二人が料亭から出て来た所を写真に撮られ、当代若手人気作家二人の密会と云う憶測記事が出たことがあります」
「それだったら、二人は間違いなく恋人だったのでは?」
「その料亭は、二人の新春対談をインタビューしていた所で、その帰りを撮られたんですよ。
ただ、スタッフが先に帰って、二人はそこに残っていたのですから、意気投合したのは間違いありません。
それ以来二人は、盟友と言われるほどの友人関係にあります」
「恋仲を隠していたと思うの?」
「ただの勘ですがね。
もし今もそうだとしたら、女関係の絶えない貝原に、積年の恨みを晴らそうとしたのではないかと……」
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