第58話 事件の真相を語る男

第58話 事件の真相を語る男


 事件の真相? それは……

 貝原洋は黒木アユから、このままにしておくと、盗作問題が発覚して、あなたの作家生命が絶たれる事になると忠告を受け、二人で相談した結果、貝原は竜野信也を、津田沼のYSCの駐車場へ呼び出すことにした。

 あの二人はずっと恋人関係だったんだ。


 開放型の立体駐車場八階の、あの場所では、お互いの小説のアイデアを話し合いながら、貝原が竜野相手にアクションシーンを実演して見せていたんだ。

 それは黒木の書いた筋書きだった。


 貝原は竜野と親しくなった所で、クリスマス賞の辞退を頼んだ。

 その交換条件は、自分が選考委員長を務める別の文学賞で、応募すれば竜野作品を強力に推薦すると約束し、今回の辞退料として賞金相当額を与えると云う破格のものだった。

 二人は円満にその場を別れた。



 貝原が去ると、そこへ黒木アユが現れた。

 竜野は人気作家の連続登場に、かなり興奮していたそうだ。

 竜野と黒木は防護柵近くの柱の影で、数分間ほど小声の会話を続けていた。


 その途中黒木に、「貝原に連絡したいが、自分の携帯を忘れて来たので、あなたのを貸してくれないか」と言われた竜野は、疑いもせず携帯を手渡した。

 開放型の駐車場で、竜野は丁度外側を見る位置に立っていた。


 そこへ、叫び声と共に、上から人の様なものが落ちて行くのを竜野は見た。

 黒木がその時、「貝原先生の声よ」と竜野へ囁いた。

 竜野は慌てて防護柵から身を乗り出し、下方を覗き込んだ。

 その途端、後ろから黒木が足元に抱き付き、頭を竜野の尻に当てて押し上げた。

 かなり身を乗り出していたせいで、竜野は呆気なく下へ突き落とされてしまった。

 黒木は何食わぬ顔で、その場を立ち去った……



 上から落ちて来たものは、勿論、貝原洋だ。

 貝原は、竜野と別れた後、九階屋上に停めた自分の車へ戻って行った。

 九階に上がると、貝原は懐かしい女から声を掛けられた。それが松原藍だった。


 松原はちょっと話さないかと、貝原を八階のあの場所の丁度真上に当る所へ誘導した。

 あのルビーのリングを見せびらかしながらね。

 貝原は、そのルビーは、黒木アユにやったものと同じもののようだなと言った。

 ちょっと借りてるのよと、松原は答えた。

 貝原は怒っていたらしい。何故黒木と松原が、いまだに繋がっているのかと、不信に思ったのだろう。


 松原藍は、このリング緩いのよねと、手袋をした右手で、慎重にリングを指から抜き取り、月明かりに透かして見せた。

 貝原はそれを返せと藍に詰め寄った。

 藍は、貝原の伸ばして来た手の近くまで、それを見せびらかせてから

「何よこんなもの」と、外へ放った。

 貝原は慌てて防護柵から身を乗り出し、リングの行方を追った。

「バカ! あれは五千万円もするものだぞ」と貝原は叫んだそうだ。

 藍は素早く近づくと、貝原の足元を掬い上げた。

 一瞬身が竦んだけれど、貝原の身体はふわっと、防護柵の向こうへ落ちて行ったそうだ。

 その貝原が落ちる所を、竜野は計画通りに見せつけられたという訳だ。



 動機? それは……

 黒木の場合は、折角別れさせた相川加奈子と貝原が、銀座のクラブで再会し、ヨリを戻す形になったことで殺意を持った。

 もっと具体的なことを言えば、あのルビーは元々黒木アユに贈られるものだったが、相川に惚れた貝原が、それを相川のサイズに作り変えて、一度は彼女にやってしまったんだ。

 その時は、黒木の策略で取り返すことができた訳だが、最近同じ宝飾店で、もっと大きいルビーを買って、それを相川に贈ろうとしていたことがわかり、黒木の怒りが爆発したと云うのが真実だろう。


