第7話 韋駄天サーヤ

 マンションを出て、しばらく歩いたところで、


「ふむ、誰かの気配を感じる。つけられておるな」


 と、イズナは言い出した。


『え、嘘。ゲーム内なのに、気配とか感じるの?』

「現実世界と変わらずに、じゃな。後ろをピッタリと歩いてきておる」

『もしかしたら、飛狼の刺客かもしれない。用心して』

「それならそれで、一戦交えたいところじゃがのう」

『やめてよ!』


 叫んでから、はああ、とナナは盛大にため息をついた。


『あんたって、いったいどういう性格してるの。そんな好戦的だから、命を落としたりしたんじゃないの』

「ははは、かもしれぬな。じゃが、わしが殺されたのは、もっと違う理由じゃ」

『何か悪さでもしたんでしょ』

「いやいや、むしろ逆じゃよ。わしは伊豆にある忍びの里に住んでおったが、その里が、犯罪行為にも手を染めるようになってのう」

『忍びの里なんて、この現代にあるんだ⁉』

「ある。伊賀も甲賀も、しっかりと存在しておる。わしの里は、岩永いわなが一族が支配する土地ゆえ、岩永の里、とも呼ばれておった。発祥は戦国時代。伊賀や甲賀には知名度で劣るが、その分、体術に関しては独自の技術を構築しており、現代においても負け知らずの強さを誇っておる。かつては要人警護などで活躍しておったが、近年の勢力弱体化などもあり、とうとう里の理念をひっくり返し、暗殺業などにも手を出すようになった、というわけじゃ」

『それに、あんたは刃向かった、と』

「わしは人殺しは好かんからのう」

『ふうん。なんだかんだ、いい奴なんだ』


 そこで、イズナは立ち止まった。高層マンションが建ち並ぶ一角、晴れ空の下、モブのNPCが多数歩き回っている。そんなのどかな昼の光景に似合わず、厳しく目を光らせて、周囲を警戒している。


「気配が、散った」

『どういうこと?』

「技術じゃよ。自分の居場所を悟らせぬやり方じゃ。これは、忍びの者が使う技じゃ」

『まさか、忍びの里の、追手?』

「馬鹿を言うな。わしがこんなところに転生したのを知っておるのは、お主ただ一人じゃ。岩永の者どもは、何も知らん」


 その瞬間。


 トントン、とイズナは後ろから肩を叩かれた。


「ぬ⁉」


 振り返りながら、急いで飛び退く。


 そこには、あの黒ギャルくノ一――韋駄天サーヤが立っていた。


「やっほー♪」

「わしに寸前まで気配を悟らせぬとは、やるのう」

「そういうあなたも、ただのラウンドガールにしては、超強いじゃん」

「お主、ここに住んでおるのか」

「そりゃあ、うちは海天の所属だから♪ ここがホームグラウンドだよ♪」

「何か用か? 戦うのなら、相手するぞ」


 イズナは、およそバニーガールの格好に似合わない、腰をしっかりと落としたファイティングポーズを取った。


 それに対して、サーヤは慌てて両手を振る。


「違う違う、違うってば! うちはお礼を言いたかっただけ!」

「では、なぜ気配を散らせたりした」

「それはちょっとした悪戯心。気を悪くしたのなら、謝るよ」

「ふむ。こんなところで立ち話もなんじゃ、どこかカフェでも行こうかの」

「へ? カフェ?」


 サーヤはキョトンとした表情になり、直後、ケラケラと笑った。


「あははは、面白ーい! カフェって、体力回復量が少ないから、あんまり人気の無い場所なのに、わざわざそこへ行きたがるなんて」

「それでは他の場所へ行くかのう」

「いいよいいよ、カフェで。女子トークをするのにはピッタシじゃない」


 わしは本当は女子ではないのじゃがのう、とイズナは内心苦笑しながら、サーヤに案内されて、マンション区画の隅にあるお洒落なカフェへと入った。


 窓際のテーブル席に座ったところで、あらためて、サーヤは自己紹介してきた。


「うち、韋駄天サーヤ。よろしくね」

「わしは宝条院レイカじゃ」

「ありがとうね。オーバーキルされるところ、助けてくれて」

「見捨てておけなかったのでのう」

「ねーねー、これ聞くのって、御法度なんだけど……」


 サーヤは身を前に乗り出し、声を潜めて、イズナに尋ねてくる。


「レイカっちの中の人って、どんな人なの?」

「質問の意味がよくわからんが」

「あーん、だから、プレイヤーってこと! レイカっちを操作している人がどんな人か興味あって」

「それを知って、どうするのじゃ」

「別にー。ただ単に、あの時マグニ相手に決めた技、あれってアバター固有の技じゃないでしょ。ラウンドガールのアバターにそんな能力ないはずだもの。だとしたら、操作しているプレイヤー自身が、あーいう技を使える人なのかな、って」

「まあ、そういうことじゃ」

「やっぱ! すごいじゃん! 武術の達人か何か⁉」

「そうじゃな。そんなところじゃ」


 そこへ、ウェイトレスが飲み物を運んできた。


 サーヤはアイスミルクティで、イズナはクリームソーダだ。


「はい、かんぱーい!」

「なんの乾杯じゃ」

「二人の出会いを祝して。これからよろしくね♪」

「うむ、よろしく頼む」


 グラスとグラスのぶつかる、カーンという小気味のいい音が鳴り響いた。


 クリームソーダを口に含んだイズナは、おや、と驚いた。


 味がする。しっかりとクリームソーダだ。


(ゲームの世界じゃから、ハリボテのようなものだと思っておったが……よくわからんのう)


 しかし、それはイズナにとって朗報の一つでもあった。飲食の際に味があるかないかは、だいぶ生きやすさに直結してくる。美味しい物が食べられる幸せは奪われていなくて、ホッとした。


「それでさあ、ひとつ、レイカっちに頼みたいことがあるんだけど」

「なんじゃ」

「うちと一緒に、山天に行ってほしいの」

「山天? ここの敵対組織じゃろ。なぜそんな場所へ」

「あっちでしか売ってない、コスメがあるの! お願い、レイカっち! うちに協力して!」

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