第32話 各担当編集者の聴取
第32話 各担当編集者の聴取
小湊は町村の表情の変化をじっくりと観察する。
「親友なんでしょう?」
「そうですが、彼にはこれから、チャンスは幾らでもあると思いましたから」
「所が竜野作品は二次を通過した。どうしようと思いました?」
「まずいとは思いましたが、私は、上杉直哉の『銃声と流星』が最終選考されると考えました。彼の作品は素晴らしいものです」
小湊はふうむとうなってから口を開く。
「なるほど、先ほど伺った中間投票第二位の作品で、竜野さんの代わりに、クリスマス賞を取る可能性が最も高い方ですね」
「その通りです。私は上杉君の作品の方が、残念ながら竜野の作品を凌駕していると思います」
「でも他の委員達は、そう思わなかったようですね」
「そうですね」
「巽氏が、貝原氏の新作を読まなければ、盗作問題は発生しなかったとお考えですか?」
その質問に答える前に、町村は暫し俯いて考え込む。そして顔を上げた。
「巽先生が気が付かず、竜野以外の作品が選考されることになれば、問題は無かったでしょう」
「後になって、委員の中の誰かがそれに気付くとは考えませんでしたか?」
「後で気付いたとしても、本にはならないのですから、やがてうやむやになるでしょう。
後は竜野が気付いて訴えるようなことでもなければ、全く問題にはならないですね」
「その可能性は考えなかったのですか?」
「私なら、竜野を説得できると思いました」
町村はきっぱりとそう答えた。
「なるほど、良くわかりました。最後に委員全員の連絡先を教えてください。まだこの時点では、彼らに警察の事情聴取がありそうだとは伝えないで下さい」
「わかりました」
事情聴取が終わり、町村はふっと肩の力を抜いた。
町村の様子を眺めながら、小湊は一つ要求を出した。
「あ それから選考会議の議事録の写しを、二次と三次と全部いただきたいですな」
「はい、それは後で送付しましょう」
「最後の最後に、一つ訊いておきましょうか?」
小湊は抑揚の無い声を使って、事務的な調子で言った。
席を立とうとしていた町村はそのままで固まった。
「何でしょうか?」
「町村さんは、貝原さんと竜野さんの、どちらがトリックを盗作したとお考えでしょうか?」
「竜野が盗作したとは考えておりません」町村は即答した。
「では、貝原さんが盗作したと思う訳ですね」
「それはわかりません」
「トリックの類似は、偶然だとお考えですか?」
「それも無いとは言えません」
「慎重ですね」小湊が含み笑いする。
沈黙した町村に対し、小湊は頭を下げ、ありがとうございましたと言った。
町村は一礼して応接室を出て行きかけたが、思い直したように振り返った。
「この後はどうします?」
「どうしますとは?」
「各委員担当の編集者の内、何人かは社内に居ると思いますが、ここに呼びましょうか?」
「そうですね。もしよろしければ、もっと広い場所をお借りして、今居る編集者の方を集めて、ご一緒に事情聴取できるとありがたいのですが」
「まだ昼前だから、全員居るかも知れません。午前中はできるだけ社内に残るようにしておりますので。
一番上の階の小会議室が開いていれば、そこに集めます。少々お待ち下さい」
「色々ご迷惑をお掛けしますが、どうぞよろしく」
「どういたしまして」
町村は改めて一礼し、応接室を出て行った。
夷隅は小湊に「町村は、この事件に深く咬んでいるようですね」と囁いた。
残りの四名の編集者達が小会議室に集められ、マホガニー製の楕円形テーブルを取り囲むようにして席に着いていた。
広い窓からは、町並みが遠くまで見える。
「昨日亡くなられたお二人、即ち貝原洋さんと竜野信也さんは、どうやらクリスマス賞の候補者と選考委員と云う関係の他に、直接的な利害関係があるようです。
まだあれが事故なのか刑事事件なのかはわかりませんが、何かご存知のことがあれば、隠さずにお話下さい。
他の人の前で話したくないことがあれば、当方の連絡先を教えておきますので、そちらの方へお願いします」
二人の刑事は、四名に対し、名刺を一枚ずつ手渡した。
「それでは先ず全員に同じ質問をいたします。
役所信也こと、竜野信也氏の候補作品を全編読まれた方はいらっしゃいますか」
全員がすっと手を挙げた。
「次に、貝原洋氏の最新作『トゥワイライトの悲劇』を全編読まれた方はいらっしゃいますか?」
誰からも手は挙がらない。
楕円形テーブルを取り囲む形で、席に着いていた四名の編集者は、お互いの顔を見る。
今野広子が、高橋良太の顔をじっと見ている。
高橋が渋々手を挙げた。
小湊は二人の顔を見比べながらにやりとした。
「高橋良太さんは、黒木アユさん担当の編集者ですね?」
「はい」
「トゥワイライトは全部読みましたか?」
「ええ」
「それを読んだ後、何か気づきましたか?」
「ええ」
「おっしゃって下さい」
「殺人のトリックが、役所信也の『欲望の罠』とほぼ同一でした」
他の三名からどよめきが起きた。
今の今までその事実は、三人とも知らなかったようだ。
「何故、手を挙げることを躊躇されたのですか?」
「いや、別に」
「そうですか、まあいいでしょう。印象で結構ですが、どちらかが盗作したと思いますか?」
「そうですね、あれは偶然の一致とは思えませんね」
「役所信也氏が盗作したと思いますか?」
「いいえ、彼を全然知らないのでわかりません」
「貝原氏が盗作したと思いますか?」
「いいえ、わかりません」
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