第30話 町村の聴取 その4
第30話 町村の聴取 その4
その町村を小湊は不思議そうに見る。
「当然でしょうな。この本はいつ頃発行されたのですか?」
「今年の七月二十日が初版で、当社では最初に店頭に並ぶ日を初版発効日としています」
「その原稿は、いつ頃持ち込まれたものですか?」
「確か六月末です」
「そんなに短い期間で、原稿を本にして書店に並べる所までできるのですか?」
「原稿はワープロテキストをそのまま印刷所に持ち込み、電子写植の技術を使いますので、誤字脱字は基本的にはありません。
文字の校正作業が無い分だけ早くなります」
「なるほど」
「入稿が六月末であれば、貝原さんが盗作していたことになりますかな?」
単純にそう考えた訳ではないが、小湊はそういう訊き方をしてみた。
「それだけでは証明できません。古くからアイデアを温めていたと貝原先生も主張しました」
「なるほど。しかしながら、そんな主張が通るなら、盗作問題は解決しませんな」
「難しい問題です。ただ誰々が怪しいと云う、感触が残るだけのことも多いのです。今回も実はそうでした。まだ盗作問題は決着は付いておりません」
「ふうむ。そういう利害関係が、貝原さんと竜野さんの間にあったとなると、やはりあの現場に、どちらかが一方を呼び出して、その結果トラブルになったと考えるのが自然かも知れませんね。
しかも、十二月二十日には最終選考作品が決定し、その作品は、行く行くは本になり書店に並ぶ……こういうことになりますな」
珍しく小湊は、事件の解釈をして見せた。
町村は同意した。
「そうですね」
「そうなると、貝原さんから見れば、その前に決着を付けなければならない。
あ そうだ。竜野さんの作品が、その会議で行われた中間投票で第一位になったということは、他の委員の方は、貝原氏の方が怪しいという感触を持ったのですね」
事件の解釈の続きを終わらせ、小湊はそう確認した。
「そういう感じでした」
「もう一つ、わからないことがあるのですがね」
「何ですか?」
町村は小湊の無表情な質問に、やや緊張を覚えた。
「貝原さんは第二次選考の時には、八月末の第三回の最終合同会議で、竜野作品にクレームを付けました。
最終選考では十一月二五日の第二回会議で、盗作疑惑を突き付けられた。そうですよね?」
「その通りです」
「貝原さんは六月末に新作を入稿し、それが本になったのは七月二十日…… やはり変ですな」
小湊はニヒルに眉を寄せて呟いた。
隣席の夷隅巡査部長の目がきらりと輝く。夷隅はメモを取る手を止めた。
「はあ……」町村は口を半開きにして、続く言葉を待つ。
「第二次選考では、何故もっと早くクレームを付けなかったのでしょうか?」
町村は、ややほっとした表情を見せた。
「貝原先生は都合で、一回目と二回目の合同会議を欠席していますから、クレームは付けられないでしょうね」
「なるほど。しかし会議を欠席していても、選考委員は候補作品を読むのでしょう? 候補作は僅か十個なのですから」
「いや、人気作家の方は皆様忙しいものですから、全部を最後まで読む委員ばかりではないのですよ」
「貝原さんは全部は読まない委員と云う事ですか?」
「あの人は面倒臭がりですから、全部は読まないでしょうね」
「でもクレームを付けたという事は、少なくとも竜野作品は読んだのでしょう?」
「恐らく、『雄三』と云う第三章を読んでかっとなり、その後は読まなかったのではないかと思います」
「なるほど、第二次選考の時は、貝原氏はそこまでしか読まなかったのかも知れないですね」
小湊が同意を与えると、町村は力強く頷いた。夷隅は人知れず緊張を解いた。
「そう思います」
「しかし、そうなると、六月末に入稿した新作のトリックは、貝原氏が主張するように温めていたオリジナルの可能性もある」
小湊は呟くように言った。
町村は思案する。
「……そうですね。そういう可能性はありますね」
「竜野作品の審議が行われた時に、そのトリックについて講評などは無かったのですか?」
「第二次選考では、第二回合同会議で竜野作品が取り上げられ、トリックについても講評されています」
「その会議には貝原さんは欠席していたという訳ですね。会議の議事録は、欠席委員には配布されないのですか?」
「勿論議事録は貝原先生にも配布しましたが、その議事録自体が、誰々の何々という作品について討議した。誰委員と誰編集者がそれを支持したとかしなかったとか、そんな簡単な内容になっているものですから……詳細は伝わらないでしょうね」
「ふむ、なるほど」
小湊は目を閉じ、やや考え込んだ。そして次の質問をした。
「最終選考では、竜野作品の講評はどうなりましたか?」
「第一回目で講評されました。その会議も貝原先生は欠席しております」
「貝原さんも不運ですな。それらに出席していれば、対応も少し変わっていただろうに」
小湊はちらりと夷隅を見やった。
夷隅は目を合わせた後、下を向いた。
(小湊さん苦戦しているな……)夷隅はそんな感想を持った。
町村は例の掠れ声で、小湊に同意して見せた。
「ああ、そういうことも言えるかも知れませんね」
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