第13消防師団と吸血鬼たち

第3話 吸血鬼はウィンターツーリングを好む

 真冬とはバイク乗りにとって、天敵のような季節であった。


 路面は滑るし、乾いた空気に身を切られながら走るくらいなら、冬場はバイクを冬眠させるというライダーだって珍しくはなかった。


 だが鈴華は違う。


 カスタムパーツとコウモリマークのステッカーに彩られたスポーツスター一二〇〇を痛快に走らせてみせてみせる。


「んっー、澄んだ空気で走らせるバイクってのも乙なものだね!」


 タンデムシートには周哉の姿もあった。慣れないバイクの二人乗りから振り落とされないよう、悴んだ指先で懸命にグローブバーへとしがみついている。


 そんな様子の二人は、特務消防師団の詰所を目指していた。「厄介ごとには明日に持ち越さないに限る」とは彼女のモットー。要は入団に必要な書類や、面倒な手続きをさっさと済ませようという事であった。


「もっとしっかり掴まるんだ。さもなくば、振り落としてしまうぞ」


「こ、これでもちゃんと掴まってるつもりですよ!」


「そうじゃなくてだな。車体は冷たいだろう? だから私の腰に手を回すことを、特別に許可しようと言っているんだ」


 赤信号に捕まって暇を持て余したのか、彼女はイタズラっぽい表情でこちらへと振り返った。


「こんな美人に抱き着けるなんて、またとないチャンスだぞ?」


「けっ、結構です!」


 多分……いや、きっと揶揄われているのだろう。


 寒さと気恥ずかしさで鼻先を赤くしながらも、周哉はきっぱりと断る。


「フム……君ぐらいの年頃はもっと、異性に飢えた獣のようだと思っていたが」


「いくら何でも偏見が過ぎるような……」


「それは失礼した。ただな、周哉くん。君は少しでも目を離すと、表情が暗くするが節がある。これから先を不安に思う気持ちもよく分かるがな、人生ってのは笑ってる方が楽しいぞ」


 それは周哉だって、充分に承知している。自分さえこんな状態でなければ、鈴華とのやり取りも、もっと素直に楽しめたのだろう。


 だが身から噴き出してしまう蒼炎が、次に何を燃やしてしまうかも分からないのだ。


 病室のとき以上の火力を出してしまうかもしれない。そうしたら今度は鈴華でさえも鎮火できないかもしれない。


 ダメだとわかっていても、周哉の思考回路はどんどんネガティブな方へと傾いてゆく。それはまるで下り坂を転がっていくように。


「えっと、生き永らえてしまい、申し訳ございませんでした……」


「なぜそうなるッ⁉ そんなにネガティブだと、生きづらくはないのか⁉」


「……それは鈴華さんがポジティブ過ぎるだけな気が」


「けど、まぁ、すぐに心情を切り替えるのも難しいか。……よし、ちょっと休憩していこう!」


 どうやら彼女は進行方向上に、手頃なコンビニを見つけたらしい。


 信号が青に切り替わると同時にウィンカーを焚いて、車体を駐車場へと滑り込ませた。


「何か買ってくるけど、リクエストはあるかな?」


「特には、」


「そっ。なら適当に見繕ってくるから、君はそこで待っていてくれたまえ」


 ヘルメットを脱ぐなり鈴華は両手に白い息を吹きつけながら「寒い、寒い」と店内に駆けていく。


 結果として一人バイクを見守ることになった周哉は体育座りで蹲ると、ここに来るまでに彼女から教わった内容を一つずつ整理することに決めた。


(えっと……)


 単に認知されていないだけで、この世界には「奇妙な存在」というものが溶け込んでいるらしい。


 しかし、その全てが人間が友好的な関係を築けるとも限らない。なかには尋常ならざる力を持って、人に仇なす者達がいるのも現実であった。


 例えば、今も自分の中についている妖魔のように。


「…………」


 そんな、存在たちの引き起こす理不尽な災禍から、人命と財産を守るために結成された防災活動機関こそが「特務消防師団」らしいのだが、


「『人命と財産を守る』か。そんな大役が僕に務まるのかな……」


 さらに鈴華を筆頭とする団員たちは皆「吸血鬼(ヴァンパイア)」。即ち、彼女らも「人外」であると説明を受けた。


 だが、彼女は肝心のヴァンパイアらしいところを、ほとんど見せようとしない。


 それこそ血を用いて炎を消してみせた事と、笑ったときに尖った犬歯が覗かせた事くらいで。漫画や映画に出てくる吸血鬼のように翼を生やしたり、血に飢えたりしている様子が全くない。


