第10話 崖っぷちレスラー
「さあ、これで、レイカっちのWPが増え――」
「増えておらんぞ」
「え⁉」
「それどころか、そもそもWPなどというステータスも存在せん」
イズナは何度もステータス画面を見たから、間違いない。
そこへ、ナナからの限定通信が入ってきた。
『まあ、そんなところかと思っていたわよ』
かなり呆れた感じの声だ。
『どういうわけじゃ? なぜ、この宝条院レイカにはWPが存在しない』
『ラウンドガールにそんなもの必要だと思う? というか、運営側のアバターよ。万が一WP切れになったら、大変なことになっちゃうじゃない。だから、最初からWPは存在しないの』
『すると、ジャッジメントが、双方の残WPを賭けて争えと言ったのは』
『何を馬鹿な勝負してるんだ、こいつらは、って内心思ってたでしょうね。そもそも意味が無いんだもの』
『う、うむ……それはそうじゃのう』
通信を切ったイズナは、その場でしゃがみ込んで頭を抱えているディック・パイソンの肩を、ちょんちょんと指でつついた。
「どうやら、お主、助かったようじゃぞ」
「……なんだと?」
「わしにはそもそもWPが無いらしい」
「ぬおおお⁉ それは、本当か⁉」
慌ててディック・パイソンは自分のステータス画面を開いたようだ。イズナの目には何も映っていないが、ディック・パイソンは空中を見ながら、うおおお! と歓喜の声を上げている。
「繋がった! 首の皮一枚繋がった! よしっ!」
「よしっ、じゃないってば」
サーヤがすかさずツッコミを入れる。
「WPの残り1なんでしょ。今日だけしか生き延びられないじゃん」
「う、ぐ、そ、それは」
「そんなあんたと戦っても旨味が無いし、誰も勝負を受けないと思うよー」
「それは困る!」
頭を掻きむしり、ディック・パイソンは苦悩の様子を見せた後、いきなり地面にひれ伏して土下座をした。
「頼む! 俺はこの世界を追い出されるわけにはいかないんだ! 手助けしてくれ!」
「はあ⁉ なんで、うちらが、あんたのこと助けないといけないわけ⁉」
「いいじゃろう、話を聞くぞ」
「レイカっち! 優しすぎか!」
ディック・パイソンは面を上げて、まるで聖母でも拝むかのような目つきで、イズナのことを見てきた。
「本当に、俺の話を、聞いてくれるのか?」
「あーもう! 無視して、無視して! って言うか、うちとの約束があるでしょ! 山天のコスメを買いに行くっていう!」
「いや、まだ、それは約束しておらんが……」
困ったのう、とイズナは顔をしかめる。中身は男だが、外見は美少女バニーガールなので、その表情ひとつ取ってもセクシーだ。
そんなイズナに対して、足元にすがりつかんばかりの大男ディック・パイソンと、さっさと山天へ連れていってしまおうと腕を引っ張ってくるギャル忍者サーヤ。
これはどういう状況じゃ、とイズナは肩をすくめた。
「サーヤ殿。まずはディック・パイソンの話を聞きたい。それが済んでから、お主の用件に付き合う。それでいいかのう?」
「しょーがないなあ」
サーヤはため息をつき、イズナの腕から手を離した。
「で、あんた。話ってなんなの」
「まずは、俺の身の上から聞いてくれ。俺は現実世界でもプロレスラーなんだ。名前は
「長い! もっとコンパクトにまとめて!」
「――借金がかさんで破産寸前なんだあああ!」
ものすごくわかりやすい。
イズナとサーヤは、お互いに顔を見合わせた。
「この双天では、現実世界のマネーも稼げるんじゃったかのう?」
「そうね、暗号通貨になるけど、しっかりお金になるよ。WPとは別に、戦闘報酬とかでもらえるの。闘技場での試合に勝ったら、もっと稼ぐことが出来る。だから、腕に覚えのある人は、この世界へ乗り込んでくるわけ」
「しかし、ゲームなのじゃろう? 現実世界で強かろうと、このゲーム世界では、コントローラーさばき等の上手さがものを言うのではないか?」
「レイカっち……何も知らないの?」
「恥ずかしながら」
「変なの。ラウンドガールなんて、運営側のはずなのに。ま、いいや。共有画面開くから、これ見てちょうだい」
サーヤは空中に向かって、弧を描くように手を振った。
その動きに合わせて、スクリーンが表示される。それは、イズナやディック・パイソンも見ることの出来る、共有画面だ。
このゲーム「双天戯」のWEBサイトが映し出される。
そのうちの、「ABOUT」と書かれたアイコンを、サーヤはタップした。
画面に、カプセル型のゲームマシンが表示された。
「このカプセルの中に入ってプレイするのが、このVRMMOの世界。完全没入型のゲームね。昔のゲームと違うところは、ゲーム的なコントロールだけじゃなくて、現実世界での身体能力とかを反映させることも可能、っていう点。だから、ゲームは苦手だけど実際に戦ったら強いんだぞ! っていう人にもチャンスはあるの」
「なるほど。それで、ディック・パイソン、いや、丸舘速雄殿は、自身の力を生かして、この双天にてマネーを稼ごうとしているわけか」
「結局、ボロ負けに負けを重ねて、WP1まで落ちちゃってるんだけどね」
共有画面が閉じられるのと同時に、ディック・パイソンはその巨体に似合わず、めそめそと泣き始めた。
「どうしたらいいんだあ、俺はあ。もう首をくくるしかないのかあ」
やれやれ……といった感じで、イズナはため息をつく。
なんとなく、放っておけなかった。
「わしでよければ、力になろうかのう」
「ちょちょちょ、レイカっち⁉ マジで言ってんの、それ⁉」
「大マジじゃ」
「WP1のちょー弱々プレイヤーだよ! レイカっちがいくら協力しても、本人が勝てなければ、意味ないでしょ!」
「そこを、なんとかする」
イズナには特に秘策があるわけでも、確信があるわけでもない。ただ、なんとなく、このディック・パイソンという男を見捨てられない、それだけの理由で彼に力を貸そうとしていた。
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