第22話 目指すべきゴールは
ゲーム内世界の時間と、現実世界の時間は、リンクしている。
現実に夜であれば、ゲーム内も夜になる。
サーヤとディック・パイソンは、それぞれ、現実世界での眠りにつくためにログアウトした。さっきまで、そこにいたアバターが急に姿を消すのは奇妙な感じがするが、これがゲーム世界であるゆえ、である。
イズナは自分の部屋のベッドに横たわった。
全然眠気が来ない。
眠りにつくべき時間なのに、まったく眠くないというのも、なんだか落ち着かない。じゃあ、外に出るかというと、それもまた面倒に感じた。今日はいっぱい戦ったから、気分的には休みの時間が欲しかった。
『のう、ナナ殿。起きておるか』
『起きてるわよ。なに?』
『わしはこの先、どうなるのじゃろう』
『そんなの知らないわよ。私に聞かないで』
『それもそうじゃな』
我ながら、相手を困らせることを聞いてしまった、とイズナはおかしくなり、クスッと笑った。
ベッドに横たわっていてもしょうがないので、起き上がり、窓際へと寄ってみた。
百万ドルの夜景とでも言うべきだろうか、暗闇の中に、明かりの海が広がっている。海天の街は夜になっても、まだまだ活動中だ。
海を挟んで、遠く彼方にも、ポツポツと明かりが見える。あちらは山天のほうだ。
この広大な空間を、全てゲーム世界として構築しているのだったら、とても膨大なデータ量だと言える。どこまで作り込んでいるのだろうか。例えば空を飛んでみたらどこまで行けるのか、海の中に潜ったらどこまで潜れるのか、気になるところだ。
『ナナ殿は、このゲームをどこまでやり込んだのじゃ?』
『私は運営側よ。ラウンドガールとして与えられた役割以上のことは、したことがないわ』
『ここまで作り込まれた世界じゃ、少し自由に遊んでみたいとは思わなかったのかの?』
『余計なことをして、クビになるのだけは避けたいから』
『それでは、わしが好き放題暴れておるのは、お主にとってヒヤヒヤものというわけじゃな』
『当たり前でしょ、そのうち、上司から怒られるに違いないわ。ああ、もう、言い訳どうしよう……』
『わしをかばってくれるのか?』
『一応、ね。データの世界とは言っても、生きている人間である以上、BANさせるわけにはいかないわよ』
『かたじけない』
イズナの胸に感謝の念が湧いてきた。自分が生き延びられるかどうかは、ナナの行動にかかってくる、というわけだ。迷惑かけっぱなしである上に、さらに頼らなければいけないということに、申し訳なさも感じている。
『ゴール地点を決めたほうが良さそうじゃの。いつまでも、お主に頼り切りでは、迷惑をかけてしまうからのう』
『それって……でも、二つくらいしか道は無いと思うけど』
『二つとは?』
『このゲームのサービスが続く限り、ゲーム世界の中で生きていくか……あるいは、現実世界に戻るか』
『現実世界に戻る方法があるのか⁉』
『知らないわよ。無理だと思うけど、一応選択肢として入れてみただけ。ゲーム世界が嫌だったら、現実世界に戻るしかないでしょ』
『とは言え、わしの肉体はすでに死んでおるしのう……』
しばらく沈黙が続いた。
夜景を眺めながら、ああでもない、こうでもない、とイズナは考えている。恐らく、ナナも頭を悩ませていることだろう。
『だけど、現実世界に戻りたいって、思う?』
『それはどういう意味じゃ』
『話は全部聞いたわ。忍者の里から追われてて、命を落としたんでしょ。現実世界に戻っても、また同じことの繰り返しになるんじゃないの。だったら、ゲーム世界にずっといたほうが、気が楽なんじゃない?』
『確かに、そのほうが安心かもしれん。じゃが、ここも安全とは言いきれんかもしれないぞ』
『どうして?』
『雷蔵がやって来た。わしの存在に気が付いているようじゃ。さらにはヘキカがわしの正体を知ってしまった。もしも雷蔵がなりふり構わず、ヘキカを尋問でもすれば、この宝条院レイカが霧嶋イズナであるとバレてしまうかもしれぬ』
再び沈黙が流れる。
ゴール地点、と言っても、なかなか良い道筋が見つけられない。もちろん、イズナにとって一番の理想は、岩永の里の者達に気付かれずに新しい人生を送ることである。それさえ果たせれば、現実世界でも、ゲーム世界でも、どちらでも構わない。
しかし――それでいいのだろうか、とイズナは悩んでいる。
自分がそもそも抜け忍になったのは、岩永の里が犯罪行為に手を出すようになったからだ。それを許さないからこそ、里を抜け出た。だが、自分さえ関与していなければ、それでいいのだろうか。ヘキカのように里の蛮行を何も知らない者もいる。そういった者達は、何も教えてもらわないまま、知らず知らずのうちに犯罪行為に加担させられるかもしれない。
そんなことを許してはいけない。
イズナは、かつての里を愛している。かつての岩永の里に誇りを抱いている。出来ることなら、昔の姿を取り戻したい。
(そうか、わしが望む、本当のゴール地点は……)
岩永の里を元の姿に戻すこと。
自分が生きるか死ぬか、という問題以上に、里のことを何とかしたい、と思っている。
ならば、何をすべきか。何が出来るか。
そんなことを考えた、その瞬間――
突然、窓ガラスが割れた。
肩に衝撃が走る。ゲーム世界ではあり得ない、激痛が、伝わってきた。
「ぬう⁉」
肩口を見てみると、銃創が開いている。ご丁寧に、血まで飛び出してきた。即座に、イズナは肩を押さえて、身をかがめた。
『誰かが狙撃している! 気を付けて!』
ナナの警告を受けて、イズナは思わず引きつった笑みを浮かべた。
やれやれ、このゲーム世界も、わしをおとなしく休ませてはくれないようじゃな、と思いながら、さらに考えを巡らせた。
狙撃してきたのは何者か? 雷蔵なのか、それとも別の者なのか。
まずはそれを推理することから始めた。
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