ドロップ
千葉の古猫
第1章 小説家を夢見る
第1話 信也の挫折と広美の接近
'''''''''''''''''''''''''' 始めに '''''''''''''''''''''''''''
本作は私が2003年頃に書いた、2作目の長編小説です。
本作で書いた文学賞選考の過程は、あくまで想像で書いたものなので、実際の選考方法とはかなり異なるかも知れませんので、その辺を予めご承知いただいた上で、寛容な気持ちを持ってお読みいただけると幸いです。
尚、丁度いい時期からのスタートですので、カクヨムコン9に応募することにしました。
2023.12.3 Sun
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「ドロップ」
第1話 信也の挫折と広美の接近
「やったぁ 遂に完成した!」
この三年間、書きかけ小説のタイトルばかりをストックし続けて来た
二〇〇三年から二〇〇四年まで、大げさに言えば足掛け二年、正味半年弱の時間を掛けて漸く処女作が完成したのだ。
だからこの時の信也の歓声が、マンションの隣室まで聞こえる程大きかったとしても、それはやむをえないことである。
信也がS大学経済学部を卒業して、安定を求めて地元の千葉県庁職員となり
二三歳で社会人となり三十まではあっという間に過ぎた。
県庁職員は大体二年から三年で職場を異動する。
信也の場合は、あまり関連の無い職場を二年ずつで異動して三十になるまでに四つの部署を経験した。
新しい仕事は覚えるべきことも多かったがそれなりに楽しかった。
入庁九年目、三一歳の時、五回目の異動で入庁時に配属された同じ課で係長になった。
この時に信也は少しばかり張り切り過ぎたのである。
楽なルーチンワークに慣れた部下達は、何故自分達ばかりが同じ課の他の職員達に比べて、面倒な新規の仕事を余分にやらなければならないのか理解できなかったし、理解しようともしなかった。
この十名の部下職員達は、信也が出張に出た留守を狙って係長抜きで緊急会議を開き、前任者時代には無かった新規の仕事をボイコットすべく、たった一名を除き一致団結した。
この時その決議に反対したのが、普段からなにかと信也に突っ掛かっていた
出張から戻った信也は課長から別室へ呼ばれた。
君はスタンドプレーが過ぎる、職員の信頼を失っている、今後は部下達の意見をよく聞きながら仕事を調整するように、新年度になれば他の課へ異動させてやるから、それまではあまり波風をたてないようにというのが、課長の要望であり命令だった。
課長は信也の反論も公平に聞いて見せたが、それはポーズだけだった。
君の熱意は買うが、同じ課内で突出した仕事をしてもらっては困る、これは他の係長達も同じ意見だよと釘を刺された。
信也と云う「出る
それ以来、昼休みには多くの職員が利用する最上階の大食堂においても、部下、同僚達は信也からあからさまに離れて席を取った。
信也は庁内では常に孤独だった。
長身と云う程ではないが、細長い体から自信や活気が消えてしまうと、信也はまるで重病人の様に
信也を知る職員の中では唯一、仲橋広美だけが隣の席に着くようになった。
広美は女にしては背が高い方である。
プロポーションも悪くはないが、衣服のセンスは決して良いと言えない。
目鼻立ちはくっきりしており、メークによっては美人に見える素材だが化粧っ気はまるで無い。
仕事はまじめで男には
要するに女っぽくないのだ。
だから信也は仲橋広美に対してまるで女を感じていなかった。
広美の方では、係の業務を改革しようと張り切る新係長に対し、やる気だけは認めても中途半端な所が気に入らず一々突っ掛かってはいたが、男としての信也に悪い気は持っていなかった。
その信也が村八分のような処分を受けたことは、正義感の強い広美には到底許せないことだった。
だから自分だけは、不正からこの男を守ろうと思い込んだ。
信也の弱さに持ち前の母性本能を強くくすぐられた。
その点に広美自身全く気付くことはなかった。
誰もが避ける中での広美の接近については、始めの内は自分をからかうつもりなのだろうと用心していたが、そうでないことがわかると信也は徐々に心を開くことができた。
信也に対し男を意識するようになってからの広美は、服装のセンスが良くなり化粧も巧くなった。
比例するように信也は広美を女として見る様になっていた。
信也は翌年の人事で県職員の誰もが嫌がる収用委員会課へ配属された。
千葉県では一九八八年頃から収用委員会は事実上機能していない。
だからここは収用委員会が再開されるまでの事務保全を仕事とする課で、日常業務はこれといったものがなく閑散たるものだ。
かつて成田空港工事に関する土地収用が収用委員会の最重要な仕事だったが、先祖代々農家を営む地元住民の猛烈な反対を押し切る形で土地収用を進めた結果、住民の激しい反対運動に目を付けた反国家権力の過激派勢力と反対住民が手を結ぶ事態を招いた。
過激派は成田空港反対闘争を陣頭に立って仕切る一方で、収容委員やその家族をテロの標的とし鉄パイプや角棒で滅多打ちにするゲリラ活動を行った。
その結果、県議会の同意を得て知事が任命する七人の委員は次々に辞任し、その後任候補者達も全て辞退した。
委員の成り手が無いのである。
勿論、収用委員会の仕事は成田ばかりではない。
土地収用法に基づき都道府県に置かれ、裁判所に準ずる機能を持つ行政機関なのだ。
道路や鉄道など公共用地の取得を計画する国や地方自治体などと、地権者との交渉が成立しない場合、両者から中立の立場で補償金などの利害を調整し、最終決断として「採決」を下したり和解を勧める重要な機関である。
だからこそ収用委員会の将来の再開に備えて、収容委員会課だけは存続しているのである。
成田問題がほぼ決着してからも、以前ほどではないにしろ時折過激派が、その主張
過激派の残党達は、成田拡張工事に必要な土地収用が行われる兆しがあればまた再結集するかも知れない。
またそれを信じて行動しているのだろう。
この課には負のイメージが常に付いて回る。
販売される県庁の職員録にも、収用委員会課については情報が全く載せられてない。
他の一般部署に異動するまでは、その職員はまるで幽霊扱いなのだ。
収容委員会課の職員は、狙われることを警戒して業務終了後に同僚同士で飲みに行くことなどは厳に禁止されている。
信也がここに所属する間、時折会っていたのは仲橋広美だけだった。
一年の任期が明けて一般部署に配属されてから、三三歳の夏、信也は五歳下の広美と結婚した。
その広美が信也の夢を応援するようになったのだ。
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