第5話 警告は二度蘇る
「えっーと……改めて紹介させて貰おうか。彼女は秋月火垂(あきづきほたる)ちゃん、私たちの頼れる副団長だ」
そう紹介された火垂の頬は、まだ微かに赤らんでいた。
「秋月火垂と申します、以後、お見知り置きを」
「明松周哉です。……えっと秋月副団長はなぜ、あんな珍妙なダンスを……」
「そんな畏まった呼び方をしなくても構いません。火垂で結構ですし、さっきのダンスはと言うと」
彼女はケラケラと笑っている鈴華の方をジッと睨む。そして、呆れたようにため息を漏らし、
「はぁ……あれは防災活動の一環ですよ。既に鈴華団長が説明なされたと思いますが、私たちの表向きの立場は『地域の消防団』ということになっています。それに今年度は火の不始末からボヤ騒ぎに繋がるケースが増加しつつありましたから……それで、その、」
火垂は恥ずかしそうに視線を逸らしながらも、続ける。
「『ネットに火の用心を呼びかけるプロモーションビデオを投稿すれば、事件数を減らせるじゃん!』と団長が閃き、私がその映像制作を押し付けられたんですよ」
言われてみれば、踊る火垂の前にはカメラを固定する三脚スタンドが用意されていた。きっと、先程のダンスを映像に収めていたのだろう。
それにしては歌詞に副団長らしいセンスが存分に発揮されているような気もするが……
「ん……そういえば、そんなことを思いついたような? 思いつかなかったような?」
そこまでの経緯を聞いて、鈴華もようやく事の発端が自分にあることを思い出したらしい。
首を傾げる彼女の傍で、火垂が周哉の裾をぐいと引っ張った。
「気をつけて下さい。団長はこういう所がありますから。まともな大人だと思って接すると、痛い目を見ますよ」
「あはは……それは僕も薄々気付いてました……」
上司がまともじゃないと、総じて部下がまともなってしまう。彼女らの上下関係もその典型例に漏れないのだろう。
「まぁ、良いじゃないか! 火垂ちゃんが痴態を晒してくれたお陰で、お互いの緊張も解れたわけだし。こういうの何て言うんだって? プリズンブレイク?」
「それを言うならアイスブレイクですよ。あと、あれでも私なりに頑張ったんですから痴態とか言わないでくれませんかッ!」
ただ、鈴華の言うようにお互いの緊張が解けたのも事実だ。
周哉の事情に関しても、既に鈴華を通して第十四師団の全員に伝えられていた。内側に妖魔が巣食っていることも。そのせいで家族を燃やしてしまったことも。
────だからこそ、彼女はまっすぐに手を差し伸べる。
「改めまして、周哉くん。貴方の事情は把握しています。力のコントロールについて私も微細ながらお力添えをさせてください」
「は、はいッ! こちらこそお世話になりますッ!」
「うん、うん。それじゃあ、この流れで周哉くんの『入団式』も済ませちゃおっか!」
掌を打って、彼女が提案する。
「どうせ、今日の詰所には私ら三人しかいないんだ。面倒な形式はすっ飛ばして簡易的を進めよう。というわけで火垂ちゃんは例のアレを貰って来てはくれないかな?」
「そう仰られると思って、既に用意しておきましたよ」
火垂が小さな金属製のケースを取り出した。その中に納るのは薬液で満たされた一本の注射針である。
周哉にはその薬液の正体が何なのか、すぐに想像がついた。色鮮やかな紅(あか)い血液だ。
「これは『紅血血清』といって、貴方の身体を『人工吸血鬼(アークパイア)』へと作り直す為のものになります」
「あーく……ぱいあ?」
周哉のリアクションで、何となく察したのであろう。
彼女は再び、鈴華を睨みつける。
「鈴華団長……まさかとは思いますが、その説明もせずに彼を連れてきたんですか!」
「あっ、あれー、おかしいなぁ! 確かに説明したと思ったんだけどなぁ!」
いや、されていない。
先ほどの「鈴華団長にはこういうところがあるから」という警告が頭の中をわずかによぎった。
「はぁ……本当にこのアホ団長は」
「アホ⁉ ちょっとうっかりしてたくらいでそれは言い過ぎじゃないかな、私は仮にも君の上司で、」
