第42話 現場検証の亀さん
第42話 現場検証の亀さん
亀山はトランシーバーで、上の男達に語り掛けた。
「九階の鈴木! 聞こえるか?」
「聞こえます!」屋上階の男が、トランシーバーを振って見せた。
「もう少し左手側に寄ってくれ。そうだ、そこからチョークを一本落としてみてくれ」
鈴木は指示通り動いた。無風の空間を、チョークは真っ直ぐに落下して、二つの人型の真ん中に転がった。
あの事故当時も、気象データによるとほぼ無風だったのだ。
「そう、そこで良いぞ! そこにロープを少し垂らしてくれ。それで良い! そこを中心に、両側二メートルずつの所にチョークしておいてくれ」
亀山が指示したチョークの範囲は、約四メートルだった。
「チョークしました」ノイジーな声が返って来た。
「その範囲の防護柵を良く調べてくれ。そこには衣服の繊維が付着している可能性がある。見つかったら床の方も頼む」
「わかりました!」
ノイズの掛かった声が聞こえると同時に、屋上の男は奥の方へと引っ込んだ。
二人のやり取りを聞いていた七階の男が、自分の番だと言う様に、チョークを持った右手を振っている。
「七階は吉原君か?」亀山が、再びトランシーバーで呼び掛ける。
「よしはらです!」
屋上から垂らされたロープを目印にして、亀山が指示を出す。
「左手に五十センチほど寄ってくれ! そうそこだ、そこを中心に両側二メートルの所にチョークしてくれ」
「はい、この範囲の防護柵を入念にチェックします。衣服繊維が見つかれば床の頭髪を回収します」
ノイズ混じりの声で、吉原がそう答えた。
「よろしく頼む!」
思わず苦笑してから、亀山がそう声を掛けると、七階の男も奥へと引っ込んだ。
亀山は白手袋を嵌めながら、周囲の四名を見回した。
「高滝と並木君は、ここから向こう側の地面と、植え込みの中に何か落ちてないか見てくれ」
高滝と、鑑識の並木が作業に入るのを見届けて、亀山は小湊にも声を掛けた。
「俺達はこっち側だ。その先は夷隅君に頼む」
夷隅は即座に作業に入った。
小湊は亀山の耳元に口を寄せる。
「何が出て来ると考えてるんだい?」
「そんなこと俺が知るか?」亀山は小声で答えた。
「何か確信があるように聞こえたがなぁ」
「どんなものかはわからんが、多分何か出て来るさ」
「亀さん、俺もそんな気がしてきたよ」
小湊は、思い切りつまらなそうな顔でそう言ったが、その分だけ相当に楽しんでいるようだ。
「どうだ、何か見つかったか?」
暫く作業が進んだのを見届けて、亀山が夷隅に声を掛けた。
「空き缶とか、紙くずみたいなものしか出てきませんよ。後はネコのウンコが幾つかありました」
うんざりした顔で夷隅が答えると、亀山が珍しくジョークを飛ばす。
「見つけた時は、クソ! と思っただろ?」
「思いましたね」夷隅は楽しそうに答えた。
亀山は、白手袋の手の平を見せて、隣の小湊に呼び掛けた。
「俺はこれを見つけたよ。どうだろコミさん、これ本物かな?」
「ちょっと見せてくれ」と言って、小湊は慎重にそのリングを指先に摘んだ。そして、それを空に透かせて見る。
小湊は呟いた。
「ああ、これはルビーのレプリカだな。石はただの水晶だ」
亀山は、ふうんと言ってから小湊を見詰めた。
「石がレプリカなら、リングが十八金製だとしても、大したもんじゃないな」
「リングの加工は、かなり精密にできているようだから、割と高価な物かもしれないな」答えながら小湊は、そのリングをそっと亀山に返した。
亀山はそれをビニール袋に保存した。
「コミさんは何か見つけたか?」
「俺は、ネコのクソを見つけた後は、やる気をなくした」
「収穫はこのリングだけか。どうやら指紋は残ってない様だが」
「亀さん、そのリングは誰のものだろう?」
「さあな……貝原か竜野のどちらかが、かなり大切にしていたものだと思いたいね」亀山は眉を寄せ、眉間にシワを作って答えた。
「確信があるんだろう、亀さん」小湊が亀山の肘を小突く。
「コミさんと俺は違うさ。俺は直感には頼らない」
「いいや、俺と亀さんは似ている所があると思うよ」
「天才デカ小湊と似ていたら、俺にはありがたい話だけどな」
亀山は、そううそぶきながら、外の三人の作業を見やった。
「現場検証の亀さん、落しの亀さん、亀さんの方がよっぽど呼び名が多いぜ」小湊は、白手袋を外しながらそう言った。
「ふふん。そろそろ上に戻ろうか。何か成果があると良いがな」
亀山は、小湊にそう答えた後で、外の三人に対して作業終了を指示した。
その三人にも、これといった収穫は無かったようだ。
非常口に戻る途中、小湊は先頭の亀山に小声を掛けた。
「俺にもわかってきたぜ、亀さん。恐らく九階の方で材料が出ている筈だ」
「俺も七階よりは、九階に期待してる」前を見たままで亀山は答えた。
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