第26話 五百万円のボディガード

 あっという間に、特殊部隊は全滅した。


 全員、体力値をゼロまで削られて、行動不能になっている。ガン・ドッグスと違い、運営の人間が直接操作しているであろう彼らは、今ごろ、操作用の筐体の中で、パニックに陥っているに違いない。


 ダニエルは呆然と立ち尽くしながら、レイカ=イズナのことを、驚きの眼差しで見つめている。


 戦闘の最中にずれて、食い込み気味になった白いレオタードのお尻の部分を、イズナは指でクイッと引っ張って、尻肉をちゃんと包むように元に戻した。それから、キョトンとした表情で、ダニエルのことを見てきた。


「なんじゃ? 間抜けな顔をしおって」

「いや……ゲームシステム上、あんな動きで戦えるはずがないから、驚いていたんだ」

「わしも、よくわからんが、仕様らしい。リングを彩るラウンドガールゆえ、戦闘中の攻撃に巻き込まれないよう、絶対回避のスキルが備わっているとのことじゃが、まさか、ここまで無敵の力を発揮するとは思ってもいなかった」

「何者なんだ、お前は」

「ふむ……」


 イズナは、しげしげとダニエルのことを観察した。


「お主は、条件次第では口を割る人間じゃからのう。本当のことを話すわけにはいかん。が、ちょっとは教えてやってもいいぞ。このアバターは、実は借り物なのじゃ」

「借り物……?」

「本来なら運営の者が操作するはずなのじゃが、なぜか、わしが操作できておる。図らずも、乗っ取ってしまったようなものじゃな」

「ハッキングした、ということか?」

「意図してそのようなことをしているわけではない。全ては、偶然じゃ」

「わからない。そんなことが起こりうるのか?」

「現に起きているのじゃから、のう」


 そこで、イズナは口元に手を当てて、何か考え込み始めた。チラチラと、時おり、ダニエルのことを見ている。


 やがて、何か心に決めたようで、うん、と頷いた。


「お主、これからどうするつもりじゃ? 運営を相手に、裏切ったではないか。ゲーム世界ゆえ、すでにバレておるじゃろう」

「ああ。契約は破棄になるだろうな」

「では、ひとつ協力してくれんかの。もちろん、報酬は支払う。今度はわしと契約してもらいたい」

「別に構わないが……何を、俺に頼むつもりだ?」

「その強さを見込んでの、依頼じゃ。これからも、様々な敵がわしを襲ってくるじゃろうが、正直、いちいち相手にしているのは骨が折れる。そこで、お主にボディガードを頼みたいのじゃ」

「なるほど。いいぞ、引き受けても。暗殺業だけでなく、要人警護も、得意中の得意だ。ただし、報酬は前払いでお願いしたいな」

「あ」


 イズナはコツンと、自分の頭を叩いた。


「ゲーム内通貨のWPを、わしは持っていない……持てないんじゃった」

「馬鹿言うな。WPなんて、現実世界で何の役にも立たない。日本円でも、ユーロでも、なんでもいい。現実に使える金で報酬を支払ってもらおうか」

「いくら支払えばいいのじゃ?」

「ボディガードなら、一週間の警護で、五百万円だな」

「おお……随分と取るのじゃのう」

「その代わり、確実に守ってみせる。文句は言わせないぞ」

「ちょっと待ってくれ、少し相談してみる」

「相談?」

「このアバターの本来の持ち主に、じゃ」


 そう断ってから、イズナはダニエルに背を向けて、ダイレクトに限定通信でナナへと連絡を入れる。


『聞いておったじゃろう? 五百万円用意できるかの?』

『できるわけないでしょ! バッカじゃないの⁉』


 すぐに、ナナの怒鳴り声が飛び込んできた。


『五百万円なんて、私の貯金の全額よ! ふざけないでよ!』

『じゃが、それで、このアバターを守り切ることができるぞ』

『あのねえ! いまさら、何を言ってるのよ! 散々、運営を敵に回すような行為をして、この先どうやって宝条院レイカのアバターを守るって言うのよ!』

『それについては、平気じゃと思うぞ』

『平気⁉ 何がよ!』

『少なくとも、運営がその気になれば、強制的にデータを削除することも出来るはずじゃ。あるいは、本体であるお主に直接警告を発してくるはず。それをせんということは、何か、理由があるに違いない』

『……確かに、言われてみれば』

『わしの読みでは、運営は、わしのことを試している気がする』

『試している?』

『おそらく、薄々勘付いているのではないじゃろうか。わしがこの宝条院レイカのアバターを乗っ取っている、ということに』

『まさか』

『で、どうするつもりじゃ? 五百万円を出すのか、出さんのか? 言っておくが、これは大事な局面じゃぞ。お主の未来にも関わってくる』

『う~~!』


 ナナは唸り声を上げた。


 それから、さらに五分ほど、イズナは限定通信を続けた。


 根気強く待ち続けていたダニエルだったが、さすがにしびれを切らして、トントン、とイズナの肩を叩いた。


「おい、話はついたのか?」

「ちょうどいま、交渉は終わったところじゃ」

「それで? 金は用意できそうなのか?」

「五百万円。いまは夜じゃから銀行の処理は出来んが、明日、必ず振り込もう」

「グッド。それならば、ダイレクトメッセージで振込方法を教える。入金を確認次第、そこから一週間、ボディガードをしよう。追加で頼むなら、さらに五百万円ごとに一週間だ」

「大丈夫、そこまで護衛してもらう必要は無い」

「ほう? なぜだ?」

「トーナメントに参加するからじゃよ」


 イズナはニヤリと笑った。


「予選は、五日後に開始される。一度トーナメントが始まってしまえば、運営も下手に手を出せまい。そうなれば、お主の手を煩わせる必要も無くなる」

「どうしてトーナメントに参加する? WPを得られない運営アバターのお前に、メリットは無いだろう?」

「まあ、色々あってのう」


 そう、言葉を濁すイズナに対して、ダニエルは「?」と首を傾げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る