第18話 ジャッジメントとの戦い
「私と、戦う気ですか?」
ジャッジメントは小首を傾げた。その仮面の奥では、きっと目を丸くしていることだろう。
「驚きました。あなたは、このゲームの仕組みを知らないのですか?」
「知らぬ。それゆえに、恐れはない」
「無知は誇るようなことではありませんよ。ましてや、あなたは運営側の人間。まさかジャッジメントである私の強さを知らないなんて、そんなわけが――」
「知らぬものは、知らぬ」
左右にショップが並んでいる、モールのど真ん中で、一触即発の雰囲気で対峙しているバニーガールとジャッジメント。
その異様な光景に、なんだなんだ、と野次馬が集まってくる。これらの野次馬は、全員がプレイヤーなのか、コンピュータによるNPCも混じっているのか。
あっという間に、周囲はギャラリーで囲まれ、ワイワイと賑やかな様子になった。
『もう、何も言えないわ……あんたの馬鹿さ加減には、ほんとうんざり……』
限定通信で、ナナの呆れた声が聞こえてくる。
『今回は、わしのミスじゃから、すまんのう』
『謝るんだったら、最初から喧嘩売らないでよ』
『それはそれ、これはこれ、じゃ。成り行き上、仕方がなかった』
『でも、マジで、ジャッジメントには勝てっこないわよ』
『はてさて、やってみんとわからんかもしれんぞ』
イズナは重心を落とし、いつ相手の攻撃が来てもいいように、臨戦態勢へと突入する。
それに対して、ジャッジメントは、直立不動のままだ。
「愚かな」
その言葉とともに、相手は両手を前に突き出してきた。
「消し飛ぶといいわ!」
カッ! と閃光が走り、ジャッジメントの両手の平から、極太のビームが発射された。
すぐに、イズナの『絶対回避』が発動し、何もしなくても身をかがめて、ビームを回避した。
直後、ジャッジメントが一気に間合いを詰めてきた。
鋭い手刀を繰り出し、イズナの喉笛を貫かんとする。しかし、その攻撃を、イズナは紙一重でかわすと、逆に相手の腕を掴んで、後方へと投げ飛ばした。
空中へ飛ばされたジャッジメントだったが、宙のど真ん中でピタリと静止した。彼女は飛行可能だから、投げられても、すぐにリカバー可能である。
「ふーむ、螺旋蛇を決めるのは、難しいかもしれんのう」
イズナは次の一手を考え始めた。
投げ技をかけようとしても、あの感じで空中でストップされると、完全に無効化されてしまう。
かと言って、打撃技も軽くいなされそうだ。
ここは飛び道具が欲しいところである。
『何やってんの! 忍者なんだから、手裏剣くらい撃てるでしょ!』
ナナの怒声が聞こえてきた。
『しかし、いまのわしは何も持っておらんぞ』
『あのねえ、ここはゲームの世界よ! 格闘ゲーム、やったことないの? 飛び道具なんて、何も無い空間からでも出せるに決まってるでしょ!』
『ほう、それはいいことを聞いた。じゃが、やり方がわからん』
『私だってわかんないわよ』
『おい』
『普通は、選択したアバターが先天的に必殺技として持っているか、途中で必殺技として習得するか、どっちかなの。でも、あんたの場合、表の世界で忍者として使えた技を、ゲーム内でも使えている。だから――』
『なるほど。わしのイメージ次第で、飛び道具が放てるかもしれん、ということじゃな』
早くも状況を飲み込んだイズナは、腰に手を回し、そこから手裏剣を放つ動作を取ってみた。
が、何も起きない。
「何をやっているのかしら?」
ジャッジメントの冷たいツッコミが入る。
「ぬん! 手裏剣よ、出よ!」
今度は声を出してみるが、やっぱり、ただ無意味に手を振るだけに終わってしまった。
「飛び道具を出したいのですね。でも、あなたはただのラウンドガール。そのような能力は持っていません」
「やってみんと、わからんじゃろ」
とは言うものの、イメージしただけでは飛び道具を出せない。もっと、何か方法があるのかもしれないが、このゲームの仕組みがわからない以上、さっぱりだ。
打つ手なしか、と思っていたところで、突然、
「ふはははははははは!」
モール全体を震動させる、大きな笑い声が響き渡った。
「何やら、楽しいことをやっておるな! 我も混じらせてもらおうか!」
ズシンズシンという重たい足音とともに、現れたるは、チャンピオンの無敗王マグニ。バグったのかと思えるほどの巨体は、一般人が多いモールの中ではひときわ浮いて見える。
「ええい、事態をややこしくするでない!」
「宝条院レイカよ、我に恥をかかせたこと、忘れてはおらんぞ!」
「いまはそれどころではないのじゃ!」
「我の話を聞けい!」
「そっちこそ、わしの話を聞け!」
ジャッジメントを放置して、二人は言い合いを始めた。
所在なげに空中で止まっているジャッジメントだったが、やがて、地上に降り立つと、二人の間に割って入った。
「そこまで。いまは、私が宝条院レイカと戦っているところです。邪魔しないでください」
「ジャッジメントよ、その戦いの権利を、我に譲れ」
「断ります。この宝条院レイカは、無銭飲食を働きました。このゲーム内における犯罪行為は、BANの対象となります。ゆえに、私は、この人を裁かねばならないのです」
「我がチャンピオンになった時の特典、まだ使っていなかったな。それを、いま、ここで行使させてもらおうか」
「特典……まさか」
「『ゲームシステムを一箇所、好きに改造できる権利』。我は、それを、いまこの場で使う」
「こんなところで、ですか? あなたの持つ、その権利は、強力なものですよ。もっと有用なことに使うべきでは」
「それを決めるのは我だ。お前ではない」
ニヤリとマグニは笑った後、高らかに宣言した。
「決めたぞ! この双天において、飲食は無料! タダだ! 適用は本日の〇時からとする!」
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