第17話 良い道しるべ
鈴華より「妖魔に憑かれた少年を新たな団員に加える」との一報を受けたとき、電話の向こういた煉士は酷く驚かされた。
当然だ。いつも唐突に妙なことを言い出す鈴華でも、今回は流石にいきなりが過ぎる。
(いや……いくらなんでも無茶だろ)
煉士はあんぐりと空いてしまった口を塞ぐことができなかった。
けれど、口下手な自分には上手く言い返すこともできず。結局、無言のまま受話器を握りしめることしかできなかった。
『もう決定事項だから。仮に煉士さんがどんなにお土産を買ってきたとしても、意見を変えるつもりもないからね。……あっ、けど甘いものなら考えなくもないかなー♪』
(さては団長……遠回しにお土産を頼みたいだけなんじゃ……)
「海外土産なんだから、とびきり珍しいのがいいなー♪」
煉士は普段から、思ったことをハキハキと喋ることのできる鈴華を尊敬しているし、憧れもしている。
ただ、こういう時だけは無性に腹が立つのはなぜであろうか。
『それに周哉くんは、貴方に似てると思うんだよ』
「俺にですか?」
不意に投げかけられた言葉に煉士は思わず聞き返す。
(その新メンバーも俺みたいな強面なのか? それとも人とのコミュニケーションが極端に苦手なのか?)
『いやいや、そうじゃなくてさ。貴方の来歴と、彼が置かれている現状が近しいって意味だよ。────煉士さん。貴方は人工吸血鬼(アークパイア)に成る前から、すでに人外の力を宿してるんだから』
我々の世界には多くの「人外」が溶け込んでいる。だから、混血者(デミ)の存在もあり得ないものじゃなかった。
煉士の場合は、父方の血筋に「人狼(ヴェアボルフ)」が混じっていたらしい。幸いにも外見に獣らしい形相こそ現れていなかったが、夜間に限り血中にアドレナリンが過剰分泌され、彼の身体能力を跳ね上げるのだ。
通常のアークパイアより操作できる血液量が多いのも、体外での血液造形を苦手とするのも、その血縁ゆえであろう。
「正直、真夜中に煉士さんと殴り合ったら、勝てる気がしないな」
(……嘘つけ。……荒れてた頃の俺をボコボコにしたのは、他の誰でもない団長だろうに)
「あれ、そうだっけ?」
電話越しの鈴華はケラケラと笑っていた。
冗談はさておき、夜間に煉士が発揮する怪力は、誰の目からみても異様なものである。
おまけに人と話すのが苦手なせいで、極端な誤解を受けることだって珍しくなかった。
面倒な輩に絡まれ、乱闘騒ぎを起こしてしまったことだって一度や二度じゃない。
(…………)
自分に絡んできた連中の一人がナイフを抜いことだってあった。
けれど、その後の結果は散々なもので。数カ所の打撲で済んだ煉士に対し、襲って
きた連中は半数が病院送りとなったのだ。
(……「バケモノ」だの「怪物」だの。……さんざん言われて、怖がられたよな)
「その周哉って新人も、身に余る力に悩んでいるんですか?」
「そうだね。だから、煉士さんにも彼を気にかけてやって欲しいんだよ」
「……気にかけてやるって、……俺にはそういうのも向いてない気が、」
「大丈夫だよ。煉士さんは人を傷つける側から、助ける側になれた人だ。そんな貴方だからこそ、周哉くんにも良い道筋を示すことができると思うんだ」
ただ、そう言われたからといって自分に何か良いアドバイスが出来るとも思えない。
それどころか年下の新人とどう接すれば良いのかも疑問だった。
(俺なんかに新人の教育が務まるのか? 増して、その子は俺のように先天的なものじゃなくて、後天的に力を授かったんだ。きっと俺以上に困惑しているだろうし、悩みだって、)
その長々とした無言で、鈴華はきっと此方の内心を察したのであろう。
彼女はいつもの調子で軽口を叩く。
「大丈夫、煉士さんは優しいから、きっと彼の良い目標になる筈だよ。これは団長としての確信さ」
◇◇◇
ここはビル内の一室であった。壁を突き破った結果、周哉は頭から突っ込むことになったのだ。
「うぐッ……」
部屋中は至る所が焼け焦げているが、そのシルエットから元がどういうレイアウトをしていたのか、大まかに伺うことができた。
あれはソファで、これはテレビ。あちらは冷凍庫で、こちらはハンガーラックと言ったところであろうか?
「畜生ッ……」
ここには確かな生活感と、誰かの日常があったのだ。
痛む額を抑えながらに、周哉はヨロヨロと立ち上がる。
羅刹──桜ラ吹雪。圧縮した熱を螺旋状に放出するというシンプルながらも、十分な火力を秘めた一撃だ。
けれど、周哉の頭には疑問符が浮く。
「……なんで、僕は無傷なんだ?」
防火服の端々こそ焼け焦げているものの、致命傷が何一つない。
だが、そんな疑問も視線を前にやることですぐに解決してしまった。
目の前にあるのは、大きな背中であった。
きっと自分を庇うために割って入ったのであろう。その防火服はほとんど炭化し、剥き出しになった上半身は夥しい火傷に覆われている。
「煉士さんッ……⁉ どうして……⁉」
アークパイアの再生能力をもってしても、完治できるかどうか。それだけの重症であった。
鼻腔の奥を突く錆臭さは、きっと血の匂いであろう。
「ぐっ……」
煉士は膝から崩れながらも、言葉を紡ぐ。
「俺は鈴華団長みたく口が回るわけでも、火垂副団長みたく頭がいいわけでもない。だから、新人。お前には思っていることをそのまま言う────責務を果たせ、〝第十四特務消防士団〟所属・明松(かがり)周哉」
彼に「新人」以外の呼び方をされたのは初めてであった。いつだったか、鈴華に問われたことを思い出す。
────ひとつずつ答えを探したまえ。君にはいったい何が成せるのかを?
果たして自分には何ができるのか? その答えを、今、この場で出せるわけじゃなかった。
「僕は……」
ただ鈴華や煉士に、「どうなりたいか?」を問われれば答えは明白である。
「僕は……ッ!」
「助けて」と訴えたあの少女を。自分を庇ってくれた煉士を────そして、ビルに取り残されている救護者たち全員を救いたい!
「ん? 小僧の方を燃やしたつもりが、デカい方を燃やしちまったみてぇだな」
破られた壁の向こうから、ゆっくりと鬼丸が踏み入ってきた。
「あぁ、なるほど、お涙頂戴ってやつか。いいねぇ、ベタだけど嫌いじゃないぜ」
醜悪な笑みを称えた口元が、溶かされたガラスのように引き延ばされた。
二人の驚異度で言えば、経験を積んだ煉士の方が遥かに上だ。そんな猛者が自ら、リタイアしてくれたのは鬼丸にとって幸運に感じたのかもしれない。
「それにしても、小僧。ちょっと会わない間に……つっても数秒なんだけどさ。なんか雰囲気変わったんじゃねぇか?」
「……うるさい」
「ははっ、まぁ、別に何でも良いよな! んじゃ、さっさとテメェも倒して、あの餓鬼をさらわせて貰おうじゃねえかッ!」
「……天王寺鬼丸だったな。お前が何を企んでるかなんて、僕は知らない。ただ、最後通告だ。今ここで炎を消す気は」
「ないねッッ!」
鬼丸が怒号を上げて、スタートを切る。
膨張させた足元の空気を、ジャンプ台代わりに蹴り抜いたのであろう。その踏み込みさらにもう一段加速する。
「…………」
目で追おうとしても、あの速さはダメだ。
山勘頼りでカウンターを狙うほうがよほど現実的と言えた。
そして、イメージするんだ。
この劣勢を覆すビジョンを。鬼丸を打倒し、救護者を救うビジョンを────
「蒼炎 ・モードBOOST(ブースト)ッ!」
周哉は蒼炎の解禁を決意する。
これまでも炎を用いて反撃する機会は幾度となくあった。けれども、その力は強大であると同時に、暴発の危険が付きまとう諸刃の剣だ。
家族を焼き、コントロールのミスで火垂にも風穴を開けそうになった。そんな経験をしたからこそ、周哉は無意識の自らへリミッターを設け、内側に眠る妖魔に頼ろうとしなかった。
だが、それもここまでだ。
(僕に憑いてるんなら、力くらい貸しやがれッ!)
責務を果たすため、呑気な言い訳を並べている余裕はない。文字通りの全力を────
「ぶっ飛べッッ!」
迫る拳を潜り抜け、周哉もまた握りしめた鉄拳を前へと突き出した。
「だーから、種も仕掛けもねぇって……ん?」
鬼丸も咄嗟に反応し、自らの前方を空気の壁でガードした。
けれど、一手遅読み違えたのだろう。
「ぐっ……! さっきより勢いがッ!」
鮮やかなカウンターブローが鬼丸の頬へと突き刺さる。
「まだだッ! ────蒼炎・モードBURST(バースト)ッッ!」
周哉の両拳にもまた、極小にまで圧縮された炎の塊が握られていた。
その熱で後方の空気を加熱。そのまま膨張した勢いを拳に乗せることで、鬼丸の防御壁を相殺したのだ。
周哉は静かに瞳を閉じる。
空気膨張で拳を加速させると同時に、体温を上げて血の巡りをよくしてみたけれど、煉士のようには上手く行かない。
「もっとイメージを明瞭にしなきゃだめだ」
アークパイアの紅血と、妖魔の蒼炎の双方を使いこなす────そんなイメージをもっとクリエイティブに形作るのだ。
「このッ……洒落くせぇじゃねか!」
「一番。赤血刀ッ!」
爆ぜる桜ラ吹雪を、造形された刀剣は撫で斬りにしてみせた。
アークパイアの紅血が秘めるは人外への「特効」。降り掛かる焔を払うよう、周哉は刃を振るう。
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