第37話 死力のリベンジマッチ
紅と蒼が幾度も交差する。
「陽動作戦とは狡い手をやってくれたじゃないか!」
「ッッ……お前が彩音さんにしたことに比れべれば、この程度ッ!」
周哉が手にした血棍と、蒼恋が手にした番傘は既に呆れるほどの打ち合いを繰り返している。両者一歩も譲らず、呼吸が乱れることもない。
「右を見ろッ!」
周哉は大きく声を貼る。それは無論、ブラフであった。
ほんの一瞬でも彼女の意識が右に逸れば、地面を這うように振るった血棍を当てることができる。
「フン。そんな子供騙しに乗るわけがないじゃろうて」
だが、蒼恋はそんな浅知恵が通じる相手でもない。
彼女は足元に炎を溜め跳躍。それで一撃を躱すどころか、大きく番傘を振り上げてのカウンターを狙ってきた。
襲ってきたのは筋繊維が引きちぎられるような感触と、異様な灼熱感。
「うぐッ……!」
けれど。番傘の先に肉を抉られながらも、辛うじて芯はズラせた。
「ッッ……この程度の傷なら、治しながらでも戦えるッ!」
「さて、それはどうじゃろうな? 妾らは互いに傷を直せるが、相応の体力は消耗し、流れた血も元には戻らんぞ。増して其方は人の身体に二つの力を無理やり捩じ込んだようなもの。再生力頼りの我慢比べであれば、不安定な其方より、純血たる妾に部があるが?」
蒼恋は勝ち誇ったように、瞳を細めてほくそ笑む。
彼女を取り押さえるにも、鈴華たちの応援が到着するまで持ち堪えるにも、まずはその余裕面を崩さなくては。
意外にも両者の操る火力はほぼ互角であった。これは周哉のメンタルが安定期に入ったことが大きな要因であろう。
だが、得物同士の立ち合いであれば、やはり数百年単で経験値を積んだ蒼恋に軍配が上がる。
彼女の番傘殺法の基本は古流剣術をベースとした「打ち」を基本としたものであるが、その気になれば棒術のように「薙ぎ」や「突き」を繰り出すこともできるのだ。
(……だけど、僕にだって一つだけアドバンテージがある)
周哉のアドバンテージ。それはこの対面がリベンジマッチであるという点だ。
周哉は既に鬼丸や蒼恋との対立を通して、妖魔が操る炎術のほとんどを把握していた。
①炎術────虚ロ威シ。熱で膨張させた空気を操る技法。不可視の壁や攻撃など、さまざまな用途アリ。自らを押し出すことで推力をつけるなどの応用も可能。
②炎術────桜ラ吹雪。極限まで圧縮した蒼炎を解放する中距離技法。派生である裏・桜ラ吹雪にも注意が必要。
③炎術────荒神紡ギ。これは自分も使う熱線(レーザー)と殆ど同じ。高威力を発揮しようとすれば、溜めが必要になるために隙も生まれる。
そして最後に、
④炎術────夢想乱舞。これは鬼丸がみせた必殺技であり蒼炎を拳に纏わせる破壊力を増大させるだけの技法だが、シンプル故に対策のしようがない。恐らく血縁者たる蒼恋も使えるのであろう。
その他、蜃気楼による架空の質量を付与された「幻」や、まだ見せていない炎術など、蒼恋の繰り出せる手札と、自分が持つ手札で返せる手段を幾つも脳内でシミュレートし、整理していく。
(彼女の言う通り、僕には持久力が欠けている。それに彼女の幅広い技術に対抗できるだけの経験も足りていない)
ならば。と、周哉は思考に区切りをつけた。
「こっちの手札が少ないのなら、お前の手札を削るだけだッ!」
これで何度目の打ち合いになるであろうか。二人の得物同士が激しく衝突した。
またも打ち合いになる。そうすれば周哉の消耗したタイミングでカウンターを合わせればいい────と彼女は考えるはず。
「造形解除ッ!」
周哉は棍を形作る紅血同士の結合を解いた。そうなれば当然、個体であった棍は液体に戻り、彼女の番傘にこびり付く。
「なにか狙っておるな?」
「当然ッ!」
彼女自慢の番傘は色鮮やかな紅に染まる。そこで周哉はすかさず次の造形を捩じ込んだ。
