第26話 Heat up Fighter

 彩音さんを絶対に助けるんだ。例え、どんな無茶をしてでも────。


 ◇◇◇

 

 蒼恋が軽やかに着地すると同時に、虚像の彼女が現れた。


 数は二人、先程と同様に蜃気楼を用いた幻であろう。


「さぁ、童っぱよ。どれが本物の妾か当ててみろッ!」


 何が殿だ。彼女は足止めをするどころか、本気で周哉を殺すつもりであった。向けられた殺気と闘気に、どうしたって足がすくんでしまう。


「ッ……!」


 だが、それは思考を止める理由になり得ない。


(どれが本物なんだ……いや、どれが本物だとかは関係ないッ!)


 幻たちはどれも擬似的な質量が付与されている。その手に握られた番傘を振るえば、こちらの首を刎ねることも、心臓を突くことも容易であった。


 どれが幻であろうと関係がないのだ。


「だったらッ!」


 周哉も紅血を用いてさらなる武装を造形する。長く、無骨に伸ばされたソレは十八番(おはこ)とも言える血棍だ。


 少し瞳をズラせば、屋根を跨ぎながらに逃げ去る黒装束たちの姿が見えた。


 二人がかりとは言えど、気絶した彩音を運んでいるのだ。その足取りは鈍重である。


(あのペースなら、まだギリギリ追い付ける筈。だったらまずは目の前の彼女を拘束して、跡を追うんだッ!)


「余所見とは余裕だな?」


 蒼恋らは三方向から同時に迫ってきた。こちらの逃げ場を潰す算段であろう。


「余裕なんてないさ。僕はただ全力で、貴方を打倒するッ!」 


 周哉だってやられっぱなしではいられない。自らを支点に円を描くよう、棍を振るってみせた。


 三六〇度の全範囲に向けた迎撃だ。棍は幻の彼女を容易く薙ぎ払い、本物の彼女もバックステップで躱すことを余儀なくされた。


「本物は誰だ」


 周哉の目は、熱の変化を視覚的に捉えることができる。そして大気を歪め、蜃気楼を描くには熱が不可欠であった。


「────見つけた!」


 残る蒼恋の手の中には、蜃気楼を描くための火種が握られていた。それを見つけた以上はもう見失わない。次こそは確実に一撃を与えてみせる。


(……大丈夫だ。……落ち着いて対処すれば、今度こそ上手くやれる筈なんだ)


 そう言い聞かせすると同時だった。周哉の背で衝撃が弾ける。


「がぁっっ⁉」


 まるで何かが爆発したような激痛が喰いついてきた。

「今のは悪くない振りだったぞ。良くもないな」


 虚ロ威シとは本来、膨張した空気を押し出す技能であり、幻に質量を付与するためだけの技法には留まらない。


「油断大敵。後方注意じゃ」


 その真骨頂たるは、空気ゆえに不可視である点にこそある。


 蜃気楼からなる幻の彼女らは、ブラフだったのだ。攻撃方向はあくまでも三つしかないと誤認させ、本命の一撃を喰わえるための。


 弟である鬼丸もそうであったように、その姉である天王寺(てんのうじ)蒼恋も戦闘のセンスがずば抜けて居た。


「ぐっ……お前らはもうこんなに強いってのに、どうして彩音さんを狙うんだッ! 誰かの依頼か! それともお前らにとって、吸血鬼の力はそれ程までに疎ましいのかッ!」


「それは、こちらの都合じゃと言っておるだろう……けれど数奇なものじゃ。夜族(ヴァンパイア)の娘を攫う機を伺っていたら、その周りで弟の仇がウロウロし始めるとは。妾は幸運に恵まれておるわい♪」


 楽しげな口調はあくまで表面に過ぎず、彼女の内に潜んだドス黒いものがこちらへと白鞘を突き付ける。


「あの焼け落ちたビルの跡地は弟が静かに眠った場所じゃ。だからドンパチで騒ぎたくはなかった。────けれど、ここならばそんなことを気にする必要もない。思う存分、妾の力を見せてやるッ!」


