第9話 全てを懸けた戦い

「ほほう、死ぬ、か」


 上等だ、とイズナは思った。


 現実世界で、忍者として活動していた時は、何度も命懸けのミッションをこなしていた。いまさらその程度で恐れを抱いたりはしない。


 が、勇気があるのと、あえてリスクを犯すのは、また別の話である。


「のう。わしはこのアバターを死なせるわけにはいかんのじゃ。もう少し譲歩してくれんかのう」

「俺は、あと一戦負ければ、残ポイントはゼロになる! もうWPは1ポイントしか残っていないから、どんな条件でも終わりなんだ! こっちだって崖っぷちなんだよ!」

「それはお主の都合じゃからのう……」


 イズナは肩をすくめた。


「サーヤ殿。こういう場合はどうすればいいのじゃ?」

「交渉に難航したら、ジャッジメントに裁定してもらうしかないね」

「どうやるのじゃ?」

「メニューを開いてみて」

「メニュー?」

「『コマンド』って言えば、自動的に画面が出てくるから」

「ああ、そうじゃった、そうじゃった」


 やり方を思い出したイズナは「コマンド」と言ってみた。直後、目の前にスクリーンが出て、アイコンが羅列される。


 そのアイコンの中に、天秤マークのものがある。説明として「ジャッジメント」と表示されている。


 とりあえず、その「ジャッジメント」アイコンを触ってみた。


 突然、天から光の柱が降り立ったかと思うと、その中から白い仮面をつけた魔術師風の存在、ジャッジメントが姿を現した。


 ジャッジメントは、マグニを倒した時に現れた者と同一人物なのか、若い女性の声で、イズナに尋ねてきた。


「何か御用でしょうか?」


 次に何を話せばいいのかわからなくて、イズナはサーヤの顔を見た。


「とりあえず、素直に、交渉が難航していることを伝えて」

「うむ。そうじゃな。実はそこのディック・パイソンという者に戦闘を挑まれたのじゃが、勝利時の報酬で折り合いがつかなくてのう。困っておるのじゃ」


 コクリ、とジャッジメントは頷いた。


「わかりました。それでは、私が裁定しましょう」


 そう言うやいなや、ジャッジメントは両手を広げて、それぞれの手をイズナとディック・パイソンにかざした。


 しばらくそのままの姿勢で固まっていたジャッジメントだったが、やがて結論を出したようだ。


「決まりました」

「どんな条件で戦えばいいのじゃ?」

「双方ともに、残WP全てを懸けての勝負としなさい」

「なぬ⁉」


 イズナは驚きを禁じえない。ジャッジメント、という名前だから、厳正に、公正に、物事を判断してくれるのでは、と思っていた。


 ところが、彼女は、ディック・パイソンが圧倒的に得する条件を提示してきた。


「どういう理由で、その判断結果となったのじゃ」

「あいにく理由は教えられません」

「わしには知る権利は無いと?」

「権利の問題ではありません。私の裁定は絶対だからです。ゆえに、異論、反論は一切受け付けません」

「逆らったらどうなるのじゃ?」

「もちろん永久にこの世界から追放するだけです」


 つまり、ジャッジメントに逆らえば、死あるのみ、ということだ。


「では、良い闘争を」


 そう言って、再び天から降りてきた光の柱の中に飛び込むと、ジャッジメントは空高くへと去っていってしまった。


「わっはっは! ジャッジメントの裁定は下った! これで心置きなく戦えるな!」

「やれやれ……まいったのう」

「90秒一本勝負だ! 体力ゲージをより多く削ったほうの勝ち! よいな!」

「わかった、わかった。そう怒鳴らんでも聞こえとる」

「行くぞーーー!」


 ディック・パイソンは雄叫びを上げ、勢いよく突進してくると、イズナに向かってラリアットを放った。


 が、イズナは「絶対回避」のスキルを発動させ、ヒラリと軽やかに攻撃をかわすと、即座に相手の腕を掴んだ。


「ほいっ」


 そこから、ディック・パイソンの足を刈る。


「ぬおぁ⁉」


 足払いを食らったディック・パイソンは、ラリアットを放った勢い余って、宙へと浮かんだ。


「すまんが、勝たせてもらうぞ」


 そう宣言したイズナは、空中で相手の体をキャッチすると、そのまま頭から地面へと叩きつけた。


 ズドンッ! と凄まじい音が鳴り響き、ディック・パイソンの首はあらぬ方向へと捻じ曲がる。


 現実世界なら、確実に息の根を止められている危険な技。幸いにして、ここはゲームの世界だから、ディック・パイソンの体力ゲージが減るだけで済んだ。


「うむ? 一撃では倒せぬか」


 てっきり、当身投げを決めれば一撃で倒せると思っていたので、いまだディック・パイソンが無事でいるのが意外だった。


「おのれええ! 投げ技は俺の十八番おはこだというのに!」


 体勢を立て直したディック・パイソンは、両腕を思いきり広げて、イズナへと掴みかかる。


 しかし、その掴みもまた、イズナには通用しない。サッと身をくぐらせて、相手のムキムキの腕を回避したイズナは、体勢を低くしながら蹴り上げを放った。


 バキッ! と顎に蹴りが命中するも、体力ゲージはほとんど減らない。


「むむむ、やはり打撃技は効かぬか」


 こうなったら、また当身投げを発動させるしかない。


 ところが、そこで、ディック・パイソンは賢い行動に出た。


 下手に攻撃を繰り出せば、反撃を喰らうと判断したのか、自分からは一切手を出さなくなったのだ。


「ヘイ! カモンカモン!」


 手招きして挑発してくる。


「まいったのう。攻撃してもらわんと、わしには勝ち目が無くなってしまう」


 やむを得ず、イズナは宙を飛び、自ら攻めかかった。


 その瞬間、ディック・パイソンの目がギラリと光った。


「ここだーーー!」


 イズナの飛び蹴りを華麗にかわすと、着地して隙だらけのところを狙って、必殺のラリアットを打ち放つ。


 カウンターで放たれたラリアット。それは、並の者なら、回避不可能な一撃。


 だが、イズナは――いや、宝条院レイカは、並の者ではない。


 ありえないほど柔軟に体を倒して、ディック・パイソン渾身のラリアットをかわしてしまう。


「なにぃぃぃ⁉」


 驚く間もなく、再びディック・パイソンはイズナの腕に吸い込まれ、空中へと弾き飛ばされた。


「わああああ⁉」


 錐もみしながら落下してくる巨体を、イズナは宙に飛んでキャッチし、地面へと叩きつける。


 ディック・パイソンの体力ゲージは、この瞬間、ゼロになった。


『KO!』


 カンカンカーン! というゴングの音とともに、システムボイスが決着宣言を告げる。


「やったー! さすがレイカっち! 強い強ーい!」


 サーヤはバンザイしながら、我が事のようにピョンピョンと跳びはねて、イズナの勝利を祝ってくれた。


 しかし、勝利を収めたというのに、イズナは浮かない顔をしている。


「うーむ、素直には喜べぬのう」


 一つには、一撃必殺だと思っていた当身投げが、ディック・パイソンには二撃必要だったこと。


 もう一つには、WPを全て失ったディック・パイソンがこれからどうなるのか、その処遇が気になっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る