第15話 汚れた忍びの里
モールの中にある喫茶店ヨネダ珈琲に入った後、イズナはクリームソーダを、ヘキカはアイスコーヒーを頼んだ。
「うむ、美味い。やはりカフェと言えば、クリームソーダじゃのう」
「え、うそ。美味しいとか、美味しくないとか、あるんですか?」
「わしは、な。お主は感じんじゃろうが」
イズナの発言に目を丸くしていたヘキカだったが、やがて、その目は険しい感じに細められた。
「お兄様はいつも喫茶店ではクリームソーダを頼んでいました。やっぱり、そのアバターを動かしているのは、お兄様ですね」
「質問に答える前に、まずはお主のことから教えてもらおうかの」
ちゅう、とストローでクリームソーダを一口飲んでから、イズナは試すような眼差しで、ヘキカのことを見つめた。
「この世界に何用で入ってきたのじゃ?」
「私は、ただ、普通のプレイヤーです。このゲームが好きだから遊んでいるだけ」
「つまり、誰かを追って入ってきたわけではない、と」
「……そんなことを聞くということは、やっぱり、あなたはお兄様ですね」
もう、ここまで来たら隠す必要も無い。すでにバレバレである。
だけど、何から説明すればいいのか。
「察しの通り、わしは霧嶋イズナじゃ」
「お兄様……! 生きていたんですね!」
「いや、死んだ」
「?」
「いまから話すことは、なかなか信じがたいことじゃろうが――」
里の追手に囲まれて、一度は命を落としたが、このゲーム世界に転生したこと、そして気が付けばこのバニーガールのアバターになっていたこと、等を説明した。
ヘキカはポカーンとしている。
「て、転生……⁉」
「物語の世界でしかない事象じゃと思っておったが、まさか、こうして実際に起こるとは思わなかった」
「そんなことって……⁉ でも、そうだ、お兄様は確かに死んだはず……じゃあ、本当の話⁉」
そこから先の言葉は出てこないようで、しばらく、ヘキカは何も言えずにいた。
「てっきり、わしは、お主がわしの転生に気が付いて、追いかけてきたのかと思っておった」
「違います! 確かに、私もお兄様のことを追っていましたけど、でも、それは里の命令だから仕方なくやっていたんです! このゲームの中でお兄様を見つけたのは、たまたまでした」
「あのマグニとの一戦は、そんなに目立っておったのか」
「動画配信サイトとかでも、切り抜き動画がアップされているくらいですから。だって、チャンピオンを一撃で倒したんですよ。注目されないわけがないです」
ふむ、とイズナは考え込む。
岩永の里の情報網は広範囲にわたる。サイバー専門の忍者部隊がおり、それこそ、ウェブ上の些細な書き込みでも見逃さない。
マグニを倒したことが、そこまでトレンドになっているのであれば、きっとイズナの存在を捕捉していることだろう。もうすでに刺客を放っているかもしれない。
「お兄様、ひとつ教えてください」
「なんじゃ」
「私、いまだによくわかっていないんです。お兄様がなぜ里を抜けたのか。そして、なぜ
「それを聞けば、もう後戻りは出来ぬぞ」
出来ることなら、この純粋な妹分を巻き込みたくない。
そう、イズナは願っていたが、しかし、ヘキカとしてはこのままでは収まりがつかないようだった。
「教えてください。どうしても知りたいんです」
イズナはため息をついた。どうやら、話さなければならないようだ。
「岩永の里は、代々、請け負う仕事に関しては一定のルールを設けておった。それは、汚れ仕事は絶対にしない、ということ。すなわち、犯罪行為には手を染めない、ということじゃ」
「ええ、そうです。いまでもしっかり守っています」
「違うのじゃよ」
「え……?」
「いまの長は、年々細ってゆく里の財政を憂い、ついに決断を下したのじゃ。要人暗殺、麻薬の売買、兵器の輸送……政府や裏社会と手を組み、あらゆる汚い仕事を、一手に引き受けるようになった」
「そ、そんな話、聞いたことがないです!」
「まだ、お主の耳には入らなかったのじゃろうな。しかし、時間の問題じゃと思う。そのうち、お主も何かしら仕事を割り当てられることになるじゃろう」
愕然とした表情を浮かべるヘキカ。
いまさらながら、このゲームはよく出来ているな、とイズナは感心した。
ちゃんとアバターは、プレイヤーの感情に合わせて、表情を変化させる。どういう仕組みになっているのかわからないが、最先端の技術を使っているのに違いない。
「そのことは、雷蔵様には訴えたのですか?」
「雷蔵? なぜじゃ」
「お兄様と雷蔵様は、親友同士ではないですか。しかも、雷蔵様は次期当主を狙って精力的に活動されている方です。その雷蔵様に訴え出れば、あるいは――」
「それは大きな勘違いじゃ。雷蔵はそんな立派な人間ではない」
イズナは吐き捨てるように言った。
「あやつは、里が汚れ仕事を請け負うことに、賛成の立場じゃ。わしとは相容れぬ」
「雷蔵様も里の命令には逆らえないのかもしれません。話せば、きっと」
「わしを罠にはめて、自分の手は汚さず、大勢の忍者に襲わせて、わしの命を奪った。そんな奴に、話が通じると思うか?」
「ら、雷蔵様が、そんなことを……⁉」
ショックを受けているヘキカのことを見ながら、イズナは、自分の最期の瞬間のことを思い返していた。
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