第32話 ダブル・ファイア

 火垂は煉士と共に、聳え立つ廃ビルへと踏み込んだ。


 ここが発信機の示したポイント────即ち羅刹衆の潜む総本山であった。


 だが、肌に感じるのは妙な違和感である。


「ここは本当に羅刹衆のアジトなのでしょうか? それにしては何というか……酷く寂れていますが……」


 人目に止まらない拠点が欲しいのならば、放棄された廃ビルは確かにアジトにするのは確かに適切であろう。


 けれど、破られた壁紙からはひび割れたコンクリートが剥いて、空気も異様に埃っぽい。自分たちの根城にしては、管理が行き届いていると思えないのだ。


「もちろん、このフロアだけがこんな状態であるという可能性もありますが……」


「酷いものだな。妖魔たちの拠点なんだから俺はてっきり山奥のデッカい寺院か、或いはヤクザの邸宅みたいなものをイメージしていたんだがな」

「そういえば煉士さん、最近そういう映画見てませんでしたっけ?」


「『坊主VSヤクザⅡ 陰謀の百鬼夜行編』」


「……何というか、煉士さんの好みもかなり独特ですよね」


 コメントに悩む火垂であったが、そんな彼女の背を薄っすらとした気配がなぞった。


「この感じは」


 パラパラした灰が地に堕ちて、それが人型を成してゆく。妖魔達の操る、偽りの命────「灰人」であった。


 数は一、二、三……いや数えるだけ無駄であろう。繰り返すようになるがここは羅刹衆の総本山だ。燃やす材料と炎があれば無限に数を増やせる灰人をいちいち数えてもキリがない。


「ここまでは、私たちのプラン通りですね」


「そうだな」


 背中合わせの二人は互いに視線を交わす。


 桐谷彩音の救出プラン。その概要はシンプルな陽動作戦であった。


 発信機によって羅刹衆の拠点が割れた時点で、この辺り一帯は応援へと駆けつけた第十二、第十三、特務消防師団の面々によって包囲されている。


 上層部を説得するどさくさに紛れて、こちらへの応援を寄越すよう交渉しておいたのだ。


(私たちの目標はあくまでも救護者の確保であり、羅刹衆と正面から事を構える必要もない)


 最優先事項は彩音の安全であり、互いが無駄な血を流すことは何としても避けたかった。


(だからこその陽動なんです。私と煉士さんの「甲チーム」が派手にここで暴れば、暫くは此方へ注意が向く。そして、その間に別行動中の「乙チーム」が救護者の元に辿り着ければ、)


 灰人の数はさらに二十、三十と増えていき、既にフロア内を埋め尽くそうとしていた。


 けれど、たった二人の人間を相手にこの戦力を導入するのはやや過剰すぎるような気がしてならない。


 突然の来訪者に指揮系統が混乱しているのか、それとも何か狙いがあるのか。


「まぁ、どのみち好都合だろ。雑兵を集めるのが俺たちの義務だ」


「そうですねッ────!」


 二人は振り上げられた灰人の爪を躱すと同時に、二手に別れる。


「踏み込みが甘いッ!」


 次いで煉士の剛腕がうなりを挙げた。病み上がりとは思えないアッパーカットで、迫ってきた灰人らを次々と破壊していく。


 血操BEASTと夜間による半人狼(ヴェアヴォルフ)の特性発揮というべきであろうか。それらが合わさった煉士のスタイルは殴る蹴るという単調なものながらも、一発一発の打撃が重機のような馬力を秘めていた。


(さすがは煉士さんです。病み上がりとはいえ、この暴れっぷりとは)


 けれど、自分も任せてばかりではいられない。


「私も不遜ながら副団長を任される身なんです……『第十四特務消防師団』副団長・秋月火垂。推して参りましょう」


 掌を口に添え、鋭利に伸びる牙を立てた。じわりと滲む少量の血を糧に、紅いグローブを仕立て、火垂もコンパクトな構えを組む。


 主に上体のガードに重きを置いたそれは、キックボクシングのものだ。


 足でリズム良くステップを踏んで、拳の先が灰人の顎を捉えた。


「────ッ!」


 けれども彼女の一撃では、灰人を砕くには至らない。せいぜいが真っ白な皮膚にヒビを入れる程度だ。


「まぁ、想定内なんですが」


 彼女が息を吐くと同時だった。────殴られた灰人の頭部が破裂する。


「造血術・二十一番。紅蜂(べにばち)」


 彼女の形作ったグローブには握り込んだ指先に隠れるよう、内手首のあたりから極小のニードルが伸びていた。


 そして、ニードルの先から滴るは色鮮やかな彼女の血液である。


「貴方たち灰人も所詮は、妖魔たちによって作られただけの存在でしょう? なら人外の『特攻』を秘める人工吸血鬼の紅血を、この針で打ち込めば、」


 容易に壊せるという訳だ。


 二十や三十の灰人は、ただの人間二人を相手にするには過剰戦力にも程がある。


────けれども、特務消防師団の腕利き二人を相手にするならば灰人の数は明らかに足りてない。


「聞こえているんでしょう、羅刹衆の皆様方ッ! 私たちを打倒したくば、倍の数を用意してみせなさいッ!」


 啖呵を切る火垂であったが、彼女にも一抹の不安があった。再び煉士と背中合わせになりながら、彼女はその小さな不安を漏らす。


「煉士さん。……鈴華団長たちは本当に大丈夫なんでしょうか」


 火垂にとっての不知火鈴華は、命の恩人であり、この生き方を選んだキッカケである。


 鮮やかな「紅」の翼を広げた姿は救護者にとっての希望であり、彼女が優秀な人物であることだって一時も忘れたことはない。


 だが、果たして正面からの殴り合いはどうなのか? 普段からヘラヘラしてばかりの彼女が荒事に向いているという姿がどうにも上手くイメージできないのであった。


「副団長。入団したばかりのアンタに、格闘技の基礎を教えたのは俺だったな」


「えぇ。その節に関しては感謝しているのですが、どうして今その話を?」


「俺に格闘技を教えたのが鈴華団長なんだよ。……つまり何が言いたいかと言うとな、」

 

 ────俺たちの団長は、クソ強ぇ


 ◇◇◇


 「障害の鎮圧を完了。これより救護者の探索を開始します」


 同刻。鈴華の足元に転がるのは彼女のスポーツスター一二〇〇と、一撃で意識を奪われた羅刹衆の構成員たちであった。

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