第54話 レプリカ
第54話 レプリカ
「どうして?」広美は単にそう訊いた。
「AKのイニシャルは、元々、倉木亜由美さんに贈られるものだったという気がするんです」
「誰ですか?」慧は初めて出て来た名前に、思わず反応した。
「黒木アユの本名です。
そのリングを、新しくできた恋人が、たまたまイニシャルが似ているのをいい事に、相川加奈子にプレゼントした……」
「それで?」広美が、合の手を入れる様に訊いた。
「激怒した黒木さんが、お金に困って相談に来た藍さんに、騒ぎを起して、リングを取り返してくれと依頼したのではないかと」
「その報酬が一千万円?」広美は驚いて、言葉を切った。
「貸しただけかも知れませんがね」
「リングが贋物だと告げられた相川が、怒って本物を買ってと要求し、それを撥ね付けた為に、間も無く二人は別れた?」
広美は、想像したことを言ってみた。
「多分そんな所だろうと思います。そこまで黒木さんが計算していたのかも知れませんしね」
「なるほど……」広美は呟いた。
慧は、何かを考えるように沈黙していた。
「もし、町村さんがパーティで見たリングが同じものなら、彼女はリングを修理に出しているでしょうね」
広美は、町村を見詰めてそう言った。
町村は頷いた。
「なるほど、サイズの修正ですか? 二人の体型の違い通り、指のサイズにも違いがあるでしょうね。
黒木さんのサイズから、相川のサイズに変更され、再び黒木さんのサイズに戻す為に、リングが修理された可能性は高い……」
「そうよ。貝原がリングを作った店がわかれば、その辺もわかると思う」
「貝原は、小物好きで、自分でもリングとか、ブレスを作っていますが、彼は確か……御徒町の栄光堂を贔屓にしてる筈ですよ。
そこなら顔が利くから、三割位すぐ引かせてやる、リングが必要な時は俺に言えと言われた事があります」
「そこへ行ってみない?」
広美はそう言って、町村と慧を見た。
「調べるんですか?」
「ええ、貝原洋と黒木アユが、そこへ一緒に行って、ルビーのリングを作っていたとすれば、二人が恋人関係だったことが証明できるし、貝原殺しの動機を持つことがわかるかも。
二つの殺人は、偶然同じ場所で、同じ時間に起きた別の事件なんかじゃない。
きっと関係がある筈。今は繋がりのありそうなことを、順々に調べて行くしかないと思うの」
決然と立ち上がった広美が、二人に目を合わせると、その迫力に呑まれたのか、町村も慧も了解するように頷いていた。
三人は、御徒町駅の山手線東側に並行する、二つ先の宝飾店通りを秋葉原方向へ進んだ。右手に一際大きな、黒い外壁の宝飾店があり、それが栄光堂だった。
三階の奥の個室へと三人は案内された。
そこは高額商品の商談を進める部屋らしく、黒を基調とした、高級感を演出した内装が施されていた。
現れた支配人に、町村が太平洋書店の名刺を再び指し出し、事件で亡くなった貝原先生のことでと、訪問の趣旨を丁寧に説明すると、そういうことなら協力しましょうと、その中年紳士は答えた。
支配人は、台帳を確認しながら説明を始めたが、当時サングラスをして来店した倉木亜由美が、人気作家の黒木アユであることは知らなかったようだ。
リングは、一九九七年九月にオーダーを受けたもので、貝原は倉木亜由美と二人で店に現れ、あのルビーを見て倉木が一目惚れしたと言う。
石の台になるリング加工の方法については、倉木が詳細にデザインの注文をつけた。
所が一月後に貝原から、サイズを十一号から八号に変更したいと電話連絡が入り、完成したばかりのリングは、サイズを修理してから貝原に納品された。
驚いたことに、その翌年一月にまた二人して来店し、サイズを十一号に直してくれと依頼されたと言うのだ……広美と町村の推理どおりだった。
支配人は、これがそのリングですと、二方向から綺麗に撮影された、キャビネサイズの写真を見せてくれた。
その時僅かに、慧が息を呑んだのが、広美にはわかった。
「素晴らしい石ですね」
町村は掠れ気味の声で、感じたままを言った。
「見事な赤ですよ。大きさよりも、色の良さに価値があります」
支配人は町村の感想に満足したようだ。
写真を指差しながら本物の色は、ちょっと写真では表現できませんがねと付け加えた。
「貝原先生は、確か五千万円と言ってましたが、実際の売値は幾らなんですか?」
「正札は五五〇〇でした。このクラスになると、値引きは中々できないのですが、特別に五百お引きしました」
「倉木さんという女性も、さぞ満足していたでしょうね」
さり気無く、町村は倉木のことを訊いた。
「ええそれはもう。その翌日、倉木さんが一人で見えられて、レプリカを二つ注文されました。
レプリカのお代は、倉木さんからいただきました。
レプリカのことは、貝原さんに内緒にしてくれとも言われましたね」
レプリカと聴いた途端、広美に亀山の言葉が蘇った……
二人が落下した場所近くの植え込みから、ルビーのレプリカリングが見つかった、事件とは無関係かも知れないが、念の為それも捜査対象にしている……
「レプリカを二つも作るのは、何の為ですか?」
広美が初めて質問した。
慧の方は、何故か物思いに耽っている様に見えた。
「あのクラスのものになると、盗難や紛失が懸念されますので、外出時にはレプリカを身に付ける方が多いのです。
でも二つもお作りになる方は、やっぱり珍しいですね」
「それは、どの位精密なものですか?」
町村は念の為、そう訊いた。
「台のリングは本物と同じものですよ。石の方はたいしたことはありませんが、遠目には本物との見分けはつきません」
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