「だったら上司らしく、意味深なオーラでも出しながら黙っていてくれません? 彼には私から補足させて貰いますから」
火垂はメガネを直しながら、軽く鈴華を突き放した。
「良いですか、まず前提として。現代技術を用いて、人外が起こす脅威に対抗するのは、まず不可能です。それは妖魔の操る蒼炎についても例に漏れません」
妖魔が操る炎を筆頭に、人ならざる者たちの力は常識の外側にあるのだから。
周哉も病院の一件で、スプリンクラーの放水が全く役に立たなかったことを思い出す。
「なるほど……」
目には目を。歯には歯を。人ならざる者の脅威にも、同じく人ならざる力で対抗す
るということか。
「だから、僕たちもその被害に対抗するために人外の力を獲得せざるを得なかったという訳ですか?」
「周哉くんは理解が早くて助かりますね。そして、こちらの血清は国営の研究機関によって秘密裏に作成されたもので、ヴァンパイアの亡骸を原材料としています」
ヴァンパイアの紅血は、全ての人ならざる者への「特効」と「耐性」を秘めていた。
その骸を原料に制作された紅血血清も特性を強く引き継いでおり、これに内包された因子を取り込むことで人工的なヴァンパイアになった人間もまた、人ならざる者への「特効」と「耐性」を獲得することが出来るのだ。
鈴華がたった数滴の血を用いて、周哉の炎を掻き消せた要因もそこにある。アークパイアに成るということは即ち、人外の脅威に立ち向かえるだけの最低限のスタートラインに立つことを意味していた。
「それにね、」
鈴華が閉ざしていた口を開く。
「私は現状で、周哉くんが元の生活に戻るには、『甲』と『乙』のツープランがあると考えているんだ」
まず一つはプラン甲。周哉がイメージを介して、炎を完全にコントロールできるようになる想定だ。
これは一番の理想的なプランである一方で、
やや現実みが乏しい。訓練を積めば、ある程度の火力コントロールは出来るようになるだろうが、暴発リスクがゼロになる訳じゃないからだ。
次いでプラン乙。こちらこそ鈴華の本命であった。
「蒼炎の完全なコントロールが出来ないのなら、別の力で抑え込んでしまえばいいのさ」
イメージを介した蒼炎のコントロール訓練に並行して、アークパイアとしての訓練も積めば、それも可能な筈。
「要は、自分の火の始末くらい自分でできるようになれってことさ。それができるなら誰も君を咎めないだろ?」
周哉は注射器に満たされた薬液を見つめる。
「…………」
この薬剤は現状を打開しうる可能性だ。しかし、一度でもこれを用いれば後戻りも出来なくなる代物である。
躊躇い、足がすくんでしまうのも当然であった。そんな周哉の姿を見かねたのだろう。
「貸してみ」
「えっ、ちょっ……⁉」
横から手を伸ばした鈴華が、注射器をケースから引たくった。そして周哉の左手首を掴み上げると、強引に針の先端を突き立てる。
ヴァンパイアが首元に牙を突き立てるが如く、ブスリと────
「えっ……えっ、えぇ……ッ⁉」
痛みよりも困惑が勝った。それでも彼女はお構いなしに続けてみせる。
「何を驚くんだ、周哉くん? 君は既に一度選択をした筈だぞ、力の向き合い方を模索する、とね。だったら、どの道こうなるしかないんだ」
「いや……だとしても、もうちょっと僕のペースと言いますか、覚悟する時間と言いますか!」
「元の生活に戻り、家族に火事のことを謝罪したいのだろう?」
「け、けど……」
何か言い返すための言葉を探す周哉の肩を、火垂がポンと叩いた。
「残念ですが諦めて下さい。……私が入団するときも、こんな感じで問答無用に血清を打たれましたから」
そんな彼女の瞳は、遥か遠くを眺めているようであった。
「鈴華団長にはこういうところがあるから。まともな大人だと思うと痛い目を見る」そんな警告が再度、周哉の頭をよぎるのであった。
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