第12話 決意の火


 車窓からは、轟々と燃え盛る蒼炎が見えてきた。闇夜の黒を背景に、住宅ビル一つを呑み込んで、火の粉の雨を散らしている。


 あの蒼い炎は、間違いなく妖魔のものだ。


 曰く、妖魔はここ数年でなりを顰めているらしい。だが、同じ「蒼色」を宿す周哉には、それが断言できた。


「…………」


 噴き上がった黒煙と建築物の焼き焦げる匂いは、周哉にあの日の火事のことを思い起こさせる


 自分が家族を燃やしてしまったあの火事のことを。


 ◇◇◇


「────それじゃあ、手短に作戦概要を説明しようか!」


 消防車両を降りた鈴華は、タブレット端末を手に団員達を集合させた。


「どうやら『特務消防師団』の中では私たちが一番乗りで現場に到着してしまったらしい。けれども現状は刻一刻を争うんだ。とても他の師団を待っている余裕はない」


 ビルに面した大通りには既に幾つかの消防隊が展開しており、消火活動や交通整理に勤めていた。


 けれども、妖魔が放った蒼炎に既存の装備で対応することは困難を極める。せいぜいが、ホースを用いた高圧噴水によって周辺の建築物へ燃え移るのを防ぐ程度か。エントランスを覆う炎が激しすぎるために、ビル内への突入も行えないのが現状であった。


 しかも、最悪とは重なるもので。「蒼い炎」という物珍しさに惹かれた野次馬達が殺到してしまったのだ。


 お陰で周辺には渋滞が多発。ほとんど同じタイミングで出動命令が降ったはずの第十ニ・第十三特務消防士団もそれに呑まれ、到着が遅れているのが現状であった。


 運よく渋滞を出せた周哉たちは、細い豪運の糸を手繰り寄せたともいえよう。


「そこで私達は二手に別れて、それぞれの目的を達成してもらう。まずは『甲チーム』」


 甲チームの目的は燃え盛るビルの屋上へと到達することだ。


 放火犯の妖魔は一階のエントランスから火を放ったと思われる。備え付けの防火設備やシャッター壁も蒼炎には大した意味をなさず、退路を絶たれたビルの住民達は上へ上へと避難せざるを得なかったのだろう。


 その結果、多くの救護者たちが屋上に取り残されていることが、火垂の作成したドローンの映像で判明した。


 時折ビルから噴き出す火力が強すぎるせいで、梯子車を近づけることは難しい。レスキューヘリも同様に、爆発に巻き込まれる危険性があるからこそ屋上に近づけずにいた。


 だが、特務消防師団にならばそれができる。


「甲チームの役目は屋上に取り残された救護者達の確保。そして血液による造形を用いて、周辺のビルへ脱出用のスロープを架けるんだ」


 幸いにもこの周辺は同じ背丈をした住宅ビルが立ち並んでいた。そこへ向けて紅血のスロープを架ければ、救護者たちを安全に逃がせるというわけだ。


「次いで、『乙チーム』の目的はこの火事を起こした馬鹿野郎の身柄を抑えることになる」


 吸血鬼(ヴァンパイア)や人工吸血鬼(アークパイア)が自らの身体を巡る血液を操るのならば、妖魔が操るのは自らが灯した炎だ。


 灯すも消すも思うがまま。ならば妖魔の身柄を取り押さえ、この炎を鎮火させることが事態を収束へと導くのに最も効率が良いのだ。


 現在、妖魔は東へ向けて逃亡中と思われる。その過程でも放火を繰り返しながら、現場を離れようとしていた。


「既に第十三・第十三特務消防師団もチームを分割して妖魔を追跡中にあるとのことだ。だから私達もそこに加わり数で包囲し、鎮圧する」


 要となるチーム分けは以下の通りであった。


 甲チームには操作できる血液総量の多い煉士が。乙チームには経験が潤沢な鈴華と、様々な状況に対応できる火垂が編成させることになった。


「そして、周哉くん。君には煉士さんのサポートとして甲チームに加わって貰いたいんだ。出来るよね?」


 周哉は今日まで、特務消防士団の一員になったという実感がいまいちハッキリとしていなかった。


 成すがままに翻弄されて、成り行きに流されてきたと言って良い。


「…………」


 だが、今は違う。防火服とヘルメットに身を包んだとき、自分も「救う側」の立場に立ったことを自覚した。


 因縁深き蒼色の炎を睨みつけ、鈴華の問いに力強く頷いた。


「はいッ! やってみせますッ!」


「よろしい。では、総員ッ! 行動開始だッ!」

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