第2話 伝説が始まる

『チャレンジャー入場だー! 韋駄天いだてんサーヤぁぁ!』


 アナウンスととも、反対側のゲートから現れたのは、肌の色がこんがり焼けた、元気活発な印象の、忍び装束を着た少女。黒色のバニースーツを着たラウンドガールに連れられて、リングのほうへ向かってくる。


 いわゆる「くノ一」というやつだ。


 大歓声が湧き起こる。マグニの登場時と比べると一段劣るが、それでも彼女のファンが数多くいることが窺える。


(ほう、ゲームはあまりやったことはないが、くノ一がキャラクターとして存在するのか)


 VRMMOの世界であるので、当然、あの韋駄天サーヤというアバターもまた、誰かが操作しているのだろう。


 黒ギャル、というやつだろうか。サーヤはおよそくノ一らしからぬ派手な色合いのセクシーな忍び装束を着ており、ほうぼうにウィンクや投げキスを飛ばしたりしている。


「さー、今日こそ、うちが勝つからね!」


 リングに上がったサーヤは、係の者からマイクを受け取るやいなや、マグニに指を突きつけて宣言した。


「ふん、笑止! 我に勝てる者など、もはやこの世に存在せぬわ!」


 イズナは、自然と、サーヤに対して応援の念を送っていた。なぜなら彼女はゲームのアバターとはいえ、自分と同じ忍びの者である。マグニよりも、サーヤに勝ってほしかった。


 その後、係の者にうながされ、戦う二人と審判以外の者達は、リングの外へと出ることとなった。イズナもまた、リングサイドに移動し、最前列から勝負の行方を見守る。


 マグニとサーヤは向かい合い、お互いファイティングポーズを取る。


「一ラウンド九十秒! 勝負は一回きり!」


 審判が二人の中間に立ち、両腕を広げた。


「レディ! ファイッ!」


 合図とともに、審判は後ろへ下がった。


 先制攻撃はサーヤからだ。見た目通りの軽快な動きで、マグニの死角へと回り込むと、そこから勢いよく飛び蹴りを放った。


「甘いわ!」


 マグニは振り返りざまに、拳を振った。空中にいるサーヤは、マグニのパンチをかわせず、思いきりボディを殴られ、リングの端まで吹っ飛んでいく。


 ロープにぶつかって、マットの上に転がったサーヤは、腹を抱えて呻いている。


(ゲームにしては、リアルじゃな。痛覚があるのか?)


 このVRMMOの世界の仕組みがよくわかっていないイズナは、わからぬままに、観戦を続ける。


「くぅ! 負けないんだから!」


 飛び起きたサーヤは、身を翻すと、どこからか苦無クナイを取り出し、マグニに向かって投げつけた。


(ほう! 武器の使用が許されておるのか!)


 現実世界の格闘技の試合で、武器なんて使おうものなら、非難ごうごうであろう。それが許されるのは、ゲームの世界ならではである。


「ぬん!」


 マグニは腕の筋肉を膨らませて、ガードポジションを取った。ドスッ! と右腕に苦無が刺さる。


 よく会場の上空を見てみると、青空の下に、ホログラム状の画面が浮かんでいる。そこに、マグニとサーヤ、双方の体力ゲージらしきものが表示されている。マグニは、いまの苦無攻撃で多少ダメージを負ったが、それでもまだまだ優勢。


 マグニの残り体力が95%なら、サーヤの残り体力は60%といったところか。


(一撃しか当てておらんのに、恐ろしい威力じゃな)


