第27話 予選会場にて

 そして、双天トーナメント、初日を迎えた。


 幸いなことに、運営側からは、あれ以来干渉は無かった。イズナが憑依しているアバター宝条院レイカの本来の主であるナナが、現実世界で、なんとか運営を食い止めてくれていたようだし、あるいは、イズナが気が付かないところで、護衛に雇ったダニエルが、刺客を排除してくれていたのだろう。


 とにかく、トーナメント会場に入ってしまえば、こっちのものだ。


 トーナメントの予選は、サバイバル形式。それも、海天、山天、それぞれで分かれて行われる。


 海天での予選会場は、海辺にある建設途中の工事現場だ。


 参加者は、約五百人。この中から、選ばれた十六名だけが、トーナメントに進むことが出来る。


 五百人中十六人。かなりの数が、この予選で消え去ることとなる。


『油断しないでよ。あんたの場合、体力値がゼロになったら、どうなるかわからないんだからね』

「まあ、その時はその時じゃろう。あまり戦う前から、気に病んでおってもしょうがない」

『まったく、何を脳天気なことを言ってるんだか……』


 ナナの呆れ声が聞こえてきた。


 会場に、イズナが足を踏み入れると、たちまち、周囲から好奇の目線が寄せられてくるのを感じた。コスチュームが白いバニースーツであるということも当然ながら、この宝条院レイカが、運営を相手に大立回りを演じて、それでもなお、生き延びているということに、誰もが、注目しているのだ。


 工事現場は、組み立て途中の鉄骨、完成すればおよそ二十階建てになるであろう建物の骨組みと、資材が積んであるだろうコンテナ置き場、それらで構成されている。平面での戦いも、立体的な戦いも可能な、広々とした戦場である。


 イズナは、会場内を眺め回しながら、どのように立ち回るかをシミュレートしていた。


 そこへ、五人の少女が、おもむろに近付いてきた。


 全員チャイナドレスを身にまとっており、秀麗な見た目をしている。その中でも、ひときわ背の高い、腰まである長い髪の少女が、ニッコリと笑って、イズナに話しかけた。


「こんにちは、宝条院レイカさん。私は秦月瑛ジンユエインジン家五娘の長女よ。以前は三女の雷虎レイフーがお世話になったわね」

「おお、中華街の。すると、そこにいるのは、全員、お主の妹達か」

「そうよ。みんな、このトーナメントに参加するの」


 前も手合わせした雷虎レイフーを始めとし、いま話している月瑛ユエインもそうだが、みんな、相当の強さを感じさせる。


 雷虎レイフーは、ものすごく険しい目で、イズナのことを睨んでいる。以前、負けたことを、相当根に持っているらしい。


 さらに、彼女らのボスである、燕飛狼イェンフェイランが現れた。


 相変わらずの細目をさらに細くして、まぶしそうに、バニースーツ姿のイズナを見つめている。


「やはりいい女アルね。お前、考え直したか? 私の女になる気はないアルか?」

「前と答えは同じじゃ。それだけは御免こうむりたいのう」

「ならば、力尽くでも、言うことを聞かせるしかないみたいアルね」


 ニヤリと飛狼は笑って、秦家五娘を連れて、どこかへと去っていった。


 入れ替わりで、韋駄天サーヤと、ディック・パイソンが、駆け寄ってきた。


「ちょっと、レイカっち⁉ なんで、チャイニーズマフィアの連中と一触即発になってるわけ?」

「まあ、つい最近、色々あってのう。この海天の地に到着した途端、トラブルに巻き込まれた感じじゃ」

「え、いったい、何があったの?」

「奴らの三女を倒した感じじゃ」

「えええ⁉ ヤバいって、マジ、ヤバいって。あいつら、ゲーム内のマフィアとは言っても、けっこうなりきってるから、一度受けた屈辱は、絶対に忘れないんだよ! それこそ、ゲームをやってられないくらい、執念深く追い詰められていってしまうよ!」

「ほほう、それはまた、熱心なことじゃのう」

「熱心とか、そういうレベルの話じゃないって! まともなゲームプレイが出来なくなるレベルで、常に襲われまくることになるんだよ!」

「まあ、そんなのは、慣れっこじゃからのう」


 現実世界で、忍者として生きていたイズナにとって、このバーチャル世界で敵に睨まれることなど、大した問題ではない。


 無論、その結果、命を落とすようなことになってはならないが、幸いなことに、自分のアバターである宝条院レイカには、「絶対回避」のスキルが備わっている。そう簡単にはやられない。


「いやあ、本当に、お前はすごいな。俺だって、マフィアの連中に睨まれたら、相当凹むのに」


 とディック・パイソンが、呆れ半分、感心半分で、率直な意見を呟く。


 そうこうしている内に、ダニエルも、会場にやって来た。


「おお、感心じゃのう。ここまでわしのことを守りに来てくれたのか」

「一応契約上は、まだ今日を含めて三日、残っているからな。その間は、お前のことを、守り切らないといけない」

「お陰で、今日まで、平和に過ごすことが出来たぞ。礼を言う」

「まあ、それなりの金をもらっているからな。もらった報酬の分は、守ってやるさ」


 そう言って、ダニエルは、肩をすくめた。


 直後、会場内に、サイレンが鳴り響き始めた。いよいよ、トーナメント予選が始まるのだ。


 これから先の戦いを想像して、イズナは、思わず顔を綻ばせた。

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