第3話 ようこそ双天へ
会場内はまたもや静かになり、しばらく誰も口を開けずにいたが、やがて大混乱が訪れた。マグニが倒されたことに悲鳴を上げる者、興奮で絶叫を上げる者、様々である。
すぐに、イズナは、会場内を警備している黒服達に群がられて、拘束されてしまった。
だが、黒服達は、とりあえず取り押さえたはいいものの、イズナの処遇をどうすべきか判断に困っている様子だ。
そこへ、あの眼鏡の少女が、限定通話をかけてきた。
『なにやってるのよーーー!』
いきなり飛んできた怒声に、イズナは顔をしかめる。
『うるさいのう。ちょっと人助けをしただけではないか』
『ここは、外の世界とは違うの! そういうゲームの世界なの!』
『いくらゲームの世界とは言え、すでに敗北が決まった相手に追い討ちをかけるのはいかがなものかと思うがのう』
『ま……まあ……オーバーキルとか、死体蹴りとかは、マナー違反ではあるけど……って、そういう問題じゃないの!』
『なんで、わしは一撃で奴を倒せたのじゃろうか』
『知らないわよ。そもそも、アバターに魂が宿ること自体が異常事態なんだから。何が起きても不思議じゃないわ』
『調べてくれんか』
『はあ⁉ なんでよ!』
『こうなった以上、わしはこの世界で生きていくしかなさそうじゃ。そのためには、この世界の仕組みを知りたい。頼むぞ』
『あーもう! わかったわよ! 勝手に私のアバターを使われてるのは気分悪いけど、協力してやるわよ!』
『ところで、お主、名前はなんと言うのかのう。名がわからんと話しにくい』
『
『ありがとう。わしは
そこで、イズナは通話を切った。
他にも話したいことは色々あったが、会場内に異変が起きていたからだ。
空中を見上げれば、太陽を背に、黒い人影がゆっくりと下降してきている。どうやって空に浮かんでいるのかはわからないが、このVRMMOの世界においても、その存在が異質なものであるとわかる。
やがて、姿形がハッキリと見えてきた。
その人物は白い仮面をつけている。無機質で、無感情な、目元だけ空いている仮面。さらには魔術師のような服を着ており、見るからに怪しげな装いだ。
「ジャッジメントだ」
「ジャッジメント」
「ジャッジメント」
黒服達が口々に囁き合う。
リングに降り立ったジャッジメントは、静かな足音でリングサイドに出てくると、物言わぬままイズナのほうへ向かって進んでくる。
おのずと、黒服達はイズナから離れ、ジャッジメントの移動経路を確保した。
目の前に立ったジャッジメントは、イズナの額に触れた。
それから、軽く頷くと、そこで初めて声を出した。
若く凜とした女性の声だ。
「この者は無罪です。解放するように」
黒服達はどよめいた。
と同時に、上空のホログラムスクリーンに、イズナ――というか宝条院レイカの顔が映し出され、その横に大きな文字で「無罪」と表示された。
会場内が一気に騒がしくなる。
「なんじゃ、わしは許されたのか?」
イズナはジャッジメントに尋ねたが、もう彼女はそれ以上話すことはないようだった。
ふわりと空中に浮かび上がり、そのままグングンと上昇していく。すぐに、その姿は青空の彼方へと消えていってしまった。
また、ナナから着信があった。
『危ないところだったー! ジャッジメントが出てきたら、基本的に、罰せられるケースがほとんどなのよ! この場合、私のアカウントが永久凍結されたかもしんないの! よく許されたわね⁉』
『わしも知らん。あれはなんなんじゃ?』
『この世界の秩序を保つ、ゲームマスターのような存在。それ以上のことは私も知らないわ。詳しいことは会社でもごく一部の人しか知らないはずだし』
『ふむ、このゲームの世界は、一企業が管理しておるのじゃな』
『当たり前でしょ。
『コンロングループ。なんとなく聞いたことがあるのう』
『そりゃそうよ。世界トップクラスの企業グループだもの。IT分野やゲーム分野にとどまらず、自動車分野等、幅広い業種に手を出して、どんどん成長しているの。そして、ついに、世界初の没入型VRMMOを開発。それが、この巨大バーチャル世界「双天」なの』
『双天、とな』
『そうよ、憶えておきなさい。二つの天、と書いて双天。それがあなたのいる世界。そのままゲームの名前でもあるわ』
だいたい、なんとなくわかってきたところで、イズナはスタスタと歩き出した。
『ちょっと、どこへ行くのよ。まだ話は終わっていないわ』
『いっぺんに全部教えられても困るのう。続きはまた後でじゃ。とりあえず、居住地のようなものはないかの? そこへ案内してもらいたい』
『マイペースな奴ね! いいわ、ナビゲートしてあげる』
すぐに、ナビアイコンが表示された。方角と、距離を示すアイコンが、前のほうに見える。そちらに向かって歩いていけばいいのだとわかった。
騒然としている闘技場を後にし、イズナは外へと出た。
「おお……」
ウミネコが飛んでいたことから、もしかしてここは海の近くか、と思っていたが、想定外なことに、海の近くどころか、海のど真ん中に闘技場は位置していた。
青く透き通った海をまっすぐ貫くように、遙か彼方まで、長い橋が伸びている。その向こうのほうには、島のようなものと、海辺の都市が見える。
その都市部に、ナビアイコンは表示されている。
「あそこがわしの住みかというわけじゃな」
早くもこの世界への順応を見せているイズナは、意気揚々と歩を進めた。
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