第22話 貝原の新作の朗読その2
第22話 貝原の新作の朗読その2
虹川は、焦点の合わない目を坂牧に向ける。
「お前さんは二つの現場と、自分の車を停めていた階との間を、エレベータを使って移動したな?」
「…………」
「第一現場からの移動は人目を避けて、一つ上か下まで非常階段か、車の自走坂路を使って、エレベータまで移動したんだろう?
まあ私ならそうするだろうな。車の音に注意さえすれば、自走路は割と安全な移動手段だ」
「…………」
「殺人犯は第一の殺人を行った後で、逃走用のレンタカーを停めた高層階へエレベータで移動した。
移動の途中犯人は、現場に何か落としたことに気が付いた。
それは多分、駐車場に入る時に取った磁気カードだろう。北島さんの持ち物で、唯一見当たらなかったのが、持っていた筈の磁気カードだからだ。
現場に犯人が落とした磁気カードは、吹き抜けの風で駐車場ビルから外に飛ばされたようだ。それは私が近くの植え込みで発見した。残念ながらそのカードには指紋は無かった」
虹川は魅入られた様に、話し続ける坂牧の口許を見詰める。
「犯人はどういう訳か、桜木殺しの現場を五階だと勘違いしていたようだ。
現場に戻ると、支柱の影に隠した筈の桜木の死体が無くなっていることに気が付き、犯人は落ち着きを失った。
駐車場を出る時にスムーズに出たいと考えた犯人は、その近くに停めてあった車がロックされてないことに気が付いた。
車のサンバイザーを見ると、思ったとおり磁気カードが挟まっている。
犯人は手袋をしていたからそのままドアを開け、カードを抜き取った。そこに折り悪く北島さんが車に戻って来た」
虹川は数回瞬きを繰り返した。
「北島さんはその男を車上荒らしと勘違いして、犯人の肩を掴み、お前何やってるんだと怒鳴った。
犯人は、同じ型の車だから間違えたと云うような言い訳をした。北島さんはそれを信じなかった。
そこで押し問答が数分続いた末、犯人は細長いナイフで北島さんを刺した。
それは桜木を刺したのと同じ凶器で、返り血は殆ど無かった筈だ。
その時犯人は、遠くのエレベータに乗り込む人を見た。
目撃されたと知った犯人は、二階から自走坂路を使って一気に上層階まで移動した。
走り続けても中々最上階に着かない。気が遠くなる程長い道だっただろう……」
虹川は両手で耳を塞いでいた。
「犯人はその磁気カードを使って駐車場を出た。
回収された磁気カードを指紋照合したところ、北島さんに一致するカードが一枚見つかったよ。危うく捨てられてしまうところだったがな」
「なあ虹川まだ話す気にならないか?」
「…………」
「じゃあ続けるか。
あの駐車場は、隣の山陽ビルディングと地下で繋がっている。
お前さんはあの夜、ビルで用事を済ませた桜木が、地下通路を使って戻って来るのを待っていた。
恐らく帽子とサングラスのようなもので顔を隠していた筈だ。
桜木は予定通り地下通路を使って戻って来た。
あそこにはエレベータが二つあるが、右の基が地下二階に降りて来たので桜木はそれに乗った。お前さんもそれに続いた。お前さんは視線が合わないように、エレベータ奥の鏡に向かって桜木に背を向けていた。
緊張していたお前さんは、エレベータの登る速度が遅く感じた筈だ。
ちーんと鳴ってエレベータは止まった。
桜木が降りると、何食わぬ様子でお前さんはゆっくりと尾行した。エレベータから少し離れた所に桜木は駐車していた。
桜木がキーを突っ込んだ所でお前さんは声を掛け、振り向いた所で胸を一刺しにした。
そのナイフをポケットから取り出す時、同じポケットに入れていた磁気カードが、一緒に飛び出したことにお前さんは気付かなかった」
「…………」
「お前さんは桜木の生死を確認し、支柱の影に死体を隠してから、一つ上の階へ自走路を通って移動し、多分最上階の十一階までエレベータを使って移動した。
お前さんはエレベータの上りボタンを押した後、人が来ないかと注意を払っていたから、最後までそのフロアが二階であることに気が付かなかった。
そこへ左側のエレベータが上がって来た。人が乗っていたので、先ほどと同じ様に、お前さんは奥を向いて同乗客に背を向けていた。
そしてそのエレベータには鏡が無かった」
「…………」
「先客は恐らく八階か九階辺りで降りたのだろう。お前さんは屋上十一階で降り掛けて、磁気カードの紛失に気が付いた。同じエレベータでお前さんは急いで五階に戻った。
桜木の死体は見つからず、ロックされてない車から磁気カードを抜き取った所で、北島さんに見つかった」
「…………」
「なあ虹川、お前さんは、第一現場から別のフロアのエレベータを利用する時、下に向かえば良かったのにな」
「どうしてだ?」
だんまりを決め込んでいた筈の虹川は、思わず訊いた。
「おう、喋ったな」坂牧が笑う。
「どうしてだ?」虹川は同じ言葉を繰り返した。
「下に行けば、一階だったからな。二階以上のフロアとは全く違う設計だから、直ぐ一階だとわかった筈だ」
「なるほど」虹川は両手で顔を覆って、そのままうなだれた。
「虹川 私はな何度かあそこへ行って、右のエレベータだけに鏡が付いていることを知ったし、そこに映る電光管表示の数字が、二階の時には5に見えることを発見した。
ちなみに五階の時は、鏡の数字は2だったぞ。お前さんそれを知っていたか?」
虹川は呆然と顔を上げた。
「どうだ虹川、もういいだろ。お前さんの口から全て話してくれないか」
坂牧は席を立ち、虹川の横に回りこんで、その肩にそっと手を置いた。
虹川はのろのろと、顔を坂牧に向けた。
「わかったよ、坂牧さん。あんたの言う通りだ。
俺は自分の間抜けさ加減に腹が立ってしょうがなかった。だからそのことを思い出すことさえ嫌だったんだ…………」
そこから
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