 それどころか彼女は日の光も気にせず、平気で外を出歩いてしまう始末であった。


「……というか、鈴華さんって少し変なところがあるような」


 それをツッコむのは随分と今更な気もするが。


 現に彼女は自分が「ヴァンパイアである」と紹介するのを最後まで忘れていたのだ。口が回るからこそ、話していたつもりになっていたのか? それとも単に彼女が適当なだけなのか? 


 出来れば前者であると信じたいが……


「おやおや? 命の恩人を変人扱いするとはいい度胸をしているじゃないか」


 背後から鈴華の声がした。


 それと同時に無防備な首元へと、熱い何かを押し当てられる。


「あッッつ!」


 周哉が睨むような視線で振り返れば、両手に缶コーヒーを握る彼女の姿があった。論み叶って、満面といった様子だ。


「い……いきなり、何するんです⁉」


「いやぁ、あまりに無警戒だったから魔が刺しちゃって。それにね、寒い日に飲むコーヒーほど美味しいものを、私は知らないんだ」


「……確かに、そりゃそうですけど」


 彼女の腕にはレジ袋がブラ下がっていた。多分手に持っている分以外にも、色々と買ってきたのだろう。


 袋をガサガサとまさぐりながらに、彼女は周哉の左手を見遣る。


「ところで周哉くん────ちょっと燃えてるよ」


「えっ……」


 蒼白い火の粉が舞った。蝋燭の火にも満たないほどの小炎が、左手の甲からチラチラと燃え上がる。


「ッ……早く消さなくちゃ! 水⁉ 水はありませんか⁉」


「落ち着きたまえ。この程度の火力ならすぐに消せるから」


 鈴華が鋭い牙で自らの指先をかみちぎれば、そこにも紅い血が滴った。それを擦り付ければ、漏れ出した蒼炎はまたも嘘のように消えてしまう。


 妖魔の炎が常識から外れているというのなら、それを容易く消してしまうヴァンパイアの鮮血も、また常識外れと言えるだろう。


 そんな血の主でもある鈴華は、八重歯を覗かせながらほくそ笑んだ。


「ふふっ。けど、なるほどね。今ので一つハッキリしたよ」


「……どういう意味です?」


 何がハッキリしたのか? 周哉はヒリヒリと痛む火傷を抑えながらに、聞き返す。


「君の炎の暴発条件だよ。人に憑いた妖魔は、宿主の内と深く結びつく。そうなった

結果、本人の心理状態と力の暴発が密接に関係するようになるんだ」


「僕の心理状態に……」


 周哉はどんな時に炎が噴き出したかを思い返した。


 病院で炎を出してしまったのは、「火事」の一部始終を思い出してしまったから。


 そして今、小さな炎が漏れ出したのは、不意に押し付けられた肉饅を「熱い」と感じたから。


「────つまりは「火」や「熱」を想起させるようなイメージが、蒼炎を暴発させる要因に、ひいては内側で自分と深く結びついた妖魔を呼び起こすトリガーになり得るということさ」


「じゃあ、そういうことを考えないようにすれば、僕は元の生活に戻れるってことですか!」


「あっ、それはムリ」


 暴発条件はあくまでも目安にすぎず、絶対的なものでもない。人は無意識でも思考を展開するのだから、それらを一切考えないということも不可能であろう。


「それに、ここまで深いところでリンクしてるなら、君の中から完全に妖魔を祓うってのも難しいかもしれないなぁ」


「そ、そんなぁ……」


 周哉は分かりやすく落胆してしまった。ただ、鈴華はそこに一言を付け加える。


「けれど自分の力がどのようなものかを自覚するのは大切だぞ。それが判れば、自ずと御しきれるはずさ」


「……そういうものなんでしょうか?」


「そういうものさ────私はロマンチストでね。君が妖魔に憑かれたことにも、こうして私と出会ったことにも何かしらの意味があると思うんだ。だからこそ、ひとつずつ答えを探したまえ。明松周哉くん。君にはいったい何が成せるのかを」

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