第39話 終幕の焔

蒼恋はずっと待っていた。周哉の拳から力が抜ける、その一瞬を────


◇◇◇


「けれどな、妾とて一つの徒党の長を務める身。同胞を生かす為ならば、どんな非道にでもこの手を染める覚悟じゃッ!」


 自らの境遇で同情を乞う姿がどれだけ惨めに映ろうと構いやしない。ただ、今は目の前の少年の戦意を削ぐのだ。


(この童っぱ、前に会うた時より格段に強くなっておる。何かキッカケがあったか? それとも心構えの問題か?)


 彼女が背負い投げによって負ったダメージは、外傷で見るよりも随分と大きい。 


 脊椎の一部を損傷したのであろう。立っている足はガクガクと震え、呂律を回すだけでも精一杯であった。


 ほとんど胆力で平気なフリをしているだけで、傷を再生する余裕もない。


(夜族(ヴァンパイア)の娘を手に入れる方法なら、後からいくらでも画策できる。とにかく今は、子供らと一人でも多くの同胞を逃さねば)


 そうでなくては、弟の自害の意味も失われてしまう。


「強者に非ずんば羅刹衆に在らず。羅刹衆に非ずんば生きる価値有らず」という羅刹衆の鉄の掟。それが出来た要因も、大政に捨てられたことがきっかけであった。


 一度切り捨てられた羅刹衆が、人間の世界で生きることは困難を極めた。それこそ明日の食糧を確保するのも精一杯だったのだ。


 弱い妖魔は自ら命を絶たねばならない。その慣習を言い換えるのであれば「口減し」。無能な者が生きるよりも、強い者や、これから強くなる者を生かす為。その為に自ら命を絶った同胞が何人いたかは蒼恋自身にもわからない。


(鬼丸よ。其方は消して、弱くなどない。……じゃから、情けないお姉ちゃんに力を貸してはくれぬか? この混ざり物の童っぱや、その仲間たちを討ち倒せるだけの力を。愛おしい同胞を救えるだけの力をッ!)


 それはまるで祈りが通じたようであった。周哉の結ばれた拳から力が抜けたのだ。


 勝機を確信した蒼恋は素早く、手印を結ぶ。


「羅刹────荒神紡ギ(あらがみつむぎ)ッ!!」


 蒼白い閃光がトップスピードで、周哉の左胸。即ち心臓を穿ってみせた。


「ははっ! バカな奴じゃのう、妾の長話に付き合いおうて。これが真っ赤な嘘じゃったらどうするつもりだったのだ?」

 さらに蒼恋は次なる手印を結んだ。

「虚ロ威シ(うつろおどし)ッ!」

 膨張した不可視の空気が押し出され、周哉の頭蓋を砕いてみせる。


「貴様は、あのヴァンパイアの娘を救うヒーロー気取りだったのであろうッ? 妾らは目障りな悪役で、鬼退治宜しく、最後は幸せな日常に戻りたかったと言ったところかッ?」


 もっと激しく感情を燃え上がらせるんだ。さもなくば自らが操れる蒼炎の火力が落ちてしまう。


「舐めるなよ! 青臭い理想しか知らん貴様の覚悟なんて、なんの価値もないんじゃ!」


 羅刹────夢想乱舞・虚エイ月蝕。再び蒼恋渾身の一撃が炸裂する。


「死ね。いっそこのまま死んでしまえ」


 今度は防ぐ猶予も与えなかった。散弾のようなレーザーが飛び散ると同時に、頭の骨を砕いた手応えもある。


 心臓を貫き、頭蓋に至っては二度も砕いた。

 

 ────では、何故だ? 何故、目の前の少年は倒れないのだ?


 人工吸血鬼(アークパイア)と妖魔の因子を併せ持つ、周哉の再生力は酷く不安定である筈。

 それに再生力の起点となる精神だって、これ以上ないほどに揺さぶったのだ。


(……なんじゃ、その再生力は。……その再生力はアークパイア程度のものじゃない……)


 周哉の傷口からは白煙が上がり、それが次第に塞がっていく。


(その力はまるで)


「天王寺蒼恋(てんのうじあおい)。いつだったか、お前は僕と似た者同士だと言ったな。そのことを認めるよ」


 双眸を見開いて。周哉は顔を跳ね上げる。


「お前と僕は同じ目をしてる。ヒーローになんてなれやしない。だけど、助けたい人たちの為に全力を尽くす────そういう凡人の目をしてるんだッ!」

 

◇◇◇


 きっと、周哉は自覚さえしていないのだろう。────その身に流れる血が彩音たちと同じ、オリジナルのヴァンパイアであることを。


 彼の力は休眠状態にあった。それ故に本人も自覚していなかったのであろう。


 だが、自らが妖魔に憑かれたことや、紅血血清を取り込むこと。そして覚醒状態にあるオリジナルのヴァンパイアと接触するなど、様々な要因が重なることで徐々にうちなる因子が活性化していたのだ。


(ッ……!)