「一番・赤血刀ッ!」
極論を言えば形は何だってよかった。
番傘に付着した血液が形を成そうとすれば、必然的に傘本体を巻き込んでしまう。その結果として刀は形を成さずとも、番傘の生地を引き裂き、根本から折ることに成功するのだから。
「ヨシッ!」
これで蒼恋は素手の殴り合いを強いられる。加えて自分には熱量を視覚的に捉える目が備わっているのだ。
蒼炎同士の接戦ならば寧ろ自分の方にアドバンテージあると歓喜するも、一瞬であ
った。
「で? だから、何だと言うのじゃ?」
右目と喉の当たりで何かが爆ぜたような感触があったのだ。
「がぁっっ……⁉」
残る左目で蒼恋を見遣れば、彼女の指先からはうっすらと血が滴っていた。
貫手だ。きっと虚ロ威シで推力を加算した貫手で喉と右目を潰したのであろう。
「喉と目に孔を穿ってやった。勝機を確信した者ほど、慢心が大きくなるものじゃからのう」
「ッッ……ま、まだだッ!」
つい先程、鈴華の凄まじく速い貫手を見た後なのだ。お陰で彼女の貫手にも対応できたし、首元に小さな紅血の板を造形することもできた。
板で喉を狙う指先を弾き、文字通り首の皮を繋いだのだ。
「すっー……」
肺を酸素で満たし、全身に血液を送ることで右目の傷も再生できる。そのまま周哉はキックボクシングの要領で構えを取り……敢えて、それを解いてみせた。
紅血を染み込ませた防火服は既に彩音へと譲渡している。筋骨から力を抜けば周哉を守るものは何もなくなってしまう。
「……何のつもりだ?」
ここに来て、初めて蒼恋の表情にも懸念の色が浮いた。
「何のつもりも何も。貴方の弟さんの真似ですよ」
言葉も含めた挑発である。これは鬼丸譲りのカウンタースタイルでもあった。
「妾が安直に弟のことを出されただけで、感情を爆発させるとでも」
「けど、額には青筋が浮いていますよ。それに罠を疑っているのなら、ホラ────」
周哉はそこで小さく飛んでみせた。地面から足が離れれば、当然踏ん張りが効かなくなる。蒼恋からしても誘われていることは明白であった。けれども────
「十中八九、罠であろうな。しかして、それが何だと言うのだッ!」
彼女が加速を付けて走り出す。
「炎術────夢想乱舞ッ!!」
拳に蒼炎を纏わせて、罠ごと叩き潰してやるという覇気が迫ってきた。
(やっぱり、夢想乱舞でくるかッ!)
「虚エイ月蝕(きょえいげっしょく)ッ!」
⑤炎術────夢想乱舞・虚エイ月蝕。拳が衝突するインパクトの瞬間に飛び散る火花全てをレーザーへ変換し、四方八方に散弾させる。蒼恋がこの瞬間まで隠していた手札であった。
「童っぱよ。其方は考えたことはないか? 何故、羅刹衆の頭目を妾のような可憐な乙女が務めておるか?」
レーザーの威力は荒神紡ギに遠く及ばない。それでも無数の細い熱線が周哉の血肉を食い破った。
「それは妾が誰より強いからじゃよッ!」
突き出された拳は腹部へと突き刺さり、飛び散った紅い血も、立ち昇る蒼い炎に呑まれてしまう。
けれど、次の刹那────蒼恋の体勢が一八〇度反転した。
「なっ⁉」
周哉の焼き焦げたシャツの下から剥き出しになった腹筋と、造形物が露わとなる。
それは先程の貫手を防いだときと同様に、紅血から成る板であった。しかも今度は一枚なんてケチ臭い真似はしない。
何十枚もの血板を重ね合わせ多層構造を形成。それで夢想乱舞による衝撃を彼方へと逃がしたのだ。
「これが僕の隠し持っていた切り札だッッ!!」
そして、蒼恋の身体は今まさに宙を舞っていた。勢いを殺した手首を取って、そのまま周哉が投げの体制へと移行したのだ。
着地した周哉の爪先は、既に地面をキツく噛み締めている。そこから繰り出されるのは柔道の華形とも言える大技「一本背負い」であった。
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