第14話 鬼灯は嬉々として灯る

 作られた灰人は一体のみに限らない。ゴキブリのように一匹見たら何とやらだ。


「……下がれ、新人」


 煉士が構えると同時だった。足元の床を破り、下層からも灰人が湧く。

 数は三。各々が彼を捉えようと、牙を向いた。


「これより、灰人を鎮圧する。────血操・モードBEAST(ビースト)!」


 まず前提として。


 煉士は「とある理由」から大量の血液を内包しながらも「体外での操作」を不得手としていた。


 火垂のように複雑な造形は勿論、まだ鍛錬の浅い周哉でも作れたような血棍一本の造形さえままならない。


 だが、彼はその代価として「体内での血液操作」に秀でているのだ。


 血操・モードBEAST────体内で膨大な量の血液を循環・加速させることで、身体能力のギアをさらにもう一段跳ね上げる。


 心臓が跳ねると共に筋肉が躍動。その名が示すが如く、まさしく獣が標的の腸を食い破るような右フックで、灰人の腹を砕いてみてみせた。


「まだだッ!」


 一度加速した肉体と、振り抜かれた拳は止まることを知らない。


 暴走特急のような勢いを欠くことなく、さらに二体の灰人たちを砕いてみせた。


「たった一撃で……」


 秘められた膂力が違いすぎるのだ。 


 圧倒させられた周哉に対し、当の煉士は拳に積もった灰を払うだけで、余韻に浸ろうともしない。


 さらに湧いて出る灰人たちも無視して、彼は背を向けた。


「……急ぐぞ、新人」


「えっ、けど……まだ灰人たちが、」


「俺たちの責務は人命救助だ。必要な障害は排除するが、これ以上構ってもいられない」


 彼が再び膝を降り、屋上へと届く階段を踏み越えようとした時だった。


「────へぇ、この熱に充てられることもなく、その判断を下せるとは。なかなか、どうして優柔じゃねぇか」



 その声は二人のうちのどちらの物でもない。豪胆で野太い声が頭上から降ると共に、今度は天井が踏み抜かれた。


「よっと!」


 陽炎と共に揺れる人影は、灰人たちとも明らかに違う。


 鬼灯模様の和服を着流し、額を破るように二本のツノを生やしていた。服の隙間から覗く肌には入墨が走り、肉食獣のような危うさを秘めた双眸は真っ直ぐこちらを睨みつける。


「こ、こいつが……」


 周哉はほとんど直感で理解する。────彼の正体こそ自分の中に潜むモノと同じ。この蒼炎に包まれた惨状を作り出した「妖魔」なのだと。


「ッ……⁉」


 だが、そんな事実も次の瞬間にはどうでも良くなっていた。


 彼の筋肉質な右腕に抱えられた少女。おそらくは中高生程度であろう彼女は紛れもなく要救護者であった。


「なんで、妖魔が救護者を!」


「おい、おい。せっかく、この天王寺鬼丸(てんのうじおにまる)様が現れてやったのに、俺様より、こっちのガキの方が気になるってか?」


 抱えられた少女は意識を失っているのだろう。ぐったりとしたまま動かない。


「へへっ♪」


 その一方で鬼丸と名乗った妖魔は、調子よく戯けてみせた。


「お前ッ……! その子を離すんだッ!」


 周哉が勢いよく棍を振り抜くも、鬼丸は軽く顎を引いただけで、その一撃を掠めさせる。


「良い振り抜きじゃねか、小僧」


「今のを見切られた……⁉」


 確実に直撃コースをなぞっていた筈なのにだ。


「うーん……用が済んだら戻って来いって、姉貴には言われてるんだがな。お前らも素直にここを通しちゃくれねぇみたいだし」


 ぼやきながらも鬼丸が「パチン!」と指を弾く。すると、たったそれだけでも、この階層を包んでいた炎だけが鎮火されてしまった。


 力をコントロールできる妖魔にとっては、蒼炎を灯すも消すも思うがまま。そこに嘘偽りはないようだ。


 けれど鬼丸はどうして、このタイミングで炎を消したのか?


