仮想戦機ヴィルトゥエル〜黒い灰〜

救出〜施設からの脱出

　仮眠室へたどり着いたクロガネは、ゆっくりとドアノブをまわす。鍵は掛かっていない。少しだけ開けて部屋の様子を確かめる。

（カエルレウムはいない。カイトはどこだ？）

　クロガネは仮眠室へ足を踏み入れる。

　カイトはベッドで仰向けになり、タブレットを抱えて眠っていた。

（……寝てる）

　いつからカエルレウムに抱かれていたか知らないが、疲れている様子だった。

　クロガネは足音を立てずベッドへ近づき、顔をのぞき込む。

（女っぽい感じはない。どっからどう見ても男だ）

　アジア人寄りの整った顔立ちをした青年。カイトの虜（とりこ）になった男たちは、彼のどこに惹かれたのか。

（まっ、俺には興味のないことだけどな）

　まずは起こそう。

　クロガネはカイトの肩をつかんで揺さぶる。まったく起きない。頬を軽くたたいたり、呼びかけたりもしたが、それでも起きない。

（……死んでるってオチじゃねぇよな!?）

　不安になったクロガネは、カイトが呼吸をしているか確認するため、顔を近づけたとき――スカイブルーの瞳と目が合った。

「――ッ!?」

　一瞬のことだった。

　カイトは機械人形のようにまぶたを開け、表情を変えず、じっとクロガネを見つめる。

　クロガネは広大な青空を思わせる美しいスカイブルーの瞳に魅入られてしまう。唇が重なる寸前、背後から轟音（ごうおん）と壁が崩れる音がしてわれに返る。

　クロガネが振り返れば、左腕にチェーンソーを付けた怪物が飛びかかってきた。

　クロガネはカイトを抱え、ベッドから転がり落ちる。ベッドはチェーンソーによって真っ二つに切り裂かれた。

　クロガネは敵の動きを横目で注視しつつ、カイトに話しかける。

「おまえがカイト・シュミットか!!」

「あんた、監視室にいた……」

　カイトの発言に、クロガネは目を見張る。監視モニターで目が合ったのは偶然ではなかった。いや、それよりも……。

（こいつ寝ぼけてないか？）

　クロガネはうつらうつらしているカイトに聞く。

「起きてるか？」

「……眠い」

「眠い、だと!?　おいおい。こんなヤバイ状況で寝られたらたまったもんじゃねぇ!!」

　クロガネはあせった口調でカイトに言う。

「寝るな!!　絶対寝るなよ!!」

「……無理」

「ああっ!!　くそっ!!」

　やけくそになったクロガネは、カイトをお姫さま抱っこする。部屋に入ってきた怪物たちの攻撃をかわし、廊下へ飛びだした。

　クロガネが全速力で走るなか、カイトが指示を出す。

「まっすぐ行って、右へ曲がれ」

「は？　出口から離れちまうぞ!?」

「つべこべ言わずに、俺の言うことを聞け」

　クロガネはカイトの淡々（たんたん）とした口調が癪（しゃく）に障るも、相手の言うことを聞くことにした。言われた通り、まっすぐ進んで右へ曲がる。

「次は左へ曲がれ」

「はいよ!!」

「その次も左。右、左、左、右、右」

「もう少しゆっくり言ってくれないか!!　ゲームのコマンドか!?」

　クロガネがツッコミを入れると、カイトは不思議そうに首をかしげた。

「ゲームのコマンドってなんだ？」

「無事に脱出できたら教えてやる!!　そんなことよりさっきの道順をもう一度言ってくれ!!」

「左、右、左、左、右、右」

　クロガネはカイトのナビに従って進んでいく。背後から怪物たちの金切り声が聞こえるが、振り向くことはせず、ただひたすら走り続ける。そして、たどり着いた場所は“食糧庫”だった。

「おい、行き止まりだぞ」

「行き止まりじゃない」

「食糧庫……」

「死にたくなかったらさっさと入れ」

　カイトに言われて、クロガネは食糧庫に入る。なかには小麦粉、穀物、砂糖などの大袋が段々に積まれており、視線を上げていけば、外へ通じる窓が目に留まった。

「あの窓から出ればいいのか？」

　クロガネが聞けば、カイトはうなずく。まだうつらうつらしている様子から自分から動くのは無理なようだ。

　しかたなくクロガネはカイトを抱え、重ねられた大袋の段差を登っていく。ようやく窓の近くまで来たとき、金属音と金切り声が響いてきた。視線を下にやれば、怪物たちが近づいてきている。

　クロガネは窓を開け、先にカイトを外へ出す。怪物たちは登れないのか、大袋をズタズタに引き裂き、足場を崩してきた。

　間一髪クロガネは窓縁をつかんだことで落下をまぬがれ、外へ脱出する。カイトの手を引き、その場から離れた直後、突然食糧庫が大爆発した。

　クロガネとカイトは爆風で吹っ飛ばされるも、雪がクッション代わりになり軽傷で済んだ。

「大丈夫か？」

「……平気」

　カイトの無事を確認し、クロガネは振り返って炎と煙が舞い上がる食糧庫を見つめる。ふと、あることを思いだす。

　粉塵爆発（ふんじんばくはつ）。

　可燃性の粉塵が大気中に浮遊した状態で着火し、爆発を起こす現象。

　可燃性の粉塵……金属粉、炭塵、さらに小麦粉などの可燃物を含む物のことだ。

　おそらく怪物たちが大袋を引き裂いたことで小麦粉などの粉塵が飛び散り、チェーンソーやドリルを起動した際の火花が着火して大爆発が起きたのだろう。　

　クロガネはカイトへ視線を移す。

（もしかして、こいつはそこまで計算して怪物たちを食糧庫へ誘導したのか？）

　そんな疑問が浮かぶも、ボーッとしている相手を見たら、（そんなわけないか……）と考え直す。

　クロガネはカイトを抱え、愛機のパンツァーである朧を隠している施設の裏側へ向かった。