小遣い稼ぎ〜不穏の影
翌朝。カイトより早く起きた俺は、朝食作りを済ませてから仕事の支度をする。
支度を終えたタイミングで、カイトが目を覚ました。
「おはよう、カイト」
「……ん、おはよ」
寝ぼけ眼でぼーっとしていたカイトだが、昨日とうってかわって仕事着を身に着けた俺を見て首をかしげる。
「どこか行くのか?」
「仕事だ」
「シュヴァルツ・アシェは……」
「必要ない。依頼主からパワーローダーを借りるから大丈夫だ」
「パワーローダー? 傭兵の仕事じゃないのか?」
カイトの問いに、俺はきちんと答える。
「傭兵の依頼はおやっさんが掻き集めてるからな。その間は補強工事や見張りやらの仕事で小遣い稼ぎだ」
「なんでもやるんだな」
「“なんでも屋”の傭兵だからな。そういうことで留守番よろしく」
カイトに留守を任せ、朝食を作ったこと、昼食はレトルトを勝手に食べてくれ、と伝えてから、俺は家をあとにした。
今日の小遣い稼ぎの仕事は、町を囲う壁の補強工事だ。
町は平和だが、壁の外へ出れば、企業同士の争い、レジスタンスの武力行動、暴れまわる無法者たち、という死と隣り合わせの危険な世界が広がっている。
飛んでくる銃弾やらビームからの被弾を防ぐべく、一般人が住まう場所には巨大な壁に囲われるようになった。
壁は特殊な金属で造られていて、多少の攻撃には耐えられるようにはなっている。
だが、衝撃力の高い爆発系の武器に対する耐久値は低く、何度も受け続ければ崩壊するリスクが高くなる。
そのため一年に二回、こうして補強工事をしているというわけだ。(戦地に近い場所や都市は補強工事が一ヶ月ごとに行われている)
俺は“パワーローダー”という作業機械に搭乗して、重量物を運搬する仕事をする。
パンツァーが戦闘に特化している一方、パワーローダーは純粋な作業機械だ。
搭乗者はロールケージ状のフレームに囲まれただけで外部に露出している。このフレームは転倒やコンテナ崩落などによる事故から搭乗者を守るためのものだ。
腕部の肩から
脚部は搭乗者の足の動きに追従し、ジョイスティックのボタンを押せばキャタピラーが出る仕組みとなっている。
移動速度は遅いものの、各部関節の自由度は広く、狭い場所での重量物の上げ下ろし作業の効率は良い。はっきり言ってしまえば、“人型フォークリフト”だ。
「クロガネ!! その材料をノースゲートに運んでおいてくれ!!」
「はいよ!!」
現場監督の指示を受け、俺は材料を持ち上げてノースゲートへ向かう。
キャタピラーモードで移動するなか、突然耳に付けたインカムからカイトの声が聞こえてきた。
『なあ、クロガネ』
「はっ!? えっ!? カイトぉッ?」
『そんなに驚かなくてもいいだろ』
「いやいやいや。なんで俺のインカムに通話してんだよ!? つうか、俺のチャンネルをどこで知った!? 教えてねぇだろ!!」
『ハッキング』
あっさりと悪気なく言うカイトに、俺は言葉を失う。
「なんでそんな当たり前のように……」
『生体CPUだからな。ネットワークが繋がっていれば簡単に入り込める』
それを聞いて、俺はヴァイラスでの出来事を思いだす。
「そういりゃあ、カメラ越しで目が合ったよな。あれは偶然じゃなくて……」
『俺が監視カメラにハッキングして、監視室にいるクロガネに気づいたってことだ』
「よく気づいたな」
『真剣な視線だったからな。てっきり俺とカエルレウムの性交をおかず代わりにしている変態野郎がいると思って――』
「断じておかずにはしてねぇからな!! 仕事だ!! し・ご・と!!」
俺が大声で言い返せば、周囲にいた人たちが何事だという視線を向けてくる。
俺は「今日のおかずはなににしようかな〜」とわざとらしくごまかしていると、カイトに話しかけられた。
『クロガネはこれからノースゲートに向かうんだったな?』
「あ? そうだけど?」
『ノースゲート側の壁に小さな亀裂が入ってる。いまは大丈夫かもしれないが、衝撃力の高い攻撃を受け続ければ亀裂が大きくなって崩壊する。いまのうちに修復したほうがいい』
「それもハッキングして気づいたのか?」
『まあ、そんなとこだ。小遣いいっぱいもらえるようサポートしてやるよ』
少し得意げなカイトの口調に、俺は(暇なんだな)と思いつつ、相手のサポートに甘んずることにした。
材料を運び、カイトが見つけた小さな亀裂のある箇所を現場監督に伝える。
初めは不審に思われていたが、実際に小さな亀裂が発見されたあとは感謝された。
「なんでわかったんだ?」と詰め寄られたが、「勘だ」とごまかした。
◆ ◆ ◆ ◆
その日の仕事を終え、カイトのおかげでいつもより多めの給料をもらった俺はスーパーへ寄ることにした。
酒とつまみをカゴのなかへ入れていると、ふたりの若い警備員たちの会話がたまたま耳に入る。
「おい、さっき出て行った男……YAMATOのジャケット着てなかったか?」
「YAMATOって数ヶ月前“黒い灰”に壊滅させられた小企業だよな。跡形もなく消されたって聞いていたが、生き残りがいたのか?」
「そこまでは知らねぇけど……とんでもねぇ武器を所持してたんだろ? それで狙われたんじゃないかってほかの企業では噂になってる」
「なんか……刀っていうやつか? 名前は東洋の火の神から付けた……カグなんちゃら」
ふたりの会話を聞いて、俺は手にしたビール缶を落とす。
視線がこちらへ向けられるも、俺は買い出しを中断してスーパーから飛びだした。
走りながらスマホを取りだし、カイトに電話をかける。しかし、相手からの応答はない。
「――くそっ!!」
肝心な部分を見落としていた。
カイトは指名手配犯だ。
世界政府と企業に狙われている。
何度か戦闘もしているはずだ。
もし生き残りがいるのなら、必ずカイトに復讐してくる。
近道である裏路地を全力で駆ける。角を曲がったとき、俺は思わず足を止めた。
眉間を撃ち抜かれ、絶命したアンナが倒れていたからだ。
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