第13話 開花
周哉たちの防火服は「紅く」煌めく。────紺色の繊維の一本一本に鮮血を染み込ませたのだ。
アークパイアの血液は、人外の操る異能への「特攻」と「耐性」が秘められている。
その特異性を含まれた血液であれば、目の前の蒼炎を掻き消すことも。防火服に織り交ぜれば、降りかかる焔から身を護る鎧にも成り得た。
けれど、所詮はこの力も吸血鬼たちの模造(デッドコピー)。万能には程遠い。
止めどなく炎に晒され続けていれば、そこに宿る特異性もいずれ喪失され、端から燃やされてしまうのだ。
「酸素ボンベの中身も併せて鑑みるに、炎の中で活動できるのは十分程度か……いや救護者さん達の安全を考えるなら、もっと時間を縮めないと」
一秒でも早く屋上に辿り着かなければ。
そんな緊張感に心臓を押しつぶされそうであった。
「……いくぞ」
煉士が先頭を切って、二人はエントランスへと飛び込んだ。
顔一面を覆った防煙マスクの向こうに広がるのは、炎と煙に覆われる世界だ。その嫌な眩しさ瞳を焼かれながらも、煙を払い除け、煉士の背中を追う。
「……俺の背を見失うな」
煉士は壁に手を添えると、自らの血を用いて矢印を形成した。
誘導に従えと言うことか。
「りょ、了解ッ!」
一面が炎に覆われたビルの中では当然エレベーターが使えない。ならば残される選択肢は階段を登るしかなかった。
一段、一段を駆け上がっていてはタイムロスだ。煉士は階段の前に立つと一度足を止め、そのまま踏み切りの要領で跳び上がった。
アークパイアになることで強化された身体能力は一階分の空間程度、軽々と飛び越せるのだ。
周哉もそれに倣い、跳躍する。
「ぐっ……!」
踏み込んだ勢いで、防火服の袖口からは蒼い火の粉が飛び込んできた。
炎はジクジクと素肌を焼く。刺すような痛みに顔を顰めながらも、靴底を滑らすようにして着地する。
「けど、ちゃんと身体は動くみたいだッ!」
「……」
半月間、火垂に厳しく鍛えられた結果であろう。煉士も黙して、頷いてくれた。
二人はそのまま階段を踏み越えてゆく。そして、ビルの中腹にまで辿り着いた頃であろうか。
切れてきた息を補うためにマスク裏のマウスピースを噛んで、酸素を吸引していると、廊下の向こうに人影を見た。
「あれは……」
取り残された救護者であろうか?
否。人型もこちらの気配に気づいたのであろう。燃える廊下を突っ切って、真っ直ぐに襲い来る。
妖魔が火を放った現場には、「灰人(はいじん)」という存在が彷徨うらしい。
灰人は妖魔の異能によって生まれ落ちる存在だ。焼き焦げた灰に火種を灯すことで、一時的な命を宿す。しかし、そこに自我や個性というものは存在しない。
言うなれば、彼らは妖魔の操る傀儡であった。
「こいつが灰人ッ⁉」
飛び出した灰人の全身は黒く、炭化が進んでいる。四肢を大きく動かせば白くなった灰が堕ちるも、爪の先は残忍なまでに鋭利であった。
「怖い…………だけどッ!」
周哉もそれに反応する。両指先から手を滴らせ、結合。それを広げることで身の丈と同等はあろう血棍を作り出したのだ。
一手、二手。振り下ろされた灰人の爪を、棒術の要領で弾いてみせる。
「このッ!」
一本の廊下のような狭い場所での戦闘において、長物を選ぶのはミスチョイスと言わざるを得ない。棍の先が何かにが引っかかるだけでも、それは大きな隙が生んでしまうのだから。
けれども、一度燃やされた廊下の壁は耐久性が極端に損なわれていた────それこそ、アークパイアの膂力で長物を振るえば、壁を砕いてしまえる程度には。
「鎮圧しますッ!」
恐るべきは周哉がそのことを、ほとんど無意識下で把握していることだ。
きっと、彼は無自覚なのであろう。ただの高校生として平穏な日々を過ごすうちは決して開花しなかった、類稀なる戦闘センスと、直感の精密性に。
三手。壁を砕きながらも振り抜かれた棍は灰人の両腕を砕く。さらに腰を軸に一八〇度反転。
「────これでッ!」
四手。背中越しに突いた棍の先で灰人の頭を穿ってみせた。
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