第17話 意図せぬトラブル
「そんなことが……」
イズナの話を聞き終えたヘキカは、愕然とした表情で、呟いた。
信じたくないのだろう。だが、イズナのことを信頼している彼女は、否が応でも信じざるを得ない。
「しかし、お主が、わしを追ってきたのでなければホッとした。せっかく第二の人生を得られたのじゃから、ここではゆっくり過ごしたいところ、お主さえ黙っていてくれれば安心じゃ」
そこで、なぜか沈黙が流れた。モール内の喧噪がにわかに大きくなって聞こえてくる。
ヘキカは青い顔して黙っている。
嫌な予感がしたイズナは、彼女に尋ねた。
「まさか、お主、他の者にわしのことを伝えたのではなかろうな?」
「そ、そんな事情とは知らなくて……」
「誰に、何を伝えたのじゃ?」
「雷蔵様に……お兄様が操っているのではないかと思われるアバターがいる、って……メールで」
「なんと」
「ごめんなさい! てっきり、雷蔵様は味方だと思っていたので――」
と言っている最中に、ヘキカは急に虚空を見て、ビクンと体を震わせた。何かが起きた様子だ。
「どうしたのじゃ?」
「大変……! お兄様から、メールが返ってきました!」
「何と書いてある」
「『自分もそっちに行く』って……!」
「ふむ、それはまずいのう」
イズナはあまり焦った感じでもなく、のんびり、そう言った。ヘキカに見つかった時点で、ある程度は忍びの里の者達に見つかることを覚悟していた。いまさら、慌てるようなことでもない。
が、ひとつ疑問がある。
「雷蔵は、このゲームのプレイヤーなのか? いやに、あっさりと、こちらへ来ると言ってきたもんじゃな」
「実は、お兄様が亡くなった後、動きがあって……」
そこまで言いかけたところで、ヘキカはいきなり席を立った。
「お兄様、一旦、別れますね。雷蔵様がログインしてきました」
「もう来たか。早いのう」
「ファストトラベルで、フレンド登録しているプレイヤーのところへ瞬間移動が出来ます。間もなく私のところへ来るはず。だから、私、行きますね」
「わかった。また会おう」
「あ、そうだ。お兄様、ここのお代は――」
「わしが払う」
「すみません! それじゃあ、失礼します!」
足早にヘキカは喫茶店から出ていった。
残されたイズナは、しばし、クリームソーダを堪能していたが、やがて飲みきったので、さて、自分も店を出るか、と動こうとして、ハッと気が付いた。
この世界の通貨もまた、WPであると、以前聞いていた。
だが、宝条院レイカにはWPの概念が存在しない。
「うむ⁉ これはまずいのう」
このままでは無銭飲食になる。
コマンド画面を表示して、ダイレクトメールの機能が無いか、探す。サーヤかディック・パイソンに連絡して、代わりに払ってもらおうと考えていた。
だが、慣れないUIに手こずっていると、店員が席までやって来て、ニコリと笑った。
「お会計ですね」
「違う。まだじゃ」
「ご冗談を。クリームソーダとアイスコーヒーを飲んだではありませんか」
「手持ちがない。いま、友人達を呼ぼうとしておる。もうちょっと待ってくれんか」
「お金が無いのに、注文されたのですか?」
「うっかりしておったのじゃ。けれど、友人達が来れば、必ず払うゆえ」
「お金が無いのに、注文されたのですか?」
張りついたような笑顔を保ったまま、店員は同じ言葉を繰り返した。
どうやら、この店員は、アバターではなくて、コンピュータが操作するAIキャラのようだ。融通がききそうにない。
「……そうじゃ」
渋々、認めざるを得なかった。
が、それが良くなかった。
「ではジャッジメントを呼ぶしかないですね」
店員が笑顔でそう言った直後――
天井をすり抜けて光の柱が下り、その中にジャッジメントが降臨した。
「食い逃げの通報を受けました」
仮面の奥から澄んだ女性の声が聞こえる。ジャッジメントは容赦なく、イズナを裁く気でいる。
「じゃから、何度も説明しておるが、しばらく待てば友人達が来るので、それで支払ってもらうつもりじゃと……」
「残念ながら、ゲームのシステム上、そのようなことは出来ません」
「なぜじゃ」
「飲食店での支払義務は、飲食を終えた瞬間に発生します。そのタイミングで支払えなければ、無銭飲食となります」
「もし、そうなったら、どうなるのじゃ」
「アカウントのBANです。そして、これもまた残念ながら、IFの話ではありません。あなたはすでに罪を犯した。アカウントBANは逃れられません」
その瞬間、イズナは席を蹴って、喫茶店から飛び出した。
逃げたところで事態が好転するわけではないが、話の通じないジャッジメントを、これ以上相手しているのはまずい、と判断したのだ。
「逃がしませんよ」
ジャッジメントもまた、喫茶店から出てくると、空中を浮遊しながらイズナのことを追いかけてくる。そのスピードは、人混みに左右されない空中移動であるがゆえに、速い。あっという間に、イズナの背後まで迫ってきた。
「かくなる上は!」
イズナは逃げるのをやめて、ジャッジメントと向かい合った。
相手はゲームのシステムそのもののようなジャッジメントだ。圧倒的に不利である。しかし、たかだかうっかりミスでアカウントBAN=殺されるのは、たまったものではない。
覚悟を決めて、戦うしかなかった。
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