第6話 徐々にわかるゲーム世界の仕組み
そんな、いわゆる「いい男」である飛狼がわざわざ誘いをかけてくるということは、やはり、このバニーガール・宝条院レイカは、よほど魅力的なのだろう。
だが、イズナは断った。
普通に男からの誘いは受けたくなかった、というのがあるが、もう一つの理由として、あえて相手を挑発したかったこともある。
あわよくば第二戦の開幕へとつなげて、また自分の力を試してみたかった。
しかし、飛狼はニヤリと笑うと、
「お前、なかなかしたたかネ」
と言った後、クルリと背を向けて、部下達に命令を下し始めた。
「撤収アル! これ以上、このバニーガールに攻撃を加えることは、私が許さないネ!」
「ちょっと待つのじゃ。わしはまだ――」
「お前にその気があっても、こちらにはその気がないネ」
飛狼はイズナのほうを向き、ニヤリと笑った。
「我々はこれ以上、お前とは関わり合いにならないヨ。別の場所で対戦相手を探すといいネ」
そして、倒れている
「なんじゃ、つまらんのう」
『つまらなくていいの! やめてよ、やたらめったら喧嘩売るの!』
『しかし、このゲームは、戦うのがメインではないのか?』
『もちろん、ベースは対戦格闘ゲームだから、プレイヤーが望めばいつでもどこでも戦うことは可能よ! でも、運営が始まってから三年、海天の街には、ゲーム内世界での力関係が出来て、現実社会と変わらない勢力図が出来上がってきているの! 秩序よ、秩序! その秩序を無駄に乱したら、最悪BANされるかもしれないわ!』
『BANとはなんじゃ?』
『アカウント削除されるかもしれないの! そうしたら、困るのは私だけじゃなくて、あなたもよ! 宝条院レイカのキャラデータが消されちゃったら、そこに魂の宿っているあなたも、一緒になって消えちゃうかもしれないのよ!』
『なるほど、それは困る』
すると、チャンピオンのマグニを乱入で倒した行為も、BANされてもおかしくなかったのかもしれない。
ただ、あの時はジャッジメントが現れて、お咎めなしとなった。だから助かった。けれども、次もまた同じとは限らない。
「ふむ。ゲームの世界とはいえ、窮屈なのは現実社会と変わらないのじゃな」
気を取り直して、ポイントマーカー目指して、イズナは再び歩を進める。
中華街を抜け出たら、同じようなデザインの高層マンションが建ち並んでいる区画に出た。
自分が住人だったら、こんなにも同じ建物が並んでいると、どれが自分の住居か迷ってしまいそうだ、とイズナは思ったが、すぐにその考えを取り消した。
ここはゲームの世界だ。ポイントマーカーを使えば、迷いようがない。
区画に入ってすぐのマンションが、目的地のようだ。中に入ると、オートロックの自動ドアが行く手を阻んできたが、宝条院レイカであることを認証したか、すぐにドアは開いた。
ラグジュアリーなウッド調の空間が目の前に広がった。まるでホテルのロビーのようだ。奥にはコンシェルジュのカウンターがあり、至れり尽くせりのサービスが受けられそうな雰囲気がある。
奥のエレベーターに乗り、最上階の五十階を目指す。
フロアに到着し、廊下へ出ると、どうやら最上階には二つの部屋しかない様子だ。左右に扉があるうち、左が自分の部屋のようなので、扉へと近寄った。
カチリ、と音が鳴り、自動で解錠された。
部屋の中に入ったイズナは、思わず、「おお」と声を上げた。
絶景かな。広々としたリビングルームには外を見渡せる大きな窓がついており、そこから海天の街を一望できる。すぐ眼下には中華街が見え、その先には高層ビルが建ち並ぶビジネス街、そして青々とした大海原。港も見える。
海天の街からはまっすぐ長い橋が伸びており、奥のほうにはコロッセウム型の闘技場が浮島となって浮いている。
さらに闘技場の奥のほうにも橋が伸びており――
「あれが、山天か」
あまりにも距離が離れているため、もやがかかったように薄らとしか見えないが、彼方に山地が見える。
「しかし、ゲームの世界とは便利なものじゃのう。いくら歩いても、少しも疲れを感じぬぞ」
『当たり前でしょ。疲労値はデータとして存在しないんだから』
「空腹も感じぬのか?」
『食事は出来るわ。体力ゲージの回復に役立つの。食べ物に味があるかは不明よ。データの世界に直接飛び込むなんて、前代未聞の出来事だもの。そこまで想定されてデータが構築されているとは思えないけど』
「ふむ。美味いものが食えないようでは、少しつまらんな」
それから、いま一度、イズナは窓の外を眺めた。
「このゲームの目標はなんなのじゃ?」
『戦うこと。それ以外に目指すものはないわ』
「しかし、あの闘技場にはチャンピオンというものが存在する」
『ええ、そうね。基本的には、「山天」側の「チーム陽」、「海天」側の「チーム陰」に分かれて、毎日のように闘技場でぶつかり合っているわ。その中で、ある一定の勝利ポイントを稼ぐことで、チャンピオンへの挑戦権が与えられるの。そして、勝者が、新たなチャンピオンとなる。そうすると、チャンピオンだけでなく、チャンピオンの勢力にもボーナス報酬が与えられるの』
「それは、ゲーム内通貨で、かのう?」
『ゲーム内通貨も、現実世界の通貨も、両方よ』
イズナは目を丸くした。まさか、現実世界でも報酬をもらえるとは思わなかった。
「すごい太っ腹じゃのう」
『賞金だけじゃないわ。このゲームを主催する、コンロングループからも、現実世界においてあらゆる支援を受けられるの。チャンピオンを取ることにはそれだけの価値がある。だから、みんな積極的に狙っていくわけ』
「すると、悪いことをしたかもしれんのう。あのマグニをわしは倒してしもうた」
『そこは大丈夫よ。チャンピオンのデータは書き換わっていない。いまだ無敗王マグニがチャンピオンとして君臨しているわ。あなたが勝ったことは、試合としては無効の扱いになっているのね』
「ならばよかった」
そこで、イズナはキョロキョロと室内を見渡し始めた。
『どうしたの?』
「いや、いつまでもバニーガールの格好をしているのは落ち着かなくての、着替えはないかと思ったのじゃが」
『ないわよ』
「まさか、この格好のままで生きるのか」
『そりゃそうよ。ゲームなんだもの。着替えシステムがあるゲームもあるけど、このゲームではややこしくなるから、実装されていないの』
「ふーむ、では、他にやることもないし、ひとまず寝るかのう」
と、フカフカのベッドに飛び込んだイズナは、しばらく目を閉じていたが、すぐに目を開いた。
「眠れん!」
『当たり前でしょ、ゲームの世界よ。しかもVRMMOだから、時間のスキップなんて機能はない。全てがリアルタイムで動いているの』
「では、散歩に行くぞ」
あっさりとベッドに見切りを付けて、イズナは部屋の外へと出た。
『何しに行くの?』
「ストリートファイトじゃ。BANされない範囲で、誰か、受けてくれそうな者を探してみる」
『やーめーてー!』
ナナの悲鳴を無視して、イズナはエレベーターへと乗り込んだ。
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