第7話 韋駄天サーヤ
マンションを出て、しばらく歩いたところで、
「ふむ、誰かの気配を感じる。つけられておるな」
と、イズナは言い出した。
『え、嘘。ゲーム内なのに、気配とか感じるの?』
「現実世界と変わらずに、じゃな。後ろをピッタリと歩いてきておる」
『もしかしたら、飛狼の刺客かもしれない。用心して』
「それならそれで、一戦交えたいところじゃがのう」
『やめてよ!』
叫んでから、はああ、とナナは盛大にため息をついた。
『あんたって、いったいどういう性格してるの。そんな好戦的だから、命を落としたりしたんじゃないの』
「ははは、かもしれぬな。じゃが、わしが殺されたのは、もっと違う理由じゃ」
『何か悪さでもしたんでしょ』
「いやいや、むしろ逆じゃよ。わしは伊豆にある忍びの里に住んでおったが、その里が、犯罪行為にも手を染めるようになってのう」
『忍びの里なんて、この現代にあるんだ⁉』
「ある。伊賀も甲賀も、しっかりと存在しておる。わしの里は、
『それに、あんたは刃向かった、と』
「わしは人殺しは好かんからのう」
『ふうん。なんだかんだ、いい奴なんだ』
そこで、イズナは立ち止まった。高層マンションが建ち並ぶ一角、晴れ空の下、モブのNPCが多数歩き回っている。そんなのどかな昼の光景に似合わず、厳しく目を光らせて、周囲を警戒している。
「気配が、散った」
『どういうこと?』
「技術じゃよ。自分の居場所を悟らせぬやり方じゃ。これは、忍びの者が使う技じゃ」
『まさか、忍びの里の、追手?』
「馬鹿を言うな。わしがこんなところに転生したのを知っておるのは、お主ただ一人じゃ。岩永の者どもは、何も知らん」
その瞬間。
トントン、とイズナは後ろから肩を叩かれた。
「ぬ⁉」
振り返りながら、急いで飛び退く。
そこには、あの黒ギャルくノ一――韋駄天サーヤが立っていた。
「やっほー♪」
「わしに寸前まで気配を悟らせぬとは、やるのう」
「そういうあなたも、ただのラウンドガールにしては、超強いじゃん」
「お主、ここに住んでおるのか」
「そりゃあ、うちは海天の所属だから♪ ここがホームグラウンドだよ♪」
「何か用か? 戦うのなら、相手するぞ」
イズナは、およそバニーガールの格好に似合わない、腰をしっかりと落としたファイティングポーズを取った。
それに対して、サーヤは慌てて両手を振る。
「違う違う、違うってば! うちはお礼を言いたかっただけ!」
「では、なぜ気配を散らせたりした」
「それはちょっとした悪戯心。気を悪くしたのなら、謝るよ」
「ふむ。こんなところで立ち話もなんじゃ、どこかカフェでも行こうかの」
「へ? カフェ?」
サーヤはキョトンとした表情になり、直後、ケラケラと笑った。
「あははは、面白ーい! カフェって、体力回復量が少ないから、あんまり人気の無い場所なのに、わざわざそこへ行きたがるなんて」
「それでは他の場所へ行くかのう」
「いいよいいよ、カフェで。女子トークをするのにはピッタシじゃない」
わしは本当は女子ではないのじゃがのう、とイズナは内心苦笑しながら、サーヤに案内されて、マンション区画の隅にあるお洒落なカフェへと入った。
窓際のテーブル席に座ったところで、あらためて、サーヤは自己紹介してきた。
「うち、韋駄天サーヤ。よろしくね」
「わしは宝条院レイカじゃ」
「ありがとうね。オーバーキルされるところ、助けてくれて」
「見捨てておけなかったのでのう」
「ねーねー、これ聞くのって、御法度なんだけど……」
サーヤは身を前に乗り出し、声を潜めて、イズナに尋ねてくる。
「レイカっちの中の人って、どんな人なの?」
「質問の意味がよくわからんが」
「あーん、だから、プレイヤーってこと! レイカっちを操作している人がどんな人か興味あって」
「それを知って、どうするのじゃ」
「別にー。ただ単に、あの時マグニ相手に決めた技、あれってアバター固有の技じゃないでしょ。ラウンドガールのアバターにそんな能力ないはずだもの。だとしたら、操作しているプレイヤー自身が、あーいう技を使える人なのかな、って」
「まあ、そういうことじゃ」
「やっぱ! すごいじゃん! 武術の達人か何か⁉」
「そうじゃな。そんなところじゃ」
そこへ、ウェイトレスが飲み物を運んできた。
サーヤはアイスミルクティで、イズナはクリームソーダだ。
「はい、かんぱーい!」
「なんの乾杯じゃ」
「二人の出会いを祝して。これからよろしくね♪」
「うむ、よろしく頼む」
グラスとグラスのぶつかる、カーンという小気味のいい音が鳴り響いた。
クリームソーダを口に含んだイズナは、おや、と驚いた。
味がする。しっかりとクリームソーダだ。
(ゲームの世界じゃから、ハリボテのようなものだと思っておったが……よくわからんのう)
しかし、それはイズナにとって朗報の一つでもあった。飲食の際に味があるかないかは、だいぶ生きやすさに直結してくる。美味しい物が食べられる幸せは奪われていなくて、ホッとした。
「それでさあ、ひとつ、レイカっちに頼みたいことがあるんだけど」
「なんじゃ」
「うちと一緒に、山天に行ってほしいの」
「山天? ここの敵対組織じゃろ。なぜそんな場所へ」
「あっちでしか売ってない、コスメがあるの! お願い、レイカっち! うちに協力して!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます