第38話 蒼恋語り
人工吸血鬼(アークパイア)×妖魔から放たれる膂力に、蒼炎の推力を併せた「一本背負い」は単に蒼恋を投げるだけで終わらない。
彼女が叩きつけられた床は倒壊。それでも尚、勢いは止まることなく六階から地下一階までを垂直降下にブチ抜いた。
建物自体の耐久性にも問題があったのであろう。二人は空中へと投げ出され、落下する。
「うぐっ……!」
咄嗟に受け身をとるも、全身を突き抜ける衝撃は防ぎきれない。
それでも周哉は、痛みを噛み殺しながらに思考を回す。果たして一緒に落下した蒼恋はどうなったのか? と。
舞い上がった粉塵に遮られた視界の中で、彼女がどう落下したのかを知る術はない。普通に落ちたのならば、相応のダメージを負うはずだが、同じように受け身を取られていたらどうだろうか。
五感を研ぎ澄まし、集中力を上げる。そして、背後から迫る殺気を牽制した。
「そこかッ!」
周哉が振り返り、臨戦態勢をとると同時でだ。舞い上がった砂埃が晴れ始め、次第に向こうのシルエットが見えてくる。
けれど、それは長身である蒼恋のものと明らかに違っていた。
小学校低学年くらいの背丈に、額から生えた短なツノ。ボロ切れ同然の布を纏い、そこから覗く手足は異様に細い。
「まさか……妖魔の子供なのか?」
それも一人ではなかった。
「た、立ち去れ、人間め!」
「そ、そうだ我らの姐様に手を出すなッ!」
粉塵が晴れた向こうには、同じように痩せ細った少年少女らが周哉を睨んでいた。その数、およそ二十人程度。
「君たちは一体、」
「その子らに触れるなッ! 其方の相手は妾であろうがッッ!!」
ぶつかってきたのは蒼恋の怒号と凄まじい「圧」だ。
「人間の童っぱよ。弟に次いで、その子らにも手を掛けてみろ。魂のひと欠片まで焼き尽くすぞ」
目の色を変えた彼女は額に負った傷を抑えながらも、これまで見せようとしなかった一面を爆発させる。
「お前らもじゃッ! 妾が一度でも人間の相手をしろと命じたか? 否、振り返らずまっすぐ逃げろと命じた筈じゃろうッ!」
「け……けど、それじゃあ姐様や、黒衣衆の兄様たちが!」
「いいから失せろ! 貴様らのような役立たず、この場にいても何の役にも立たんのじゃから!」
さっきまでのお気楽な様子とはかけ離れた苛烈な口調だ。けれど、辛そうに吐かれた言葉から、彼女の真意を読み解くことは容易であった。
遂には粉塵も完全に晴れ、ここが狭い一本路地であったとことに気付かされる。こんな寒々しい通路の用途などたった一つであろう。
「避難経路か……」
「元々あった地下フロアを改装したんじゃよ」
妖魔の子供らが次々と、自分の小脇を抜けていく。
「それじゃあ、この子供達もお前の弟や妹なんだな」
「血を分け合ったのは鬼丸一人じゃ。……けれど、あの子らも妾にとっては家族同然。可愛い弟や妹たちじゃよ」
「可愛い弟や妹」たち、というフレーズに周哉は若干の違和感を覚える。
そんなに大切だと言うのなら、あの子供達はどうして、あそこまで見窄らしい姿をしていたのだろうか?
「あの子らは炎を操ることも灰人を作ることもできん。それどころか人を殺す力も持たんのじゃ。だから追うな。追うたら其方を殺す」
「分かった……けど、あの子供達は何なんだ?」
「ハッ。まぁ、天下の人間様には妾らの惨めな暮らしなど想像ができんか」
彼女は自嘲混じりに吐き捨てる。
「食うものがないから、あそこまで痩せ細った。着る物がないから、あそこまで汚らしい格好をしておる。妾ら大人だって同じじゃ、働かなくてはならんから食うて、服装を整えてるだけで、自分の飯と衣をあの子らに分け与えられたと幾度も思ったことさ」
どうにもイメージがズレる。
周哉が知る「羅刹衆」とは暗殺や傭兵業を生業とした武闘派集団だった筈だ。
「強者に非ずんば羅刹衆に在らず。羅刹衆に非ずんば生きる価値有らず」というほどの掟を掲げるような連中に限って、こんなことがあり得るのだろうか?
「のう、童っぱよ……妾ら妖魔は夜族(ヴァンパイア)や龍族にこそ劣るも、個人であれば他の追随を許さぬほどの強さを秘める。そんな妾らが、どうしてこんな風に息を殺すような生活を営んできたか分かるか?」
「……分からない」
「だろうな、虐げてきた者たちの気持ちなど考えたこともないのだろう。良いか? 其方ら人間は数が多いのじゃ。妾ら妖魔がどれほど強くなろうとも敵わぬくらい、其方らの数は圧倒的に多いのじゃよ」
絶対的な個であろうとも、多数の暴力には敵わない。だからこそ、彼女らは人に従うことを選んだのだと、蒼恋は語る。
「人に従う?」
「異国のものが訪れるようになった時代からじゃ。大政は異国から訪れる未知の人外を恐れておった。だから妾らが秘密裏に武力を提供したのじゃよ。外なる害意を排除してやる代わりに、最低限度の生活を保証してほしいと。……もっとも、妾たちの行いは記録から消され、『暗殺』や『傭兵業』といった薄汚い形で伝わっているようじゃがの」
蒼恋が語る内容の端々には、人間という巨大なコミュニティに対しての怨嗟が色濃く滲まされていた。
今にして思えば「多数決が嫌い」だと、彼女の弟も口にしていた。鬼丸が発露した怒りも、人間全体に向けられたものであったのだろう。
(……これ以上、彼女の話を聞いていいのか?)
不意に周哉の思考がブレーキを踏む。
蒼恋の語る内容と、そこに内包された怒りが、偽りのものだとは思えない。けれど、本来であれば自らの境遇をこうもベラベラと開示する必要もないのだ。
「…………」
聞手に同情感と罪悪感を与えるような巧妙な語り口は、あまりに出来すぎていた。
(きっと彼女は僕を躊躇わせようとしてるんだ。……けど、それは僕という脅威を完全に排除するためであって)
これ以上聞いてしまえば、決めていた覚悟がブレてしまう。
だというのに、彼女の話から耳をそらすことが出来ないのだ。
「途中までは人間との利害関係もうまく結べていたはずだったんじゃ。この国で悪さをしようとする連中を排除し、治安を守る。そんな役目を妾たちも誇らしく思っていた。────百年前の『蒼紅作戦』の日まではな」
百年前。それはヴァンパイアたちが皆殺しにされた時期とも一致する。
「人外の中でも飛び抜けて、群を抜いた強さを秘めるヴァンパイアたち。その掃討を妾らは命じられたのじゃよ。戦いは昼間のうちに決したさ、奴らが不得意する時間帯を攻めて、殆ど不意打ちのような形で命令通りに殺し尽くしたからのう」
けれど、「そこで死に絶えたのはヴァンパイアだけに限らない」と彼女は続ける。
「妾ら羅刹衆も前線に出た者は軒並み死んださ。しかも、妾らを襲う現実はもっと凄惨であった。なんたって武装勢力としての価値を失った妾らは大政から切り捨てられたのだからな」
だから羅刹衆というコミュニティはここまで失墜したのであろう。散々良いように使い倒されて、最後は捨てられたのだから、彼女らが怒りの業火を抱くのも当然のことであった。
「だから彩音さんを攫ったんだな?」
「……ん?」
周哉が思い出したのは、煉士の掲げた仮説であった。
「吸血鬼の血があればお前らは第二のヴァンパイアに成れるかもしれないッ! だからお前たちは、その力を手に入れて人間に復讐を果たそうとッ!」
蒼恋はしばし沈黙する。
けれど、彼女はすぐに小首を傾げた。
「何故、そうなるのじゃ?」
「えっ……だって。……お前らは人間を憎んでいて、……それでヴァンパイアの血を狙ってるんじゃ、」
「さっきも言ったであろう。数には勝てんと。何より、ただでさえ少ない同胞をこれ以上失いたくないんじゃ」
だとしたら、何故?
「それじゃあ、どうして、彩音さんにあんな酷いことを?」
「酷いことか。まぁ、そうじゃの。あんなのは鬼畜の所業であるな」
しかし、ここまでの蒼恋の主張にはブレがなかった。
だとすれば、執拗に彩音を付け狙い、攫ったのにもきっと理由があるのであろう。
「人外の寿命は確かに長い。けれど腹は空くものでのう。ところで童っぱよ。妾たち妖魔が何を喰うか知ってるか?」
「何を食うかだと……?」
「夜族が自ら殺めた者の生き血を啜るように、妾らは自ら燃やした者の灰しか喰らうことが出来ないのじゃ」
それが彩音を攫う理由になるのか? ……いや、そうじゃない。
「まさか……!」
周哉は自ら辿り着いた結論に、生理的な嫌悪感を覚えてしまった。
「奴らの再生能力は妾らのそれを上回る。例え手足を切り落とそうと、すぐに再生するのじゃから」
その手足を燃やし、灰を喰らうというのか。
「あの娘には祟られても文句は言えぬな。けれどな、妾とて一つの徒党の長を務める身。同胞を生かす為ならば、どんな非道にでもこの手を染める覚悟じゃッ!」
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