第14話 忍びの里からの追手

「うおおお! 勝ったぞ! 勝った! 勝ったーーー!」


 歓喜の声を上げるディック・パイソン。


 それに対して、ナインヘッズ・ドラゴンの面々は、呆然として動けずにいる。まさかのリーダーの二連敗を受けて、どんな反応をすればいいのかわからなくなっている様子だ。


「わしが言ったとおりじゃろ。お主は強い」

「ははは、信じられない! 久々の勝利だあ!」


 思わずイズナに抱きつこうとしたディック・パイソンだったが、イズナはその腕をヒラリとかわした。さすがに、むさ苦しいマッチョの男に抱きつかれたくはない。


「俺が……負けた……」


 カズマはなかなかショックから立ち直れずにいるようだ。


 慰めの言葉をかけるべきかどうか、イズナは迷っていたが、ここは何も言わないことにした。たぶん、カズマの性格的に、そんなことをされたら、ますます落ち込むに違いない。


「さて、次は、なんじゃったかな。お主のコスメを買いに行くんじゃったかな」

「そーそー! さすがレイカっち、よく憶えててくれたね!」

「店はどこにあるのかのう。案内してくれぬか」

「オッケー! 行こ、行こ!」


 サーヤは喜びながら、イズナの手を引き、連れていく。そんな二人のことを、とりあえずディック・パイソンも追いかける。進行方向にはナインヘッズ・ドラゴンがいたが、彼らは何も言わずに、自然と道を開けた。


 悠々と歩き去っていく三人の後ろ姿を見ながら、カズマは悔しそうにガンッと地面を殴るのであった。


 ※ ※ ※


 コスメショップは、山天の中心街にある。


 谷間に沿って並んでいるビル群の中に、場違いなほどモダンなデザインの、横長の建物が現れた。ショッピングモールだ。


 モールの中に入ったサーヤは、館内図を頼りに進んでいき、とうとうお目当てのコスメショップに辿り着いた。


「しかし、ここで買っても、現実世界で使えるわけではないのじゃろう?」

「あのねえ、そんなの当たり前でしょ。うちが欲しがってるのは、あくまでもアバター用。せっかくだから、アバターを着飾りたいじゃん」

「なるほど、そういうことなのじゃな」


 ギャル風のサーヤと、バニーガールの格好ではあるが同じ女性であるイズナは、コスメショップの中にいても違和感はない。


 だけど、ディック・パイソンは、明らかに浮いて見える。筋肉ムキムキのプロレスラーが、いったいこんな場所に何の用があるのかと、道行く人々がジロジロと眺めている。反応している人達は、同じプレイヤーなのだろう。一方で、無関心で素通りする人達もいる。こちらはNPCに違いない。


「賑やかで良いのう」


 なかなかこの世界での暮らしも悪くは無いかもしれない。


 もちろん、VRMMOの世界だから、企業がサービスを終了したら、自分の命もそれまでになる。あるいは何らかの形でゲームオーバーになった時か。


 そんなことを考えながら、モールの中を行き交う人々を見ていると、突然、ある人物に気が付き、イズナは目を見開いた。


「な……⁉ 馬鹿な……⁉」


 それは、ここには絶対に現れることのない人間。


 忍びの里の、追手の一人。


 イズナの後輩でもある、天才くノ一、雨菱あまびしヘキカ。


 里の忍び装束を着ており、ポニーテールに結った髪型も、知的に見える銀縁の眼鏡も、何もかも見間違えようがない。ヘキカだ。


 しかも、彼女は、まっすぐコスメショップに向かってくる。


 窓ガラス越しに目が合った。


 その瞬間、ヘキカはどこからともなく苦無を取り出し、イズナに向かって投げつけてきた。


 苦無は、窓ガラスを突き破って、イズナの顔面を貫かんとばかりに飛んでくる。


 イズナは素早く回避するのと同時に、苦無をキャッチした。


 その隙を突かんとばかりに、ヘキカは店内へと突入してくる。


「なんだなんだ⁉」

「レイカっち、大丈夫⁉」


 ディック・パイソンとサーヤが駆け寄ろうとしてきたが、イズナは片手をあげて、その動きを制止した。


 まだ、加勢が必要な段階ではない。


「あなたが、噂の、宝条院レイカですね」


(わしが霧嶋イズナであると認識して、襲ってきたわけではないのか)


 ここは迂闊に話さず、ヘキカが何を思って襲いかかってきたのか、その理由を聞き出すことに専念したほうが良さそうだ。


「わしに何か用か」

「その喋り方……! やっぱり、お兄様ですね!」

「違う。わしは宝条院レイカじゃ」

「それはアバターの名前です! 本当のことを言ってください! お兄様が操作しているんでしょう!」


 なるほど、さすがにイズナがこのゲーム世界に転生したとは思っていないようだ。レイカをどこかで操作している、と思っている様子である。


「なぜ、わしのことを疑っておるのじゃ?」

「無敗王マグニとの一戦、見させてもらいました。あの時使った必殺技、あれは螺旋蛇でした」

「なるほど。それで?」

「あの技を使いこなせるのは、里でも、お兄様か、雷蔵様だけ! となると、どう考えても、お兄様しかありえません」


 さて、どうやってごまかそうか、とイズナは考える。


 そもそもヘキカが、なぜこのゲーム世界に、現実世界と同様の姿で入り込んできているのか、そのことを知りたい気持ちもある。が、迂闊なことを問えば、自分がイズナであるとばれてしまう。


 いっそ、打ち明けてみようか、とも考えてみた。


 ヘキカは追手の一人ではあったが、イズナのことをかなり慕っていた。里の命令だから仕方なく追ってきてはいたのだろうが、実のところ、嫌々であったと思われる。


 素直に事情を説明したら、もしかしたら味方についてくれるかもしれない。


 と、考えているところに、限定通信が入ってきた。


 ナナだった。


『まさか、この子に対して、自分の正体を明かそうとか、そんなことを考えているんじゃないでしょうね』

『ダメかのう?』

『別にダメとは言わないけど、場所を考えて。ディック・パイソンも、韋駄天サーヤも聞いているじゃない。誰彼かまわず、正体を明かしていいわけじゃないでしょ』

『それもそうじゃ』


 よし、と決断したイズナは、


「二人きりで話をせんか? どこか喫茶店でも行こう」


 と、ヘキカのことをお茶に誘った。


「え……? べ、別に、構わないけど……」


 戸惑いながらも、ヘキカはイズナの提案を素直に受けた。


 二人とも、そのままモールの中を移動し始めた。


「なんなんだ……? あの二人……」

「お茶しに、行っちゃった……」


 後に残されたディック・パイソンとサーヤは、ポカンとした表情で、ただただ突っ立っていた。

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