「何を企んでいるんだ?」


「何もクソもねぇよ。俺の仕事はこのガキを攫うことだ。けど、そうしたら、お前らを逃げる俺様を邪魔しようとするだろ?」


 だから一時的に炎を消したのであろう。ヒートアップしすぎるあまり、傍に抱えた少女までを燃やさぬよう。


 鬼丸は黒焦げの床に少女を寝かせ、こちらへと視線を遣った。


「にしてもお前ら、変な匂いがするな。人と何かが混じっているような……あぁ、そうか。お前らはアレだな、特務消防師団って連中だろ? たまーに会うぜ、俺様が起こした火事の現場で」


「御託はいい」


 煉士が淡として返した。


「ちぇ……デカい方はコミュニケーションって奴が取れねぇみたいだな。つまんねーの」


「……」


 煉士がマスクの下で眉を潜ませるのは、今の一言にちょっとのショックを受けたからであろう。


 この火事を起こした妖魔を捕え、事態の収束を図る。本来その役割を果たすのは、今も尚、他の消防師団と連携し放火魔を追い続ける鈴華(すずか)たち乙チームであった。


 けれども、ターゲットであるはずの妖魔は何故か現場に残っていたのだ。────ならばそこに居合わせた周哉たちがその勤めを果たさねば。


「コイツは……」


 一方で目的こそ不明瞭であるが、少女を攫いたい鬼丸にとっても、立ちはだかる二人の存在は厄介極まりなかった。


「コイツらは……」


 奇しくも、三者三様の思考が一致する。


「「「目的を完遂する上での障害だッ!」」」 


 煉士はハンドサインで合図を送った。人差し指と中指を交差させたそれは「挟み打ち」を示していた。


 周哉も頷いてスタートを切る。


「いいねぇ、上等だァ!」


 こちらは二人なのだから、一人が鬼丸の足止めをして、もう一人が屋上の救護者の元へ駆けつけるという選択肢もあった。


 だが、甲チーム本来の目的は屋上の救護者たちを逃すためのスロープを架けることだ。


 紅血血清を用いて人工吸血鬼と成った結果、「血液操作の練度」よりも「吸血鬼としての特性」を色濃く発現させた煉士ならば、巨大なスロープを造形するだけの血液を体内にストックすることも可能であろう。


(だけど、体外での血液操作は煉士さんの苦手な分野らしいから、)


 架けたスロープの強度を担保するためには、周哉によるサポートが不可欠であった。


 二人のうちのどちらかが欠けてしまえば、たとえ一人が屋上に辿り着いたとしても意味をなさないのだ。


 ならば、最短で火元を断つ。


 二人がかりでも、目の前の妖魔を鎮圧することが、巡り巡って救護者たちの安全を確保することにも繋がるのだ。


「イメージしろ!」


 脳内でもっとコンパクトなイメージを構築するのだ。


「格闘技の基礎なら、副団長に叩き込まれてるんだッ!」


 周哉は握った棍を真ん中で折り、それらをトンファー型に再造形してみせる。


「だったら、俺様も妖魔らしく炎で戦ってやろうじゃ、」


「────血操・モードBEASTッ!」


 鬼丸の言葉を遮るよう、轟音が響いた。煉士がその鉄拳でドアを突き破り、ビルの室内へと入っていったのだ。次いで、壁を突き破っているであろう轟音が響いてくる。


「即興挟み撃ち作戦」において、周哉の役割はあくまでも囮なのだ。


 壁に遮られ、物理的に視界から消えた煉士はいつ飛び出してくるかも分からない。


「僕の役割は煉士さんがブン殴れるだけの隙を作ることだッ!」


 だから目を見開け。


 コイツに一撃を入れられるよう────


 弾丸のような豪拳をスリッピングアウェーの要領でいなし、そのまま流れるように裏拳を弾いた。


 それは見事に鬼丸の鼻っ頭へと食い込み、トンファー越しに骨を砕いた感触を得る。


「今ですッ! 煉士さんッ!!」


 一際大きな轟音が響いて、真横の壁が崩れた。バラバラと散る瓦礫に混じって、煉士の巨体が強襲する。


 だが、鬼丸はそれにも対応してみせた。折られた鼻から血を垂れ流しながらも、噛み付くように笑って見せる。


「だよなァ? このタイミングだよなァ⁉」


 伸ばされた二対の腕が周哉を掴んだ。


「がッ……⁉」


「悪いな、小僧」


 一度掴んだのなら、絶対に離す気はない。そのまま抵抗する周哉の身体を放り投げ、自らの盾代わりにしてみせる。


 加速した煉士を止めることは誰にも出来ない。それが本人の意思であろうとも。


「ドンっピシャリ! って奴だぜ」


 鬼丸を踏み抜くための蹴りは止まることを知らない。そのまま周哉の背を踏み抜くまで。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る