第13話 プロレスラーの矜持
「さーて、約束じゃ。ディック・パイソンと勝負する者を出してもらおうかの」
「俺だ! 俺が二戦目もやる!」
すぐにカズマは自ら名乗り出てきた。このままでは引っ込みがつかない、と考えているのだろう。
ストリートギャングのチームを率いるリーダーでもあるから、仲間達に強さを示す必要もある。まさかの、一見ただセクシーなだけにしか見えないバニーガールに負けっぱなしではいられない。
だから、せめてディック・パイソンを叩きのめして、威厳を回復させようとしているのだ。
そう相手の感情を読んだイズナは、チョイチョイ、と指先でディック・パイソンのことを招いた。
「耳を貸すのじゃ」
「お? おう……」
今日に至るまでの敗戦のせいか、すっかり自信なさげな表情を浮かべているディック・パイソンだが、イズナに耳打ちされている内に、徐々に顔に生気を取り戻していった。
「マジで、そう思うのか?」
「間違いない。これで、お主は勝てる」
「だが、もしも失敗したら……」
「大丈夫。自分を信じるのじゃ」
ニコッ、とイズナは笑い、ディック・パイソンの背中をバシッ! と叩いた。
「ほれ、行ってくるのじゃ!」
ディック・パイソンは、カズマと対峙した。
双方共に顔面を近付けて、一触即発の雰囲気で睨み合う。
これもまた、イズナからのアドバイスだった。
『よくボクシングの試合などで、ガンのつけ合いがあるじゃろ。あれをやるといい』
要は、相手に気勢で呑まれてしまっては、勝負にならないから、まずは気持ちで負けていないことを示す必要がある。
幸い、カズマは一敗して、落ち目になっている。それに対して、ディック・パイソンは最初からどん底だ。全てを失うか、勝利を得て這い上がるか、二つに一つである。そこで、絶対に勝つ、という気合さえ持てば、気持ちの面ではカズマに勝つことが出来る。
「勝利条件は?」
カズマは目を逸らさずに、睨み合いながら、尋ねてきた。
「時間は無制限、体力を削りきったほうの勝ちだ」
ディック・パイソンも大きな目をギョロリと剥きながら、ドスのきいた声で言い放つ。
「いいぜ。その条件で行こう。次に報酬だが、俺が勝ったら、100WPもらうぜ」
「断る」
「なんだと」
「俺の残WPは1だ。100もやれん」
「はあ⁉ そんなんで、勝負しようっていうのか⁉ ふざけんな!」
カズマは裏返った声で文句を言ったが、すぐに、グッと押し黙ってしまった。
いまさら勝負を中止にすることは出来ない。イズナに敗北したから、約束通り、ディック・パイソンと戦う必要がある。
「じゃあ、そのなけなしのWPをもらうぜ。で、お前はどうすんだ?」
「俺が勝ったら、100WPもらおう」
「おいこら! 割に合わねーだろうが! 1に対して100とか、正気か⁉」
「なるほど。つまり、負けるのが怖いんだな」
ディック・パイソンはそこで、挑発的な笑みを浮かべた。
これもまた、イズナからのアドバイス。
『WPが1のお主とでは、一度、交渉が難航するじゃろう。が、そこで引いてはならぬ。むしろ相手のプライドを刺激するように、上手く挑発の言葉をぶつけるのじゃ。プロレスラーのお主なら、そういったトークは得意じゃろ?』
案の定、カズマは挑発に引っかかり、怒りを露わにした。
「ざけんな! 俺は負けねー!」
「だったら、WP100ごときでゴチャゴチャ抜かすな」
「いいぜ、賭けてやるよ! お前が勝ったら、俺のWPを100くれてやる!」
両者はそこで間合いを切り、お互いにファイティングポーズを取った。
さっそく試合開始である。
『レディ、ファイッ!』
合図とともに、カズマは鎖を飛ばしてきた。ディック・パイソンの両腕に鎖が絡みつき、早くも身動きを封じてくる。
「オラァァ!」
棒立ちになっているディック・パイソンに向かって、カズマは飛び蹴りを放った。その蹴りは顔面に命中し、ディック・パイソンの体力ゲージが少し減る。
