第5話 勝つための方程式

 戦いの場は路上。


 道の左右には中華まんや小籠包の屋台が並んでおり、チラホラとNPCらしきキャラの姿は見えるが、あまり人がいる様子でもない。誰もいない屋台もあったりする。


 ここから先の戦闘を思うと、イズナとしてはそのほうが好都合だ。


 特に、他のプレイヤーがいたりするなら、巻き添えにはしたくない。


 よく見れば、二人の頭上には体力ゲージが浮かんでいる。さっきまでは無かったが、戦闘開始とともに、出現してきた。まさにこの世界がゲームの中であると感じさせる演出である。


「オラァ!」


 雷虎レイフーが一気に間合いを詰めてきて、突き刺すような蹴りを放ってきた。


 だが、イズナが宿るアバター・宝条院レイカには、「絶対回避」のスキルがある。イズナが体を動かすまでもなく、その蹴りをサッとかわすことが出来た。


「逃げんなッ!」


 続けて雷虎は裏拳を放ってくる。


 だが、それも、イズナはあっさりと避けた。


「おお、これは面白いのう」


 意識せずとも、相手の攻撃を自動でよけてくれる「絶対回避」は、非常に便利だ。しかも、複雑な連係攻撃を出されても、初手から最適なかわし方をしてくれるので、体勢を崩したりして追い詰められることはない。


 ある程度、雷虎の攻撃をいなしたところで、今度はイズナから反撃を仕掛けた。


「ヒュッ!」


 鋭い呼気とともに、貫手を相手の急所に叩き込む。


「くっ⁉」


 攻撃を当てられたことで、雷虎は立て直しのために、二歩ほど後ろへ下がった。


 そこで、雷虎は貫手を喰らった急所のあたりを撫でさすりながら、「?」と首を傾げた。


 雷虎の体力ゲージはまったくと言っていいほど減っていない。


「なんだァ、いまの攻撃……? 全然効いてねえぞ」


 やはりか、とイズナはさほど驚いた様子もなく、納得している。


 自分のステータスは、攻撃力が1だった。そんな力で、まともなダメージを与えられるとは思っていない。だから、これは想定内の事態。


 問題は、どうやればマグニを倒した時のようなことを再現できるのか、である。


 なんとなく予想はついてきた。


「来るがよい。次で仕留める」


 イズナは余裕たっぷりの様子で、手招きをした。


 雷虎は笑みを浮かべた。が、その目は笑っていない。怒りの炎で燃え上がっている。


「ぶっ殺す!」


 ダンッ! と地面を蹴り、勢いよく突っ込んできた雷虎は、両手を揃えての掌底を放ってきた。


烈虎掌れっこしょう!」


 これだ!


 とタイミングを掴んだイズナは、必殺技を紙一重でかわすと、相手の体を掴み、その攻撃の勢いを利用して、空中に錐もみ状に投げ上げた。


「わっ⁉」


 雷虎が驚きの声を上げるのと同時に、イズナは彼女の体を地面へと叩き落とす。


螺旋蛇らせんだ!」


 頭から叩きつけられた雷虎は、そのまま白目を剥いて意識を失った。


 雷虎の体力ゲージを見れば、一気に全部削られ、真っ赤になっている。


「わかったぞ、ナナ」


 早くも、いまの対戦相手のことは忘れたかのように、イズナはスタスタと歩き始め、ナナとの通信を開いた。


『ちょっとおおお! 大問題よ! 大問題! よりによって中華街の人間に手を出すなんて!』

『そんなことより、わかったのじゃ、どういう条件であれば、相手を一撃で倒せるのか』

『え、うそ⁉ もう⁉』

『当身投げじゃ』

『当身投げ、って、攻撃をそのまま受け流して、相手を投げ飛ばす技でしょ。でも、なんで?』

『知らん』

『知らん、って!』

『マグニの時も当身投げで勝った。いまの雷虎もそうじゃ。それゆえに、当身投げが適切な解だと判断したまでじゃ。それ以上のことはわしにも――』


 そこで、イズナは立ち止まった。


 左右の店舗から、ゾロゾロと、黒いスーツを着た、見るからに堅気の者ではない連中が出てくる。


 彼らはみんな、手に何かしらの銃火器を持っている。


 そして、一斉にイズナへと銃口を向けてきた。


『一つ聞く』

『な、何よ……うわぁ、大変なことになってる……』

『この世界で銃に撃たれると、どうなるのじゃ?』

『大ダメージを負うだけよ。死にはしないわ。でも、それはあくまでもアバターの話。あなたはそのアバターに乗り移っているから、もしかしたら……』

『死ぬかもしれんか。それは結構なことじゃ』


 大したことではないかのように言い、イズナはニヤリと笑った。


「死地であればあるほど、たぎるからのう」


 姿格好は、セクシーなバニーガール。およそこの一触即発の雰囲気の場では、場違いな存在である。


 そんな彼女を見て、黒スーツ達はニヤニヤと笑っている。


「いい目の保養になるので、残念だが、死んでもらうぜ、バニーちゃん」

「雷虎お嬢様に危害を加えた罪は万死に値するからな」

「蜂の巣になるがいい!」


 黒スーツ達は前口上を終えると、一斉に撃ち始めた。弾が飛び交い、自分達の街であるにもかかわらず、お構いなしに屋台まで巻き添えにして破壊する。


 だが、イズナには当たらない。


 「絶対回避」は、絶対、である。


 全ての銃弾を、ヒラリヒラリと舞うようにかわしていく。


「なああああ⁉」

「なぜ、当たらない! なぜだ! なぜ!」


 やがて、全員弾切れとなり、射撃を中止した。


「ば、化け物……!」


 恐れをなした黒スーツの一人が、一歩後退したところで、何者かがその肩をポン、と叩いた。


 黄金色の瀟洒な刺繍が施された、黒いカンフー服を着ており、見るからに他の者達とは身分が違う雰囲気を漂わせている。


「ひえ⁉ フェ、飛狼フェイラン様⁉」

「敵前逃亡は斬首アル」

「ま、待ってください! 私は――!」


 最後まで言わせてもらえなかった。


 黒スーツの首を、飛狼は腰に帯びていた青竜刀を外して、斬り裂いた。


 だが、ゲームの世界なので、生首が吹っ飛ぶようなことは起きない。あくまでも、斬られた黒スーツの体力ゲージがゼロになり、力を失って倒れるくらいである。


 ツカツカと飛狼は、イズナに歩み寄った。


 そして、目を細めて眺めた後、ニィッ、と口元が裂けるような笑みを浮かべた。


「お前、いい女ネ。気に入ったヨ。俺だけのバニーガールにならないカ?」

「いやじゃ」


 秒で、イズナは断った。

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