火事と妖魔

第10話 迫真的な日々に

 紅い刀身を携えて、火垂が迫る。


 冷ややかな刃が首筋を掠めながらも、周哉は咄嗟のバックステップで身を躱した。


「反応が鈍くなってきましたよ、周哉さん。真面目にやってるんですか?」


「ぐッ……これでも真面目にやってるつもりですよッ!」


 彼女が刀身をクルリと回せば、鮮血から成る刃は消火斧へと形を変えた。


「つもりでは駄目です」


 眼鏡の下で、彼女の瞳がワザとらしく左へと揺れる。次に仕掛ける方向をアイコンタクトで示してくれたのであろう。


 イメージを練り上げろ。彼女の挙動に順応するのだ。

「このッ!」


 紅い血がボクシンググローブのように周哉の左拳を覆った。淡い火花を散らしながらも、放った裏拳は左から迫る斧の一撃を相殺する。


 造形されたグローブも形は歪ながら、十分な強度を誇っていた。このグローブならば小さな蒼炎を掴んで揉み消すことも出来るはず────


「やった、できた!」


「良かったですね……けれど油断は大敵ですよッ!」


 斧を弾かれた火垂のバランスは崩れたかに思われたが、彼女は大きく身を捻りながらに空中で一八〇度旋回。軽やかに体制を持ち直す。


「なっ……なんです今の動きは⁉」


「パルクールの容量です」


 彼女は出来てしまった隙を見逃してくれるほど甘くない。伸ばされたままになった周哉の腕を絡めとり獲り、コンパクトに関節技を極めた。


「うぐッ……! 降参! 降参ですッ!」


「そうですか。────なら訓練はここまでですね」


 彼女は固めた腕をパッと解く。そのせいで周哉は前のめりに転倒。床に顎を打ちつけた。


「あらら……どうやら、明日は受け身の練習もしなくちゃダメそうですね」


「そ、そんなぁ……」


 周哉が「特務消防師団」の団員に加わってから、今日で半月が経とうとしていた。


 午前には人工吸血鬼(アークパイア)や妖魔に纏わる知識を叩き込まれ、午後には鈴華&火垂合作の訓練メニューをこなしながら、自らに宿った二つの因子のコントロール制度を上げてゆく。それがここしばらくの日常であり、度々小さな蒼炎を暴発させることはあれども、周哉は新しい生活になんとか馴染みつつあった。


 訓練メニューをひたすら消化した甲斐あってか、血液操作の練度も向上してきたと自負している。


 ただ、与えられた訓練メニューには一つだけ解せない点があった。


「基礎体力向上のための筋トレは理解できます。三〇分のイメージトレーニングの後に、血液操作と蒼炎操作の訓練を並行で行うのも解るんです。……ただ、この戦闘訓練だけは本当に必要なんでしょうか?」


 まだ痛む顎をさすりながらに、周哉はぼやく。


「と、言いますと?」


「特務消防師団は人外の起こす災害に立ち向かうための防災活動機関なんですよね……。だったら、ここまで本格的な戦闘訓練をメニューに組み込む必要があるのでしょうか?」


 特務消防師団はあくまでも救命の為にある組織。人外たちを撲滅する組織でないと明言したのは他の誰でもない火垂であった。


 だと言うのにここまでハードな立ち合いが必要なのであろうか? という周哉の疑問も当然のものである。


「そうですね。確かに周哉さんの仰る通り、救命活動と戦闘行動は真逆の本質を持ちます。その上アークパイアの再生能力があると言えど、訓練には実際の刃物を用いるのですから、戸惑ってしまうのも無理はありませんね」


 そういうことを丸っきり説明しない、どっかのアホ団長は置いておくとして。


 火垂自身も説明が足りなかったことを少し反省しているようだった。


「けれど、どんな訓練も無駄になることはありませんよ。武道や格闘技は、肉体と精神を共に研磨してくれます。それに危機的状況の方が覚えも早いでしょう?」


 確かに、先程造形に成功した紅血のグローブは、これまで周哉が作り出した造形物のなかでも一番の強度を保持していた。


 咄嗟に浮かべたイメージから、最低限のタイムラグと血液の消費で造形物をアウトプットできたのもこれが初めてであろう。


「最後に。これは鈴華団長からの受け売りになってしまうのですが────現場とは常に後悔の連続です。そんな後悔を一つでもしなくて済むように、どれほど些細なことであっても百の鍛錬を積むのです」


 周哉はもう一度、先ほど作り上げたグローブをイメージする。


 けれども指から滴る鮮血は、先ほどのような俊敏さで形を成すことはなかった。


「後悔を一つでもしないよう……」


 身から出た炎が家族を飲み込んだとき、自分は何もできなかった。もう二度と後悔しないよう、鈴華たちに救われるだけではダメなのだ。


 周哉は拳を固めながら、火垂を真っ直ぐと見遣る。


「火垂副団長。もう一戦、付き合ってはくれませんか?」


「ふふっ。どうやら、ここ一週間で性格も前向きになってきたようですね」


「望むところだ」そう言いたげに、彼女もメガネの端を上げた。 


 鮮血の塊を三つに分離させ、造形した鎖で接合する。そうやって作り上げた三節棍を手に、こちらへ挑発的な視線を送った。


「次は周哉さんも長モノを造形して下さい。少し趣向を変えて、次は武具同士の立ち合いといきましょう」


「はいッ!」


 長モノ……長モノ。頭の中でイメージを固め、造形。


 左腕を突き出そうとした瞬間に────詰所内のサイレンが喧しくも鳴り響く。

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