 きっと遺伝した因子自体も、彩音以上に色濃いのであろう。


 どれだけ傷を負おうとも、決して倒れることを知らない。底なしとも言えるタフネスと、傷を一瞬で塞ぐ超再生能力は他の追随を許さなかった。


(なんで倒れないのかなんて、僕だって分からない。けど、そんなことはどうだって良いんだ)


 周哉は拳をキツく握る。


(僕は成したいことを成すだけなんだからッ!)


 心臓が脈打ち、血液が全身を巡るイメージで。周哉は自らの内に残る火力を全身に巡らせた。


 蒼い輝きが彼の全身を覆い尽くし、やがて、それは握り締められた拳の一点に集約された。


「羅刹────」


「まさか……貴様ッッ⁉」


 一点へと集約される蒼炎は周哉のものだけに非らず。蒼恋の身体からも炎が噴き出し、それが周哉の拳へと吸いこまれた。


「妾らの火力も吸収しているというのかッ⁉」


 炎は二人が落ちてきた頭上の穴からも雪崩れ込み、周哉の拳に集められる。


 吸収範囲はこの廃ビルに存在する〝全て〟の妖魔だ。それはデタラメな芸風であり、アークパイア×妖魔×ヴァンパイアの三つの因子を併せ持つ周哉にしか出来ない極致である。


「────夢想乱舞・明星命ジョウ(あけぼしみょうじょう)!」


 拳に集約されたすべての蒼炎は、限りなく小さな火球にまで圧縮された。けれど、その火球がエネルギーの塊であることに変わりはない。


 小さな街一つであれば容易に全てを焼き払うことが出来る。熱線として天に撃ち出せば、容易に月まで届くのであろう。


「これで終わりにしよう」


 周哉はそんな火球を握り締め、自らの口内へとそれを放り込んだ。


「……」


「……」


 僅かな沈黙。そして、周哉の全身から黒煙が吹き出す。


「……げっほ!! げっほ!! やっぱり、こうなりますよね。げっほ!」


 自らの煙に咽せ返る周哉。そんな姿をみて、ようやく蒼恋も目の前で起こった一部始終を理解したようだ。


「な、何をしてるのじゃ、其方は⁉ 何故、自ら炎を喰らうような真似を⁉」


「何故って……僕がこの廃ビルにある蒼炎を全部吸収したんだ。これでお前たちは戦うことも、自害することも出来ないだろ」


 そして、一度に大量のエネルギーを取り込んだ周哉自身もこれ以上立ってはいられなかった。


 口と煙を吐き出す姿は少しコミカルながらも、力なくその場に崩れ落ちる。


「童っぱよ。まさか、妾らに情けをかけたつもりか……?」


「……情けだなんて、僕にそんな器量はないよ。……ただ、お前らのことも助けたいと思ったから。だから今の僕にできる選択をしただけで、」


「ならば」と蒼恋が問うた。


「ならば、何故妾らを助けたいと思ったのじゃ⁉ 妾らはヴァンパイアの娘を攫う為に多くの人々を巻き込んだ。妾らは蒼い炎と共に災火を振り撒く、貴様らにとっての敵対者であるはずだッ!」


 周哉はその答えに少し迷う。


 けれど、最後はいつも通りの頼りない表情で答えた。


「誰かが助けを必要としているのなら、それに答える為に全力を尽くす。それが僕たち『第十四特務消防師団』だから……かな?」

 

◇◇◇


 全てが終わる頃には、もう夜も明けていた。昇る朝日に十四師団の面々が照らされる。

 

 彼らはプラン通りに桐谷彩音を無事に確保する。

 そして、廃ビル内に潜伏していた三十人前後の妖魔たちを〝要救護者〟として保護することとなった────


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