直後、ディック・パイソンは、カズマが着地した瞬間を狙って、その体を捕まえた。
「うおおお⁉ 離せえ!」
「お断りだッ!」
グンッ、とカズマの体を上下逆さまにした後、ディック・パイソンは宙に飛び、相手の体をホールドしたまま、頭から地面へと叩きつけた。
必殺の投げ技、パイルドライバーだ。
カズマの体力ゲージが、一気に20%近く減る。
「てめえ……!」
体勢を立て直したカズマは、再び鎖を飛ばしてきた。今度は拘束ではなく、相手に直にダメージを与えるための鎖攻撃である。
鞭で打たれるように、ディック・パイソンの巨体に鎖がビシッ、バシッと当たる。それに伴い、少々、体力ゲージが減らされる。
だが、ダメージを喰らっても、構わずにディック・パイソンはズンズンと歩いて距離を詰めてくる。
そして、間合いに入った途端、再びカズマの体を捕まえた。
今度はジャーマンスープレックスを放つ。豪快にカズマの体を持ち上げたディック・パイソンは、後方へと倒れ込みながら、相手の体を地面へと叩きつけた。
カズマの体力ゲージは、さらに20%ほど減った。
「よしよし、上々じゃの」
「嘘でしょ⁉ あの崖っぷちのディック・パイソンが、あんなに強いなんて⁉」
「あやつは強い。それはわかりきっていることじゃ」
「でも、どうして急に? レイカっち、何をアドバイスしたの?」
「色々と細かく言ったのじゃが、一番のポイントは、『プロレスラーであることを思い出せ』じゃったな」
「は……?」
イズナは、ディック・パイソンと一戦交えたことで、なぜ彼が連敗続きだったのか、その理由がよくわかっていた。
大柄な肉体と、長いリーチの手足、そして打たれ強さ。プロレスラーならではのアドバンテージを、ディック・パイソンは全然活かせていなかった。
多少の攻撃を喰らうことは、最初から織り込み済みで戦えばいい。プロレスラーとは、攻撃を受けてなんぼの戦士である。受けて、受けて、真っ向から受けて、そして一気に大技を決める。他のファイターだと、なるべく攻撃を受けないようにする必要があるが、プロレスラーは別だ。わざと相手の攻撃を喰らうことが許される。
だから、現実世界で丸舘速雄として戦っている時のことを思い出して、真っ向からぶつかっていけば、きっと勝てるとイズナは踏んでいたのである。
そして、思惑通りに、勝負は運んでいる。
「な、舐めやがって……!」
カズマの体力ゲージは、残り10%近く、赤く点滅している。
「こうなったら、行くぞ! 超必殺技だあああ!」
ジャラランッ! と一斉に鎖を四本飛ばし、ディック・パイソンの体に絡みつかせた後、鎖を思いきり引っ張って、相手の巨体を宙に浮かせた。
そうして空中に浮いているディック・パイソンの頭目がけて、カズマは跳躍すると、回転蹴り――ローリングソバットを叩き込んだ。
「ライジング・ドラゴンンン!」
体力ゲージが赤く点滅している時にだけ出せる超必殺技。追い詰められた時の奥の手だけあって、ヒットした時のダメージ量は半端ない。
ディック・パイソンの体力ゲージは一気に残り20%ほどに減り、こちらもまた赤く点滅し始めた。
――が、
「間合いに入ってきたな」
「!」
超必殺技を喰らった直後でありながら、ディック・パイソンはニヤリと笑い、空中でカズマの体を掴んだ。
「これでフィニッシュだーーー!」
「うおおおおお⁉」
落下しながら、相手の体を地面へと叩きつける大技、パワーボム。
ドゴオオオン! と豪快の音ともに、地面がひび割れた。
『KO!』
カンカンカーン! とゴングの音が鳴り、後には、片腕を突き上げての勝利のポーズを決めるディック・パイソンと、呆然とした表情で地面に横たわるカズマの姿が残されていた。
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