仮想から黒い灰へ
俺とカイトのキスシーンを目の前で見せられたアンナちゃんは、顔面蒼白で飛び出していった。
俺はというと、二度目のカイトからのキスに虚脱状態に陥りかけていた。
ソファーでぐったりしている俺に、カイトが悪びれなく話しかけてくる。
「同性からのキスがそんなにショックか?」
「ショックとかの問題じゃねぇ」
「ああでもしないと、一生押しかけられることになってたぞ」
「それに関しては感謝してる」
「じゃあ、なんで元気ないんだ?」
カイトの質問に、俺は答えるのをためらう。
キスされて、間近で見たカイトの顔にドキドキした……なんて三十路過ぎの男が言えるか!! 恥ずかしい!!
(俺、カイトのことは仕事の依頼人として見ている……はずだ。断じてそんな目で見ていない!!)
そう自分に言い聞かせて顔を上げれば、いつの間にかカイトがとなりにいた。
びっくりして変な悲鳴を上げる俺をよそに、カイトはタブレットの画面を見せる。
「ヴィルトゥエルをクロガネ専用に調整しようと思って、クロガネが使っていた朧を参考にパーツや武器をいくつか選択してみた」
「俺専用……」
タブレットを受け取り、俺はカイトが選んでくれたパーツと武器に目を通す。ほとんどが近距離〜中距離メインで並べられていた。
「遠距離系をはずしたのはなんでだ?」
「ヘカトン・ケパレーとの戦いで、クロガネは相手の懐に飛び込んでいくから遠距離系はあまり使わないと思ったんだが……」
違うか? と、目で問いかけてくるカイトに、俺は「大体合っている」と答えた。
朧にスナイパーライフルを装備している俺だが、実は遠距離よりも近距離〜中距離の戦いのほうが得意だ。隙をついて相手の懐に飛び込んで急所を突く戦法が体に染み付いてしまっているため、遠距離系の武器を使うことはあまりない。
戦闘状況によってはブレードだけで済んだこともある。
隠密型である朧の武器装備数がほかのパンツァーに比べて少ないのもあり、近距離系のブレードと遠距離系のスナイパーライフルになってしまった。
「ヴィルトゥエルは“アーセナル・アーマー”で武器を多く搭載できるようになっていたな。ということは、武器選びに悩まなくていいってことか!!」
俺が喜んだのもつかの間、すぐにカイトから忠告が入る。
「積載制限とEN負荷はあるから気をつけろ」
「そこは現実と変わらねぇんだな」
あっという間に霧散した期待に落胆しつつ、俺はヴィルトゥエルの組み立てを始める。
朧は隠密に向いた軽量だったが、戦闘を考慮して重量二脚のパーツで構成。脚のパーツは大腿を重く下腿を軽くする重心バランスになったやつ。
ぱっと見ると逆関節に見えるが、重装系の二脚だ。実防寄りで、欠点としては機動力・EN防御が低いところだが、どちらも致命的というほどではない。
「近接武器は絶対装備したいな。おっ、このkagutsuchiっていいな。見た目刀っぽいし……って、
カイトに聞けば、首を横に振るわれた。
「それはまだ解析と調整が終わってないからダメだ。使えるとしても1分が限界。それ以上は機体が保たない」
「機体が保たない?」
「kagutsuchiから発する熱気で機体がオーバーヒート状態になりやすい。普通のパンツァーの装甲なら溶解するほどの熱だ」
「そんなにすごい熱を持つのか、この刀」
「軍艦……或いはそれ以上の大型兵器への対策として造られたんじゃないか。とにかくkagutsuchiの装備はいまはできない。ほかの近接武器にしてくれ」
カイトの説明を受け、俺はしかたなくほかの近接武器を選ぶことにした。
近接武器を選び終え、銃やミサイルポッドなどを見ながら、俺はカイトに話しかける。
「そういりゃあ、ヴィルトゥエルって異名を持ってたよな。確か……黒い……なんだっけ?」
「黒い灰。誰が付けたかは知らないが、兵士たちからは“シュヴァルツ・アシェ”って呼ばれてる」
「シュヴァルツ・アシェ……か」
異名を聞いて、俺は決断する。
「よし!! じゃあ、こいつは今後“ヴィルトゥエル”じゃなくて“シュヴァルツ・アシェ”って呼ぶことにする。俺専用の機体としてな」
俺がそう決めると、カイトはきょとんとした顔で口を開く。
「その異名、気に入ったのか?」
「ああ。ヴィルトゥエルよりかっこいいなって思って。クロガネと黒い灰で真っ黒コンビだな!!」
俺の発言に、カイトは「なんだそれ」とつぶやいて笑う。
(笑うとかわ――)
かわいい、と思ってしまった俺は、勢いよく壁に頭を打ちつけた。
唐突な俺の意味不明な行動に、カイトがびっくりして此方を見る。
「どうした?」
「急に眠気に襲われて、壁に頭をぶつけた」
「大丈夫か? 機体調整はあとにして、少し寝たほうがいいんじゃないか?」
「いや、大丈夫だ。頭をぶつけたら目が覚めた」
なんとかごまかして、俺は選び抜いた武器をカイトに見せる。
「パイルバンカーを装備するなら、爆発系の武器を搭載したほうがいい。衝撃で身動きがとれなくなれば懐に入りやすいだろ。それから――」
しっかり選び直されて、俺は自分のセンスの無さに肩を落とした。
◆ ◆ ◆ ◆
その日の晩。
ベッドをカイトに譲り、俺はソファーで寝ることにした。
眠気でうとうとするなか、カイトの声が耳に入る。
「……大丈夫。クロガネは悪いやつじゃない」
俺に話しかけているのか? と思ったが、続いた言葉を聞いて違うと理解する。
「まだ俺に手を出していない。……ん? 初めて会ったときキスをしようとしてた?」
誰と話しているんだ?
それより、俺が初対面で無意識にカイトへキスしようとしている姿を、誰が見ていた?
「クロガネにキスされるのは……良い」
恥じらうように言うな、カイト。
聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
つうか、俺にキスされるのは良いのか。
「好き、かどうかわからない。生体CPUになってからはそういうことは感じなくなったから」
カイトの寂しそうな声色に、俺はこいつが送ってきた人生を考えてしまう。
ヴィルトゥエルを世界政府や軍事企業の手に渡らぬよう、マティアス博士はカイトを生体CPUにした。
カイトがいなければ、ヴィルトゥエルを動かすことはできない。
だから世界政府と軍事企業はカイトを捕まえようとする。なかにはカエルレウムのように監禁して歪んだ寵愛を与える変態的な思考を持つ者もいるだろう。
自分の好きなように生きられない、自由のない人生。
(昔の俺みたいだな……)
過去の自分と重ねていると、急な睡魔に襲われる。
「……もし……に……ったら……」
カイトの声がだんだん遠ざかり、話が聞き取れなくなる。
「……が……クロ……を……すけ……ろ」
結局カイトが誰と話しているかわからないまま、俺の意識は途切れた。
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