 サーヤはさらに苦無を飛ばしたが、その瞬間、マグニは前に向かって跳躍し、空中で浴びせ蹴りを放った。


「ボルケーノ・スマッシュ!」


 それがマグニの必殺技名なのだろう。


 苦無を飛ばした直後で身動き取れないところに、サーヤはもろにマグニの蹴りを喰らってしまった。


「きゃうん!」


 悲鳴を上げて、マットの上に崩れ落ちるサーヤ。


 残り体力は早くも10%を切った。


 会場内にマグニコールが鳴り響く。サーヤを応援する声も聞こえるが、マグニコールに比べれば小さい。


「こうなったら、行くわよ! 超必殺――!」

「させぬわーーー!」


 何か奥の手を繰り出そうとしたサーヤだったが、突進してきたマグニのラリアットを喰らって、あえなく撃沈した。


 サーヤの残り体力は0%。もう敗北は確定である。


 カンカンカーン! とゴングの音が鳴り、審判がマグニの前に割って入った。


「マグニ! 終了だ! 終りょ――」

「まだ終わっていないぞ!」


 マグニは審判の制止を聞かず、グイッと押しのけると、倒れ伏しているサーヤに近付き、彼女の頭を掴んで持ち上げた。


「フィニッシュムーブ! フィニッシュムーブ!」


 観客達が一斉にコールする。


「まさか、とどめを刺す気か⁉」


 イズナは正義感が人一倍強い。


 そもそも抜け忍になったのも、忍びの里が方針を転換して、犯罪行為にも手を出すようになったから、そのことに反発してのことであった。最初は内部から止めようとしていたが、孤立無援であったため、里を見限り、抜け忍となったのである。


 だから、何よりも、人を人とも思わぬ非道な行為を忌み嫌っている。


 そのため――イズナは、見るに見かねて、思わずリングの中に飛び込んだ。


 たちまち、シン……と会場内は静まり返る。


「あ⁉ え⁉ な、何をやっているんだ、君は⁉」


 審判は戸惑いを隠せず、マグニもまたサーヤを吊り上げたままポカンとしている。


「なんだ、貴様は」

「わしか? わしは――」


 イズナ、の名を名乗ろうとして、止めた。自分の正体はなるべく隠したほうがいいし、ここは、このゲームの世界での名を使うのが適切だろうと考えたからだ。


「――わしの名は、宝条院レイカじゃ」

「去れい。ここは戦場。お前のような者が立っていい場所ではないわ」

「しかし、その子にとどめを刺そうとしているのを、見過ごせないのでのう」

「ふん、愚か者め。これは会場にいる観客が望んでいること。フィニッシュムーブを放つだけだ」

「誰が何を望もうと、無用な暴力を許すわけにはいかんな」

「生意気な小娘が」


 マグニは、ターゲットを変更した。


 サーヤをマットの上に放り捨てると、ズンズンとリングを響かせて、イズナの眼前まで迫る。


「ならば、まずはお前から血祭りに上げてくれるわ!」


 両手を伸ばして、イズナに掴みかかろうとするマグニ。


 だが、どういうわけか、マグニは掴み損ねた。


 ヒュッ! と風を巻き、イズナは掴みかかってきた手を超高速でかわし、気が付けばマグニの背後に立っていた。


「お? おお⁉ なんじゃ、いまの動きは⁉」


 イズナ自身の意思で動いたのではなかった。マグニの手が触れようとした瞬間、勝手に体が回避行動を取ったのだ。


「逃げるな! 小娘!」


 怒り狂ったマグニが、振り返るのと同時に、豪快なストレートパンチを放つ。


 だが、それも、当たる直前で、ヒュッ! とイズナは猛スピードで回避した。


 おおお⁉ と会場内にどよめきが広がる。


「おお! おお! これは面白いのう! はははは!」


 そこから先は滑稽な追いかけっことなった。


 攻撃を当てようと躍起になったマグニが、パンチやキックを乱打するが、その全てをイズナは紙一重でかわしてしまう。


(理解したぞ、これは、わしの魂が宿っておるアバターの能力なのじゃな)


 絶対回避。


 それが、宝条院レイカに備わっているスキル。


「おのれええ!」


 さらに怒りを爆発させたマグニは、大きくジャンプし、そこから浴びせ蹴りを叩き込もうとする。


「ボルケーノ・スマッシュゥゥ!」


 イズナの目がキランと光った。


 いつまでも逃げ回っているのは性に合わない。


 そろそろこちらからも反撃を仕掛ける番だ。


 頭部を粉砕せんとばかりに迫ってきた蹴り足を、ほんの数ミリの差でかわしたイズナは、空中に浮かんでいるマグニの体をキャッチすると、相手の攻撃の勢いを利用して、グルンと回転した。


 そのまま錐もみ状に回り、マグニの後頭部をリングマットの上に叩きつける。


 奥義「螺旋蛇らせんだ」。イズナが得意とする忍び体術の一つ、カウンターの投げ技だ。


「がっはああ⁉」


 後頭部を強く打ったマグニは、しばらくのたうち回っていたが、やがてピクリとも動かなくなった。


「え?」


 驚いたイズナが、上空の体力ゲージを見てみると、95%あったマグニの残体力は、一気に0%まで減っている。


 あろうことか、たった一撃でチャンピオンを倒してしまった。


 この瞬間、伝説が始まった。

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