 松原藍の場合は、妹の慧が、中学二年から大学二年になるまで、ホステスまで身を落として、親代わりの藍がたった一人で、手塩に掛けて育てて来たのに、十九も年上の妻帯者が現れて、愛する妹を奪おうとした。

 その竜野信也を許せなかったことが動機だ。



 何故交換殺人をしたか? それは……

 黒木が筋書きを書く作家であることが、やはり大きいだろう。

 黒木アユは事故に見せかけたかった。

 もし殺人であることがわかったとしても、動機がなければ切り抜けられるとも踏んでいた。

 だから、松原藍にそれを提案したんだ。


 松原も直接自分の手で、慧の大切な人の命を奪うことは、多少とも躊躇があったんだろう。

 これは私見だが、同じ駐車場を舞台に、自分のトリックの方が上だと、黒木は、貝原と竜野に見せつけるつもりだったのではないだろうか……



 黒木が何故、竜野信也に対する、松原藍の殺意を知ったのか? 良い質問だ。それは……

 松原藍は、今でも少しずつ、黒木から借りた一千万円を返し続けていた。

 慧から聞いた話で、竜野信也がクリスマス賞に応募して、その候補作品に残っていたことを藍は知っていた。

 だから、選考委員の黒木に、竜野の事を訊いたんだな。

 黒木は勘が働く女だから、藍の質問の理由を根掘り葉掘り聞き出した。

 藍は、竜野が居なくなれば良いと思ってはいたが、その殺意は、黒木が育てたのかも知れない。

 藍が明確に殺意を抱いたのは、十二月に入ってからだそうだ。どうしてそうなったのかは、自分でもわからないと言っている。



「もうこんな所でいいかい? 良子ちゃん」


「高滝君が一番怪しいって言っていた、町村って人はアリバイがあったの?」


「あの晩は、後輩の高橋良太って奴と、ずっと安酒を飲んでいたらしいよ。

 十一月二五日の盗作問題追及以来、毎晩閉店近くまで付き合せられたって、高橋がぼやいていた」


「結構気が小さい奴だったんだね。あ、もう昼休みも終わるし、そろそろ戻らないとね。その続きは今夜のデートで聴くよ」


「もうこれ以上の話は、俺は知らないぜ」


「じゃあ、今夜のデートは延期ね」


「何だよ、話が違うだろ」


「またね、高滝君」


「良子ちゃん……」

 今回も高滝巡査部長は、交通課の平井良子から、デートの約束を取り付けられなかった。

 高滝は屋上の隅で、足早に去って行く平井良子の背中を、恨めし気に目で追っていた。





 数日後、千葉市内の葬儀社で、竜野信也の葬儀がしめやかに行われた。

 喪主の竜野広美の近くに、松原慧の姿があった。

 親族席には座らせないと、広美は言っていた筈だが……


 竜野広美と松原慧は、実は義兄弟の契りを結んだのだ。

 藍と慧が例え姉妹だとしても、広美は、辛い試練を乗り越えて、実の姉の藍に自首を勧めて、遂に実行させた慧を、心の底から信じることができた。

 義兄弟の契りのことは、広美から言い出して、慧がそれを素直に受け入れたのである。


 焼香の順番がやって来た。

 親族側に礼をして、祭壇前に進んだ町村は、竜野の写真に向かって手を合わせ、自分のしてしまった過ちを心から親友に詫びた。

 その目を上げた時、写真の竜野信也が、微かに笑って左側を見た。

 驚いて町村が、竜野の視線方向に目をやると、広美が慧の涙顔にハンカチを当てていた。

 目を戻した時、竜野信也は、やはり元通り澄ましていた……




"""""""""""""""""""""""""" 完 """""""""""""""""""""""""""""

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドロップ 千葉の古猫 @brainwalker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