命名:シュヴァルツ・アシェ
クロガネとカイトのキスシーンを目の前で見せられ、アンナは顔面蒼白で飛び出していった。
一方のクロガネは二度目のカイトからのキスに虚脱状態に陥りかけていた。
ソファーでぐったりしているクロガネに、カイトは悪びれなく話しかける。
「同性からのキスがそんなにショックか?」
「ショックとかの問題じゃねぇ」
「ああでもしないと、一生押しかけられることになってたぞ」
「それに関しては感謝してる」
「じゃあ、どうして元気ないんだ?」
カイトの問いに、クロガネは答えるのをためらう。
(キスされて、間近で見たカイトの顔にドキドキした……なんて三十路過ぎの男が言えるか!! 恥ずかしい!! カイトのことは仕事の依頼人として見ている……はずだ。断じてそういう目で見ていない!!)
クロガネは自分に言い聞かせて顔を勢いよく上げる。いつの間にかカイトがとなりに座っていた。
びっくりして変な悲鳴を上げるクロガネをよそに、カイトはタブレットの画面を見せる。
「ヴィルトゥエルをクロガネ専用に調整しようと思って、クロガネが使っていた朧を参考にパーツや武器をいくつか選択してみた」
「俺専用……」
クロガネはタブレットを受け取り、カイトが選んでくれたパーツと武器に目を通す。ほとんどが近距離〜中距離メインで並べられていた。
「遠距離系をはずしたのはなんでだ?」
「ヘカトン・ケパレーとの戦いで、クロガネは相手の懐に飛び込んでいくから遠距離系はあまり使わないと思ったんだが……違うか?」
目で問いかけてくるカイトに、クロガネは「ほぼ合っている」と答えた。
朧にスナイパーライフルを装備しているクロガネだが、実は遠距離よりも近距離〜中距離の戦いのほうが得意である。隙をついて相手の懐に飛び込んで急所を突く戦法が体に染み付いてしまっているため、遠距離系の武器を使うことはあまりない。戦闘状況によってはブレードだけで済んだこともある。
隠密型である朧の武器装備数がほかのパンツァーに比べて少ないのもあり、近距離系のブレードと遠距離系のスナイパーライフルになってしまった。
「ヴィルトゥエルは“アーセナル・アーマー”で武器を多く搭載できるようになっていたな。ということは、武器選びに悩まなくていいってことか!!」
クロガネが喜んだのもつかの間、すぐにカイトから忠告が入る。
「積載制限とEN負荷はあるから気をつけろ」
「そこは現実と変わらねぇんだな」
あっという間に霧散した期待に落胆しつつ、クロガネはヴィルトゥエルの組み立てを始める。
朧は隠密に向いた軽量だったが、戦闘を考慮して重量二脚のパーツで構成。脚のパーツは大腿を重く下腿を軽くする重心バランスになったものを選ぶ。ぱっと見ると逆関節に見えるが、重装系の二脚だ。実防寄りで、欠点としては機動力・EN防御が低いところだが、どちらも致命的というほどではない。
「近接武器は絶対装備したいな。おっ、このkagutsuchiっていいな。見た目刀っぽいし……って、
クロガネがカイトに聞けば、相手は首を横に振る。
「それはまだ解析と調整が終わってないからダメだ。使えるとしても1分が限界。それ以上は機体が保たない」
「機体が保たない?」
「kagutsuchiから発する熱気で機体がオーバーヒート状態になりやすい。普通のパンツァーの装甲なら溶解するほどの熱だ」
「そんなにすごい熱を持つのか、この刀」
「軍艦……或いはそれ以上の大型兵器への対策として造られたんじゃないか。とにかくkagutsuchiの装備はいまはできない。ほかの近接武器にしてくれ」
カイトの説明を受け、クロガネはしかたなくほかの近接武器を選ぶことにした。
近接武器を選び終え、銃やミサイルポッドなどを見ながら、クロガネはカイトに話しかける。
「そういりゃあ、ヴィルトゥエルって異名を持ってたよな。確か……黒い……なんだっけ?」
「黒い灰。誰が付けたかは知らないが、兵士たちからは“シュヴァルツ・アシェ”って呼ばれてる」
「シュヴァルツ・アシェ……か」
異名を聞いて、俺は決断する。
「よし!! じゃあ、こいつは今後“ヴィルトゥエル”じゃなくて“シュヴァルツ・アシェ”って呼ぶことにする。俺専用の機体としてな」
クロガネがそう決めると、カイトはきょとんとした顔で口を開く。
「その異名、気に入ったのか?」
「ああ。ヴィルトゥエルよりかっこいいなって思って。クロガネと黒い灰で真っ黒コンビだな!!」
クロガネの発言に、カイトは「なんだそれ」とつぶやいて笑う。
出会った当初、クロガネはカイトを『
(笑うとかわ――)
かわいい、と思ってしまったクロガネは、勢いよく壁に頭を打ちつけた。
意味不明な行動にびっくりしたカイトはクロガネを見る。
「どうした?」
「急に眠気に襲われて、壁に頭をぶつけた」
「大丈夫か? 機体調整はあとにして、少し寝たほうがいいんじゃないか?」
「いや、大丈夫だ。頭をぶつけたら目が覚めた」
クロガネはなんとかごまかして、選び抜いた武器をカイトに見せる。
「パイルバンカーを装備するなら、爆発系の武器を搭載したほうがいい。衝撃で身動きがとれなくなれば懐に入りやすいだろ。それから――」
カイトにしっかり選び直されて、クロガネは自分のセンスの無さに肩を落とした。
◆ ◆ ◆ ◆
その日の晩。
ベッドをカイトに譲り、クロガネはソファーで寝ることにした。眠気でうとうとするなか、カイトの声が耳に入る。
「……大丈夫。クロガネは悪いやつじゃない」
(俺に話しかけているのか?)と、クロガネは思ったが、続いた言葉を聞いて違うと理解する。
「まだ俺に手を出していない。……ん? 初めて会ったときキスをしようとしてた?」
カイトは“誰か”と話している様子だが、この家にはクロガネとカイトしかいない。
さらにクロガネが初対面で無意識にカイトへキスしようとしている姿を誰が見ていたのだろう?
クロガネは寝た振りをしたまま、聞き耳を立てる。
「クロガネにキスされるのは……良い」
恥じらうように言うカイトに、クロガネは恥ずかしさと(俺にキスされるのは良いのか)というなんとも言えない気持ちを抱く。
すると、カイトは寂しげな声色で“誰か”に語る。
「好き、かどうかわからない。生体CPUになってからはそういうことは感じなくなったから」
クロガネはカイトが送ってきた人生を考えてしまう。
ヴィルトゥエルを世界政府や軍事企業の手に渡らぬよう、マティアス博士はカイトを生体CPUにした。
カイトがいなければ、ヴィルトゥエルを動かすことはできない。
故に世界政府と軍事企業はカイトを捕まえようとする。なかにはカエルレウムのように監禁して歪んだ寵愛を与える変態的な思考を持つ者もいるだろう。
自分の好きなように生きられない、自由のない人生。
(昔の俺みたいだな……)
クロガネは過去の自分とカイトを重ねていると、急な睡魔に襲われる。
「……もし……に……ったら……」
カイトの声が次第に遠ざかり、話が聞き取れなくなる。
「……が……クロ……を……すけ……ろ」
結局カイトが誰と話しているかわからないまま、クロガネの意識は途切れた。
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