最強の抜け忍、絶対回避のバニーガールにTS転生し、VRMMOの世界で壊れキャラとして君臨す

逢巳花堂

第1話 目が覚めたらバニーガールだった

 霧嶋イズナは一度死んだ。


 抜け忍である彼は、里の追手の猛襲に遭い、あえなく命を落としたはずだった。


 ところが、生きている。


 目を覚ませば、どこかの施設の通路内。やたらと天井が高く、通路だけでも広間になりそうなくらいの大きさを誇るが、いったい何のためにこのような構造をしているのかわからない。


 その巨大通路の壁際に、ズラリと並んで座っているのは、色とりどりのバニーガール達。ウサギの耳のカチューシャに、蝶ネクタイ、カフスの袖、網タイツ、そして露出度の高いレオタード。実に壮観なまでにセクシーだ。


 バニーガールの列の中に、イズナは混じっている。


「ど、どういうことじゃ⁉」


 思わず声を上げて、イズナは自分の体を見た。


 男であったはずの肉体はどこかへ消え失せ、代わりにグラマラスな女性の肢体が自分に備わっている。胸のサイズはFカップ、太ももはむっちりとしており、バニーガールの格好がよく似合っている。イズナのバニースーツは白色で、こんがり日焼けした肌と色の組み合わせ的には相性がいい。


 死んだ、と思ったら、なぜかバニーガールとなって復活していることに戸惑いを抱きつつ、イズナは自分の胸やお尻をペタペタと触った。


「やあね、どうしたの。急におかしなこと始めて」


 隣にいる赤いバニースーツの少女が、クスクスと笑いながら突っ込んできた。


「いや、わし、どうしてこんな格好に」

「記憶喪失なの? それに、その喋り方は何よ。急に老人みたいな話し方になって」

「これは老人言葉ではない、わしの地方の方言じゃ」

「ふうん。ま、いいけど、本当に大丈夫? 連日の仕事で、寝不足になってない?」

「大丈夫ではない。説明してくれ。ここはなんなのじゃ」

「まさか、ここがVRMMOの世界で、あなたはそのアバターである、っていうことまで、わからなくなってるの?」

「ふむ……VRMMO……たしかゲームのことじゃったな。わしはゲームの世界にいるのか」

「ちなみに、そのアバター、宝条院レイカを操っているのは、風宮かざみやさんのはずだけど……あなた、誰?」

「わしか、わしは――」


 そこで、イズナは口を閉ざした。


 忍びとしての勘が、いまここで、素直に自分の素性を明かすべきではない、と告げている。


「――わからぬ。名前も忘れてしまった」

「なによそれ」


 赤いバニースーツの少女は、不審そうに眉をひそめたが、ちょうどその時、イズナの前に黒服が立った。


「宝条院レイカ、出番だ」

「え? いや、出番って?」


 戸惑うイズナの目の前、空中に、突然、ホログラム状のデジタルウィンドウが開かれた。眼鏡をかけた女子の顔が表示され、左横には「限定通話」と書かれたボタンが表示されている。


『なんなのよ、あなたは!』

「知らん、気が付けばこうなっていたのじゃ」

『あーもう! 直接喋らないで! そこの限定通話ってボタンを押して。それで私達しか通話は出来ないから!』

『こうか?』

『なんなの⁉ ハッキング⁉ 人のこと強制ログアウトさせて、アバターを乗っ取って、何を企んでいるのよ!』

『わしが聞きたいくらいじゃ。死んだら、この体になっておった』

『え? どういうこと? どこかから操作しているんじゃないの?』

『操作とか、よくわからん。わしはわしじゃ。ただ、肉体がこのバニーガールになっておる、というだけで』

『まさか……そんな、嘘でしょ……現実にそんなことが起こるなんて……』

『何が起きているのじゃ?』

『転生よ! ほら、漫画とかアニメとかでよくあるじゃない、死んだら別世界に行くやつ。どういうわけか、あなたは、ゲームの世界に転生したわけ!』

『なるほど』

『なるほど、って、もうちょっと慌ててよ。冷静すぎない⁉』

『ふむ、慌てたい気持ちもあるが、それ以前に、目の前の黒服が苛立っておるのでな。わしはこれからどうすればいいのじゃ?』


 勝手に限定通話を始めたイズナに対して、黒服はかなり怒っている様子で、何度も呼びかけている。それを無視して、イズナは眼鏡の少女との会話を続ける。


『わかった。まずはこの場をなんとか安全に終わらせましょう。あなたはこのVRMMO内の闘技場で、ラウンドガールをやっているの』

『ラウンドガールとは、ボクシングの試合などで、なにやら広告とかを掲示しておる、あれか』

『そうよ。あれ。あなたの仕事は、リングの上で広告を表示することなの。やり方はあとで現場で説明するわ。とりあえず行ってきて!』

『了解じゃ』


 通話を切ったイズナは、まず最初に黒服に謝った。


「待たせてすまんのう。緊急の連絡が入っての」

「俺は待っていない。待っているのはチャンプだ。早く立て」


 言われるがままに、イズナは席を立った。


 そこから、黒服に導かれるままに、広大な通路をテクテクと歩いて行く。本来なら履き慣れていないハイヒールで苦戦するところだが、ゲームの世界だからか、特に困ることなく歩けている。


 やがて、通路の途中で、壁の高さ半分を埋めるほどの大きな扉が出てきたかと思うと、そこの前で黒服は立ち止まった。


「さあ、出番だ」


 黒服が扉の横のボタンを押すと、扉はゴゴゴゴゴと大きな音を立てて向こう側に開いていく。たちまち、大歓声が通路の中へと流れ込んできた。


 わけもわからぬまま、イズナは扉の向こうへと足を踏み出した。


 外へと出ると、さらに歓声は大きく聞こえてくる。


 コロシアム状の会場内は、中央にロープの張られたリングがあり、それを取り囲むように三段重ねの観客席が円形にグルリと連なっている。


 コロシアムには天井はなく、突き抜けるような青空が真上には広がっている。時々、ミャアミャアとウミネコが鳴きながら、コロシアムの上空を飛んでいくのが見える。


「マーグニ! マーグニ!」


 誰かの名を呼んでいるようで、会場内のほとんどの観客が、コールを連発している。


「ふはははははははは!」


 いきなり、イズナの背後から大音量の笑い声が聞こえてきた。


 振り返ると、いつの間にそこに立っていたのか、爆発せんばかりの筋肉を身にまとった、身長2メートルほどの大男が、腕組みして仁王立ちしている。


 目元を隠す仮面をつけており、全身を西洋甲冑のようなプロテクターで覆っている。風にあおられて、マントがバタバタと翻った。実に、威風堂々とした佇まいである。


「この無敗王マグニが見せてやろう、最強というものを!」


 天に向かって指を突きつけ、マグニは高らかに宣言した。


 たちまち、会場内は割れんばかりの大歓声で包まれた。


(これは大層な人気じゃのう)


 イズナは目を丸くしながらも、


『いま! 右のカフスボタンを押して! 広告がスクリーン表示されるから、それを掲げて、チャンピオンを先導して歩いて!』


 眼鏡の少女の通信を受けて、自分がいますべきことを思い出し、とりあえず右のカフスボタンを押してみた。ブウン、と音を立て、手元に広告のスクリーンが現れる。広告には「双天戯有限公司」と書かれている。


 その広告を頭上に掲げながら、リングに向かって歩を進めた。


 マグニもドシンドシンと地響きを立てながら、後ろを歩いてくる。


 二人揃ってリングに上がったところで、今度は反対側の扉が開かれた。


 挑戦者の入場だ。

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