第22話 ちょっとのデジャブ

 鈴華の爪先が窓枠を噛み締めて。二人はそのまま病室へと飛び込んだ。


 換気のために窓が開いていたのが幸いした。しかし、勢いが付き過ぎていたのだろう。周哉たちはそのまま止まり切れず、病室の壁に激突する。


「いてて……いやー、失敗。失敗」


「いや、なにが『失敗。失敗』ですかッ! 今のは流石の僕でも怒りますよッ!」


 ケラケラと笑う鈴華に、猛抗議をする周哉。────そんな二人の突入劇に唖然とし、彩音は目を見開いてしまう。


 当然であった。


 ここは四階だというのに、奇妙な二人が取っ組み合うように乱入してきた挙句、目の前で口論を始めたのだから。


「なっ……なんですか、貴方たちは!」


 細められた彼女の目には警戒心が色濃く滲んでいた。


 それどころか、小さく震えながらもファイティングポーズを取っている。


「「あっ……」」


 そこで、周哉たちも我に返った。


 与えてしまった誤解を解くにもどうしたものか。今の自分たちは完全に得体のしれない不審者二名なのだ。


 しかも、鈴華は紅血で造形した翼を出しっぱなしにしている。それがいくら人工吸血鬼(アークパイア)の異能ゆえに作り出されたものと言えど、一般人である彩音からすれば奇妙なものに違いはない。


「えっ……えっと、僕らは『第十四特務消防団』と申しまして、」


「特務……消防団?」


 聞き慣れぬ言葉に、以前の自分もまったく同じリアクションを返したことを思い出す。


 事情をどう説明すればいいかを悩んでいると、鈴華がお得意の口車を回し始めた。


「あー違う、違う! 特務消防『師団』だ。紛らわしいが、後学のためにも覚えてくれたまえ」


 彼女はカツカツと足音を鳴らしながら、彩音に歩み寄り、独特なペースで今に至るまでの経緯を語る


 その説明口調は、かつて周哉に「特務消防師団」や「妖魔」の存在を語った時のものをより簡素に、要点だけを絞っているという感じだった。


「えっ、えっと……」


 彩音にとっては困惑の方が優る説明だったのだろう。


 彼女は眉根を寄せながら話を聞いていたが、鈴華の「けど君は実際に妖魔に攫われかけて、そこの周哉君に助けられたんだろう? それに私がアークパイアでないと言うなら、この背中から生えた翼はなんと説明すればいいのかな?」という点を突かれ、最後は半ば諦めるように現状を受け入れていた。


「まぁ、というわけさ」


「……それじゃあお二人は怪しい人じゃないんですね?」


「そうだよー。お姉さんたちは少しも怪しくないんだよー」


(……鈴華団長。……自分のことを「怪しくない」と明言する人間は絶対に怪しいんです)


 ひとまず信じてもらえたから良いものを。


 嘆息するのも束の間。周哉は横に並んだ彼女がほくそ笑んでいることに気づいた。


「それじゃあ、周哉くん。ざっくりとした経緯も話し終えたわけだし。例の件、あとはよろしく頼むよ♪」


 嫌な予感を覚えるも、遅い。


 彼女は再び翼を広げ、曇天の空の向こうへと飛び立ってしまったのだから。


「ちょっ、待っ────」


 周哉が止める間も無くだ。


「……あの人……凄いマイペースなんですね」


「えぇ。なんというか……鈴華さんをまともな大人だと思って接すると、バカを見るのは僕らの方ですから……」


 けれども、どうしたものであろうか。


 周哉が任された職務の内容を一言で言い表すのなら「桐谷彩音への聞き取り調査」であった。


(ついこの間まで一般人だった僕がこんなことを考えるのも変だけど……)


 彼女にはまったくというほど特筆すべき点がないのだ。ごく普通の家庭に生まれ、市内の公立中学校に通う、なんの混じりっ気もない一般人。


 そんな彩音がどうして狙われたのか? その裏に隠された背景を知ることが、今後の羅刹衆の動きを推測する上での重要なヒントになり得る。


 だから彼女と親睦を深め、有用な情報を聞き出すことが周哉に与えられた職務なのだが……


(いや、やっぱり無理でしょ! そんな警察みたいな真似、やったことないし。大体、見ず知らずの他人と話すのも苦手だし、それに)


「あの……険しい顔をしてどうしたんですか? もしや、体調が優れないとか?」


 頭の中で次々理由を並び立てる周哉を、彩音は心配そうに覗き込んだ。


「だ、大丈夫! ……と、とりあえず、場所を変えよっか!」


 震える口元でも紡げた言葉と、ぎこちない笑顔。それが今の周哉にできる精一杯であった。

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