 蒼恋の身からは蒼い炎が吹き出していた。


 静かに、それでいて轟々と勢いを増してゆく様は、まるで彼女の想いを体現しているようでもある。


「クソっ……早く、彩音さんを取り戻さなきゃいけないってのに……ッ!」


 周哉の傷は人工吸血鬼(アークパイア)の再生力によって、ようやっと全てが塞がろうとしていた。


 けれど、そこから流れてしまった血の量は決して少ないとは言えなかった。加えて、連続した紅血を用いた武器の造形だ。


 いくら人工吸血鬼になった身体が人と違うと言えど、これだけの血液を消耗してはいつ貧血症状で倒れてもおかしくはなかった。


 嫌な汗と共に滲み出したのは、焦燥感か? それともこの状況への苛立ちか?


「…………」


 もうこれ以上、アークパイアの力には頼れない。ならば周哉に頼れるのは、もう一つの力であった。


「やってやるよ。目には目を。歯には歯を。蒼炎には蒼炎をッ────!」


 指先を銃口に見立て、構えて見せる。


「なんだ? 血の弾丸でも飛ばして見せるのかい?」


 蒼恋はこの力を知らない。ならば確実に当てられる筈だ。


「さぁ、どうだろうなッ!」


 口調が荒くなると同時に蒼白い閃光が煌めく。それは炎を極限まで収束させた一本の熱線(レーザー)であった。


「この炎! それにこの臭いは! …………理屈はわからぬが、妖魔の力も使えるのか」


 彼女のほんの一瞬驚嘆するも、すぐに薄く顎を引いた。


 それだけリアクションが小さいことは予想外であったが、撃ち放たれたレーザーは尚もまっすぐ突き進む。


「ならば、火力勝負と洒落込もうか。炎術────荒神紡ギ(あらがみつむぎ)ッ!」


 蒼恋もまた静かに番傘を構える。開かれた傘の先に熱が集中。周哉と同様の原理でレーザーを放ってみせた。


 両者の火力は互角だ。二本のレーザーは正面から凌ぎを削り合い、やがて互いに喪失してしまう。


「蒼炎BURST(ブースト)ッ!」


 だが、周哉はレーザーを放つと同時にスタートを切っていた。


 身体能力のギアを一段跳ね上げて、レーザーを放つと同時に駆け出していたのだ。そして彼女は反撃のために傘を開き、開けていた視界を自らで遮っている。


(傘の裏に何かを隠していたって不思議じゃない。けど今はッ!)


 生まれた死角を最大限利用させてもらう。


 周哉は滑り込むようにして彼女の背後へと回った。両足からも炎を吹かせ、それを推力に変えてみせる。


「お前を倒して、彩音さんに追いつくんだッ!」


 傘の裏。そこには極小にまで圧縮された蒼炎の塊が無数に隠されていた。


「炎術────逆・桜ラ吹キ」


 案の定、隠された罠たちが爆ぜる。


 小さな炎の一つ一つが解放されると同時。数多の桜ラ吹雪がこちらへと吹き荒いだ。


「ぐッ……!」


 だが、それで周哉は止まれなかった。


(……もっと火力が必要だ)


 己の身を焦がされながらも、前に出る。血走る瞳で彼女を睨み、奥歯同士を噛み合わせた。


(……もっと大きな炎をイメージしろ。……より大きく、より荒々しくッッ!!)


 周哉の背からは一対の火柱が噴き出した。それは大きく燃え上がり、ヴァンパイアの翼じみた鋭利なシルエットを作り出してみせる。


 蒼炎の翼は背を押して。周哉は蒼恋の懐へと入り込んでみせる。そして────

「これが三度目の正直だッッ!!」


 弾丸のような拳は蒼恋の頬を捉えていた。インパクトの瞬間にはちゃんと肉と骨を殴った感触もある。


 そのまま力任せに拳を振り抜いて、彼女を身体ごと弾き飛ばしてみせた。


「ハァ……ハァ……当ててやったぞッ! クソ女ッ!」

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